殺人ごっこ

 ふたりの子どもの幽霊がいました。マサシとヤスシといいました。ふたりはいつも一緒にいました。ふたりはいつも遊んでいました。ふたりはいつも死んでいました。ふたりを認識してくれる存在は、ふたり以外にはどこにも見当たりませんでした。

 マサシは包丁でヤスシの胸を刺しました。両手で握って、深々と刺しました。ヤスシが倒れると、マサシは馬乗りになって、胸から包丁を引き抜いて、刺して、引き抜いて、刺して、何度も何度もヤスシを滅多刺しにしました。

 ふたりがいるのは午後の公園でした。周りには多くの子どもたちが遊んでいました。すべり台をすべり、ブランコを濃いで、ジャングルジムをのぼり、シーソーに乗って、鉄棒にぶら下がり、砂場で砂をいじり、それらに混じって、マサシがヤスシを刺し殺していました。周りの子どもたちはほがらかな笑顔を浮かべていました。ヤスシを刺し続けるマサシは無表情でした。刺され続けるヤスシも無表情でした。

 無抵抗にされるがままだったヤスシが、反撃に転じました。右手に握っていた金属バットで、マサシの側頭部を殴りつけました。ヤスシに馬乗りになっていたマサシが、吹き飛ぶように転がりました。

 ヤスシはマサシに追いすがり、両手で金属バットをしっかり握りしめて、倒れたマサシの頭蓋に力いっぱいバットを振り下ろしました。マサシの頭はへこんで歪みました。何度も何度もヤスシは金属バットを振り下ろして、何度も何度もマサシの頭を粉砕しました。

 ふたりのそばで、ほがらかな笑顔を浮かべた子どもたちが、サッカーボールを蹴っていました。汗をかき、声をあげ、生きる喜びに満ちあふれていました。

 頭が潰れて血まみれのマサシが、ヤスシの首に包丁を突き立てました。頸動脈から血を吹き出しながら、ヤスシはマサシの脇腹めがけて金属バットをフルスイングしました。鈍い音を立ててマサシは吹き飛び、またも不様に転がりました。

 ベンチに座った老人が、遊ぶ子どもたちを見守るように、穏やかな笑顔を浮かべていました。そこにもまた、淡く静かではありますが、確固たる生きる喜びが湛えられていました。

 マサシは包丁でヤスシの目玉を抉り取り、ヤスシは金属バットでマサシの睾丸をミンチにしました。マサシはヤスシの金属バットを奪い取り、フルスイングでヤスシの首の骨を折りました。ヤスシはマサシの包丁を拾い、華麗な手さばきでマサシの指を切り落としました。

 日が暮れて、空がすっかりオレンジ色に染まり、影が濃くなるような仄暗い公園から生きた子どもたちが立ち去り、ベンチに座っていた生きた老人も、程なくして後を追うように立ち去りました。子どもたちにも老人にも、帰るべき家があり、眠るべき時間があるのです。

 夜に近づいた公園には、死んだふたり、本当はこの世に存在しないふたり、死んでも死んでもいなくならないふたり、帰るべき家も眠りもなく、だれからも認識されないふたりだけです。

「もうやめよう」

 ようやくマサシが言って、金属バットを地面に放り捨てました。それに倣うように、ヤスシも包丁をその場に放り捨てました。

「いまいち盛り上がんないね」

「ああ、ダメだな。なんだかつまらない」

「ぼくたちには、向いてないかもね」

「胸くそ悪い」

 苦々しい表情で、ふたりは愚痴りあいました。殺し合っていたときの無表情よりも、そこにはよほど生気がありました。もちろん死んではいるのですが。

 とっくの昔に死んでしまって、この世に本当は存在しないふたりの幽霊は、死を遊び続けていました。でも、殺すのは好きではありませんでした。殺人は、ふたりには向いていなかったのです。ふたりは死ぬ方がよほど好きでした。

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ごっこ遊び koumoto @koumoto

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