殺ニャン未遂


 父が出て行き、母も病気がちでパートタイマーの仕事にもあまり行けず、家はカツカツの生活だった。僕らが暮らすニャガルタは、休職するにも厳しい審査がある国だ。そもそも働かない事が違法になる国。おかしいよね。そんな訳で母は無理して働きに出かけていた。

 それでも、うちは学費が払えない。僕は母に、就職するよう言われた。そして、家にお金を入れろと。


 事情が事情だから仕方なく就職先を探した。が、時代は就職氷河期。ちゃんと学校を卒業しても、採用率は50%を切っていた。

 おまけに今は『ブラック企業』だらけの世の中。『ブラック企業』とは、異常なほどの長時間労働、賃金の未払いや不払い、パワーハラスメント――略してパワハラ――などが行なわれる企業のこと。

 表向きには『アットホームな職場』だとかいって募集してるんだけど、いざ働いてみたらブラックもブラック……なんて話を、就職した先輩から嫌ってほど聞かされた。

 就職したらしたで、行き着く先は不幸。過労死とか過労自殺とか……そこまでいかなくても、ニャン生の大半を、やりたくもない『仕事』に持って行かれる事になる。

 

 それでも、働かないと生きていけない。お金――ニャガルタでは“ミャオン”って言うんだけど――を稼がないと生活できないのは、ニンゲンの社会と同じ。違うのは、働いていないと警察に働くよう促され、拒否すると罰金が課されてしまう事だ。

 しかもうちの場合、稼いだの何割かを、家に入れなければいけない。

 そもそも何で上から目線で、家にお金を入れろと言われなきゃいけないんだ。不満だったが、母は「じゃあ今までの学費は、誰が払ってると思ってるの?」などと言ってくる。そう言う事じゃないんだ。上から物を言われるのが腹立つんだ。


 愚痴っぽくなってしまった。ともかく、当時はそんな苛立ちを抱えたまま、学業の傍ら、面接や試験に臨んだ。


「大丈夫! プレアならできるよ!」

「ありがとう。次こそは受かってみせるよ」

 

 その間も、シャウラはいつも笑顔で励ましてくれた。眩しいぐらいの笑顔で。僕自身も、辛くても前向きな言葉を使って、自分を励ました。だけど、あと少しというところで、不採用通知が届いてしまう。何度も、何度も――。

 その間にもシャウラは、彼女自身の夢――アイドルになってみんなを笑顔にするという夢のため、日々努力を続けていた。芸能プロダクションに所属し、着実に成果を出していた。そんなシャウラを見ていると、僕もくじけてなんかいられない。

 しかし――。


「また不採用か」


 思うようにいかない結果に、イライラはつのるばかりだった。いつしか、前向きな言葉を使う自分自身が、まるで偽物のような気がしてきた。

 理想の自分像と現実の自分像。あるいは、外面的な自分と本音の自分。そのギャップが、どんどん広がっていく。まるで自分に嘘をついているようだった。僕はそれに耐えられなくなり、一旦、就活を休むことにした。その時に母から言われた言葉で、僕はキレてしまった。


「他のみんなは進路を決めてるのにね。プレアデスだけ、そうやって逃げてるんじゃないの?」


 気付けば、辺りに血痕が飛び散っていた。

 母を、刺してしまったのだ。

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