過ち


 ――――


「まさか、プレアデス……。何で……! や、やめろ! やめてくれ!!」

「黙って死ね」


 何て華々しい結婚式なんだろう。

 若くして世界規模の通信会社の社長になり、素敵な彼女さんと結ばれたんだってさ。

 奴は、間違いなくこの時がニャンせいの絶頂期。

 この機会を逃す訳にはいかなかった。

 お前が浸っていた勝ち組ニャンせいとかいう極楽から、一気に地獄へと叩き堕としてやる。


「げぐべぅゎ……」

 

 ムシダ……その顔が見たかったよ。痛みに歪むその顔が。


 僕をいじめた事なんかどうでもいい。

 お前のせいで“シャウラ”が死んだ。

 お前のせいで“シャウラ”が死んだ。

 お前のせいで“シャウラ”が死んだ。

 お前も苦しんで死ね。

 

 僕はすぐに拘束された。

 クソ喰らえだよ。どうでもいい。僕の目的は果たした。今ここで、このユリの根を飲んで、終わりだ。


 ――――


 卒業式の日、夢を見た。

 震えが止まらなかった。

 大人になった僕が、ムシダを憎んでいた。

 ムシダを殺して、僕も死のうとしていた。

 意味が分からない。

 ムシダが僕をいじめた? あり得ない。

 “シャウラ”って誰だ。

 ムシダが何したっていうんだ……。

 


 この頃からだ。

 僕の心が壊れ始めたのは。

 

 おばあちゃんの家で寝泊まりしていた日々が続いた。

 ある日、父さんが母さんの首を絞めて半殺しにしたという事を、おばあちゃんから聞かされた。おばあちゃんの声が震えていた。


 その後、父母は離婚。母さんのケガは、幸いすぐに治った。……が、心の傷は一生傷になったと聞かされた。

 僕は父さんと縁を切り、母さんについていくことにした。

 

 そんな中、中等学校に入学。

 また、ムシダとポルックスと一緒のクラスになった。僕らはそれを喜び合った。


 だけど、ほんのちょっとした行き違いが、ムシダたちと僕を引き裂いた。

 

 ――――


「プレアデス、マタタビ嗅いでみろよ」

「……怖いよ」

「ポルックスだって嗅げたんだ。大丈夫だって」

「ほら、スーッ。ふぁ、気持ちいい〜。ほら、プレアデスもやってみようよ」

「……未成年は、マタタビ持ってちゃダメって法律なんだし、やっぱりやめようよ」

 

 ――――


 大人の世界に憧れる年頃だ。僕は、道を踏み外したくなかった。

 だがその事を、ハッキリと言えなかった。


 ――――


「3匹でマタタビ会やるって言い出したのは、プレアデスじゃんかよ。じゃあマタタビ代は貸しだ。返せよー?」

「約束破るのって、よくないと思うよー」


 ――――


 大人の世界を見てみたい。そんな話題の時、場の空気に飲まれ、「マタタビ会をやろう」と言い出したのは僕だ。

 だからムシダもポルックスも、大人の目を盗んでマタタビを買ってきた。

 先生や親に見つかったら、タダじゃ済まない。

 後になって怖くなって、自分だけ「やっぱりやめよう」だなんて、ずるいよね。

 悪いのは僕。


 ――――


「ムシダ、ポルックス。今日どの道で帰る?」

「なぁーポルックス、寄り道して行こうぜ。“”がマタタビ代返してくれないせいで、俺ビンボーだわ」

「そうだね。“”はほっといて、さっさと行こっか。ムシダの行きつけのあの店で、また小魚を万引きできるか試さない?」


 ――――


 声をかけても、無視されるようになった。

 “”だとか言っていたけど、夏頃にはそれすら言われなくなり、完全に僕の存在が無視された。


 高等学校の受験勉強が始まってからのある日、僕の机の上に、太いペンで「不合格祈願」と書かれていた。

 机に入れていた教科書はビリビリに破かれ、上履きはゴミ箱に捨てられていた。


 絶対ムシダとポルックスがやったんだと思った。

 僕は先生に訴えた。

 後日、ムシダとポルックスが職員室に呼び出されていた。


 これを機に反省して、あわよくば仲直りできればいいな、なんて思ったんだけど。

 甘かった。

 マタタビ代をまだ返していない。返しても何か嫌がらせをしてくるに決まっている。

 だから、この時は関わらない事にした。

 だが翌日、ムシダたちから僕に話しかけてきた。


 ――――


「プレアデス、先生にチクった?」

「……ムシダたちがやったんでしょ?」

「何で俺って決めつけるんだ? 俺がやったって証拠あんのか?」

「プレアデス、そういうとこだよ。貸してるカネも返さないしね」


 ――――


 勝手に決めつけた僕が悪い。

 でも、「不合格祈願」の字の形が明らかにムシダだった。それを言うのが怖かった。

 嫌な事があると、それが心の中でグルグルと永久に再生され、心の傷がどんどん深くなる。それが怖いから、何も言えない。


 嫌がらせは、どんどんエスカレートした。

 気分が悪くなってトイレの個室で心を落ち着けていたら、何者かに水を頭からかぶせられた。

 おばあちゃんが作ってくれたお弁当を食べてる時、少し目を離した隙に、お弁当が誰かの唾まみれになっていた。

 

 ――――


「あいつの反応、見てて面白いよな」


 ――――


 ふとした時に聞こえたムシダの言葉が、今でも耳にこびりついている。


 帰ったら帰ったで、嫌がらせによって心を病んで何もできない僕に、母さんが嫌味を言う。「家事を私にさせておいて、自分は部屋で何もしないなんて、お気楽よね」、なんて。


 僕は、ストレスを全部おばあちゃんにぶつけた。


 ――――


「いらないよ、こんなもの!」

「……ちょっと、プレアデス……、何てことを……あらあら、まあまあ……」


 ――――

 

 おばあちゃんの出してくれた料理をひっくり返し、お皿を投げつけ、おばあちゃんにぶつけた。

 魚汁でびしょぬれになったおばあちゃんは、ただただ呆然と僕を見るだけだった。

 

 悪いのは、全部自分。

 僕は自分の前脚に爪を突き刺し、噴き出す血を見た。


 あの時、勇気を出してムシダとポルックスに謝っていたら。

 母から厳しく教育された、“約束を守る”ことを実行できていたら。


 後悔してももう遅いけど。

 左前足の一生傷が、今でも僕を苦しめる。


 僕以外にも、似たような理由で苦しんでいるネコもいることを、ニュースで知った。そのネコは、自ら命を絶ったという。

 僕は、どんなに苦しくても、自殺だけはしないでおこうと、心に決めた。次にその理由を書こうと思う。

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