魔人ドラキュラ(モノクロ作品)
ブラム・ストーカー原作を(ストーカーはもともと舞台劇の脚本家で、本来『ドラキュラ』も舞台劇用に構想された作品)トッド・ブラウニングが舞台劇用に脚本化。
原作になかった要素をいろいろ加えました。
その筆頭が「ドラキュラの衣装」。
ただし、普通は寝かせて羽織るマントの襟が高く立てられています。
この妙なマントは、天井から吊り下げておき、ドラキュラ役の役者が羽織る。
マントを背にうしろを向くと、頭も襟に隠されて観客からはマントしか見えない。
役者は床の階段を使って奈落へ。
天井から吊ったマントを床に落とす。
ドラキュラが消えた!
という舞台効果に使われました。原作の「霧になって消える」やつですね。
舞台の必要のためマントを羽織らせたわけですが(しかも襟を高く立てたへんなマント)原作のドラキュラは、「真っ黒な衣装」「ジョナサンから盗んだ旅行着」でしか登場してないんです。
燕尾服で上流階級のゴダルミング卿やルーシーに会うというのは、ブラウニング舞台劇から。ドラキュラは『悪魔的な風体でロンドンにやってくる』東欧の怪物から、『身なり麗しく上流階級にいつのまにか食い込んでゆく』東欧の怪物、というちいさな、しかし非常に重要な設定変更がなされたわけです。
この舞台劇が大ヒットし、映画が作成されました。
「魔人ドラキュラ」(モノクロ作品)
原題「Dracula」
1931年製作(米)
日本版DVD・BD有
日本語吹替:吹替が存在するようだが、詳細不明。
監督:トッド・ブラウニング
脚本:ギャレット・フォート
原作:ブラム・ストーカー
ドラキュラ伯爵:ベラ・ルゴシ
ヴァン・ヘルシング教授:エドワード・ヴァン・スローン
レンフィールド:ドワイト・フライ
ジャンル:ホラー
時代背景:十九世紀末・イギリス
『あらすじ』
トランシルヴァニアの夕暮れ、イギリスから商用でやってきたレンフィールドも乗る乗合馬車。日暮れまでに村にたどり着こうと山道をひた走る馬車の中では、4月30日、今夜はワルプルギスの夜だと噂し合っている。
村にたどり着いたレンフィールドは、村で一泊せず、「ボルゴ峠まで走ってくれ」と御者に要求する。村人が理由を訊ねると、ドラキュラ伯爵に会いに行くという。
怯える御者、「あの城には吸血鬼が住んでいる」と忠告する村人。
レンフィールドは一笑に付し、御者を急かせてボルゴ峠に向かう。
ボルゴ峠でドラキュラ家の馬車に乗り換えたレンフィールドは悪路を急ぐ御者にひとこと声を掛けようと窓から御者を見ると、御者台の前を一匹の蝙蝠が飛び、御者はいない。
たどり着いたドラキュラ城は壮麗であったが蜘蛛の巣がはびこる石の城で、アルマジロの不気味な姿も。
現れた伯爵に挨拶するレンフィールド。
レンフィールドは城を歩くうちに蜘蛛の巣まみれになるが、伯爵はまったく意に介さない。彼の衣装には埃ひとつついていないが、どうやって蜘蛛の巣をすり抜けているのか……。
今回の旅の目的、元修道院の土地と建物の契約書を取り出したとき、レンフィールドは紙で指を切ってしまう。
伯爵のまなざしに妖しい熱意が漲るが、そのときはなにもないまま終わる。
伯爵に勧められるまま、ワインを飲んだレンフィールドは窓辺で昏倒した。
そこに忍び寄るドラキュラの三人の妻たち。そしてドラキュラがレンフィールドに覆い被さる……
『物語のあれこれ』
ブラム・ストーカー亡きあと、親族から許可がおりて映画化された初めての『ドラキュラ』映画化作。
(許可なしで撮影された作品には「ノスフェラトゥ」1922年独がある)
オープニングの編曲された白鳥の湖も麗しい開幕。
往年のユニバーサルスタジオの底力、セットと衣装の豪奢なこと!
廃墟のように荒れ果てながらも昔日の面影を宿すドラキュラ城のセットは、いまだに「ドラキュラ映画史上もっとも壮麗な城」なのではないかと思います。
制作年の関係から映画はモノクロで、吸血や杭打ちシーンはすべて画面外処理でもあり、現代の視線で見ると、恐怖映画としては非常にマイルドな表現に留まっています。
しかし、不気味な表情で人間を操り、寝室に眠る美しい乙女に迫るドラキュラの姿、理知的な表情でドラキュラ城を訪れたレンフィールドが、狂気に取り憑かれて不気味に笑う姿……気味の悪さは一級品でしょう。
ルゴシの凄味は後述するとして、レンフィールドの狂気の演技は素晴らしい。
端正で繊細、理知的な美しい青年が、ドラキュラに魂を支配されて虫を食べることにこだわり、理性の仮面を脱ぎ捨てて原初の欲望を表に出した表情で嗤う。
この変容と、時折、人間の魂が蘇るときの苦悩の表情!
本作のドラキュラ役のベラ・ルゴシ……と書いて、「ベラ・ルゴシってだれ?」と思われる方は多いと思いますが、彼の扮するドラキュラは、のちの「ドラキュラ」の原点になったと言って良いでしょう。
この作品の吸血鬼は、スタンドカラーのシャツに蝶ネクタイ、体型にぴったりと添った白のベスト、黒の燕尾服にマントという貴族的な姿をし、異国の訛りのある話し方をします。(実際、ベラ・ルゴシはハンガリー人で、ハンガリー訛りの抜けない英語を話しました)
この「ドラキュラなるものの外観」は、本作の大ヒットによって固定化し、ユニバーサル映画の続編にはもちろんのこと、その後のコミックやアニメ、おもちゃ……ジャンルを超え、時代を超え、海を渡り、パロディ的なものをふくめ、さまざまな「ドラキュラ」、そして「一般的な吸血鬼」像として広く敷衍し、利用されます。
弱点や異能力としては、昼は故郷の土を敷いた柩で眠らねばならず、鏡に映らず、トリカブトや十字架を恐れる。
また、視線で人を操り、蝙蝠や狼に変化し、血を吸い、自身の血を犠牲者に与えることで同族に変えます。
これらの吸血鬼の所業を、直接的な表現(たとえば首筋に咬みつくなど)なくして、薄気味の悪い表情や行動で表現し尽くすルゴシの演技力!
セワード家で人間の振りをして会話するときの柔らかな物腰と、正体を知られたあとの尊大な態度、高慢な表情。この凄み!
ルゴシのあと、クリストファー・リー、フランク・ランジェラ、ゲイリー・オールドマン……近作ではルーク・エヴァンズ。
まさに星の数ほどの俳優たちが「ドラキュラ」を演じ、独自のスタイルを創造しますが、ルゴシの演技とスタイルはいまも古びることなく、映画ファンを魅了し続けています。
*
本作の吸血鬼の弱点「トリカブト」ですが、「吸血鬼の弱点って、大蒜じゃないの?」と疑問を持たれた方、よく吸血鬼を研究していらっしゃる!
この映画では、吸血鬼が忌避するものとして「トリカブト」がヘルシング教授によって挙げられ、実際にそれで撃退するシーンもあります。登場人物も「wolfsbane」と台詞で言っているので、誤訳ではない。
東欧では吸血鬼の弱点として、大蒜だけではなく東欧に自生するハーブ類はおおかた、その自生する地域で「弱点」とされていますし、トリカブトは別名「僧侶のかぶり物」とも言い、また、フランスなどでは「狼殺し」の異名を持つことから聖物に弱く狼に変化できる吸血鬼の弱点としてこの作品で採用されたのでしょう。
しかし、この映画でドラキュラの毒牙にかかったミナをドラキュラのさらなる吸血から守るために、ヘルシング教授はミナの部屋にトリカブトを置くのですが、ミナは「部屋が変な匂いのする草でいっぱい」と言っているのです。
トリカブトは特別強い香りを持つ植物ではありません。(それゆえ、見分けにくくて誤食しやすく、実際に誤食しての死亡事故も多く、また、推理ものなどの小説で毒殺に使われるのです)
ミナの感じた匂いは、本当にトリカブトなのか……変な匂いといえば、大蒜ですよね……? 吸血鬼と吸血鬼の犠牲者だけが感じることのできる匂い?
このあたりは「魔人ドラキュラ」におけるトリカブトの謎です。
あと、余談ではありますが、物語の最初のほう、ドラキュラ城のシーンで城にアルマジロが住んでいるのは、当時、アルマジロはあまりいいイメージのない生き物だったようで、不気味さを狙った演出です。
アルマジロが住処の箱からよたよたと二匹(?)登場するシーンは、なかなか可愛らしく、ほっこりしてしまうのですが、時代性を尊ぶ吸血鬼映画ファンとしては、このシーンでゾクッとするのが正しい模様。
(数秒のシーンですが可愛らしいですよ。必見)
*
この映画は、ブラム・ストーカーのドラキュラを下敷きにしていますが、物語冒頭でドラキュラ城を訪れる青年をジョナサン・ハーカーからレンフィールドに変更。
ドラキュラと戦うのは、ヘルシング教授に加え、精神病院経営のセワード医師、ミナの婚約者のジョン・ハーカー(原作ではジョナサンですがジョンとなっています。また、原作ではドラキュラ城に赴くのはハーカーですが、本作ではミナの婚約者、というだけの存在です)で、アメリカ青年キンシー・モリス、英国貴族アーサー・ホルムウッドは登場しません。
原作では職業婦人だったミナはセワード医師の娘という設定に変更されています。ルーシーはミナの友人という設定は原作通りです。
*
物語の進行や演出は、非常に演劇的です。
大蝙蝠は画面に登場しますが、狼は登場人物の台詞から、伯爵が変化して走り去っていった……という情報がわかる程度。
ドラキュラとヘルシングの対決も、視線でヘルシングを操ろうとするドラキュラに、一歩も引かずドラキュラをにらみ据えるヘルシング……という動きのすくないシーンです。
最初にも書きましたが、吸血鬼を滅ぼすシーンは画面外処理で、ルゴシの姿を映すのではなく、ミナが心臓を押さえて苦しむシーンを撮ることで、血の主人であるドラキュラの胸に杭が打たれていることを暗示しています。
これは1931年……当時の特撮技術の限界や、エログロ規制に対する配慮であるとともに、ベラ・ルゴシが演劇版「ドラキュラ」であたりを取った俳優であるところから採用されたものかもしれません。
個人的にはルゴシの胸に杭が打たれる直截的な表現より、妖艶な美女、ミナが胸を押さえて身もだえしているシーンの方が、エロティシズムの観点からは成功しているように思えます。
この映画については、最初から最後まで、考え抜かれた画面構成、行き届いたセットと衣装、演者の演技力の粋を味わうと良いのではないかと思います。
【続編情報】ユニヴァーサル製作の吸血鬼登場の映画
「魔人ドラキュラ スペイン語版」
「魔人ドラキュラ」公開の年に同じセットを使い、シーンの使い回しをせずに同じ映画を再撮影した世にも贅沢な作品。ただし、一部脚本と俳優が違っている。
「女ドラキュラ」
「夜の悪魔」
「フランケンシュタインの館」
「ドラキュラとせむし女」
「凸凹フランケンシュタインの巻」
「ドラキュラの御子息」
「古城の妖鬼」
(正確にはここに列挙するには問題がある作品。吸血鬼が登場するかというと……しかし、ベラ・ルゴシ扮する登場人物が非常に雰囲気がある)
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