『前向きな言葉』


 それから、シャウラさんと一緒に過ごす時間が増えた。


 シャウラさんは、ハッキリとモノを言う性格。感情的になりやすいが、それでいて相手が傷付かないよう気遣い、言葉を選んでいる。そんな優しさに、僕は救われていた。

 一方、僕も僕で、以前いじめられた時の事を反省し、余計な事を言わずに相手の話をよく聞くようになった。ムシダたちにいじめられるきっかけは、僕が場の空気に飲まれて「マタタビ会をやろう」と言った事だ。忘れもしない。『口は災いの元』だと学んだのだ。


 シャウラさんは、色々と過去に体験した辛かった事を話してくれた。

 アイドルになる夢があり、両親から紹介された就職試験を蹴った事。その時、母親から「死んだら?」と言われた事。夢と現実の狭間で悩み、やり場のない怒りで自傷行為を繰り返した事。そこで、「自分を傷つけると周りが悲しむ」という正論を押し付けられた事。


「私のことなんか、考えてもいない。大事なのは世間体。そんな言い方が余計に腹が立った」


 そう訴えるシャウラさんの表情は、今でも忘れられない。分かる。僕も、いじめられた事を先生に訴えた時、先生は自分の立場の事ばかり考えて、根本的な解決は何もしてくれなかった。

 結局、大事なのは自分。

 『思いやり』なんて、綺麗事。

 僕たちネコは、承認欲求、集団に属すること、いいカッコすることのために生きてるんだ。そのためには、他者の事なんかどうでもいい。

 でも目の前にいるシャウラさんに対してだけは、そんな風には思えなかった。

 

「私、自分の意志で、前向きな言葉を使うようにしたのよ」

「前向きな言葉……。しんどいのに、僕はまだ頑張れる、とか言うの? そんなの、もっとしんどくならない?」

「ううん、違うの。自分に嘘をつくんじゃなくて、こうなりたい、こうなろうって思いながら言うのよ。しんどい時は素直にしんどい、でいいのよ。そういう時は、“大丈夫大丈夫、何とかなる”、“私ならできる。今は無理せずにいこう”みたいに言ってたかな」

「なるほど……。難しいな、僕には。すぐマイナスな事考えちゃうから」

「あくまで私はそのやり方で、気持ちが楽になったって話。無理にやろうとするもんでもないわ」

「……いや、いい方法かもしれない。ちょっとやってみるよ」


 シャウラさんが言うように、『前向きな言葉』を使うようにしてみた。「ありがとう」、「大丈夫」、「何とかなる」、「僕にはできる」、「恵まれてる」、などなど。

 それから、僕のニャンせいが変わった。

 周りのネコからの評価が変わった。その後出会うネコたちにも、今まで距離を置かれていたネコたちにも、好かれるようになった。

 シャウラさんは恩ネコだ。親友、と言ってもいいと思う。


 今までにないような明るい気持ちで、毎日を過ごせるようになった。ずっとずっと、明るい未来が約束される。そう思えるほど、シャウラさんとの出会いは革命的なものだったんだ。

 そんな絶好調に思えたニャン生だったが。


「明るい未来。そんなものは幻想に過ぎない」


 もう1匹の自分が、頭の中にいる抑圧された自分が、暴れ始めた。

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