シャドウ・オブ・ヴァンパイア
本邦でも5中旬公開の「ノスフェラトゥ」(2025)の約100年前に作成された映画「ノスフェラトゥ」(1922)の製作秘話の形式で撮られた作品。
いわゆるモキュメンタリーってことになるんでしょうか。
愛嬌もある(?)土俗吸血鬼氏が女優の血に釣られて吸血鬼映画撮影に協力します。
人はバタバタ死にますがあんまり怖くはない。
ま、ラストシーンは怖いな。
……吸血鬼映画の恐さではない気もしますが……
「シャドウ・オブ・ヴァンパイア」
原題「Shadow Of Vampire」
2000 年公開(英)
日本版DVD 有
日本語吹替あり
監督:E.エリアス・マーハイジ
脚本:スティーヴン・カッツ
F.W.ムルナウ:ジョン・マルコヴィッチ(田中秀幸)
「ノスフェラトゥ」の監督
マックス・シュレック:ウィレム・デフォー(青野武)
「ノスフェラトゥ」のオルロック伯爵を演じた俳優
アルビン・グラウ:ウド・キア(清川元夢)
「ノスフェラトゥ」のプロデューサー
ジャンル:ホラー/モキュメンタリー
時代背景:1921 年ドイツ
『あらすじ』
時は1921 年、ベルリンのスタジオでムルナウはストーカー原作の「ドラキュラ」を、吸血鬼の名をオルロック伯爵、題名を「ノスフェラトゥ」と変えて撮影してい
た。映画化権が取れなかったためだ。
スタジオ内、女性が猫と戯れている。映画監督(ムルナウ)がその女性を撮影している。それは「ノスフェラトゥ」の冒頭の場面である。
スタジオの撮影が終了し、撮影クルーは翌朝にはチェコでのロケハンに旅立つ。けれども秘密主義のムルナウのせいで、主演のオルロック伯爵のことを名前以外だれ
も知らない。
オルロック伯爵役のマックス・シュレックは、すでに現地入りしているという。
ロケハン現地到着の最初の夜、カメラマンのヴォルフは寝室で怯えている。
宿屋の寝室のひとつひとつに飾られた大きな十字架。
そのころ、だれかがオルロック城の地下室に籠入りの鼠を置きに来る。そこに爪の長い黒服の男が……
翌朝から撮影が始まる。
「ノスフェラトゥ」で、旅をしてきたジョナサンが、ようやく辿り着いたカルパチアの村で目覚める朝。
撮影は順調に進んでいる……と思いきや、撮影現場に宿の女将が割り込んできて、撮影の都合で取り外された室内の十字架について文句を言っている。その十字架は意味のある大切なものなのだと。
撮影が終了次第取り付け直すと、村人をなだめすかす撮影クルー。
その夜、城での撮影。カメラを回す撮影クルーたちの前に、オルロック伯爵が現れる……
その異様な姿に怯えるジョナサンの驚きと恐怖の入り交じった表情は、演技か、それとも……?
オルロック伯爵役のシュレックを追って行ったカメラマンのヴォルフが、城の入り口で倒れてしまう。
宿に戻ったヴォルフを観た村人は、彼のようすに「ノスフェラトゥ!」と怯えた表情をする。(ちなみに「ノスフェラトゥ」とは「不死者」を意味する)
宿に戻るクルーたちと違い、シュレックは城に留まったまま。城に潜むシュレックに、血を差し入れる男の影。
場面変わってジョナサンが伯爵に晩餐をごちそうになるシーンの撮影。
指を切ったジョナサンに、オルロック伯爵はかぶりつく。照明器具が爆発し、撮影は中止。
混乱のなか、カメラマンのヴォルフは意識不明となる。
これ以上の撮影は無理だと、映画制作を中止しようとするクルーたちを制止し、監督は新しいカメラマンを探してくる約束をする。
監督とシュレックの会話。
カメラマンのヴォルフは瀕死だ。吸血鬼に……そう、オルロック伯爵=シュレックに血を吸われていたのだ。
実は監督はシュレックが「本物」の吸血鬼だと知っていた。
カメラマンが抜けては撮影が続けられない。
よりにもよってカメラマンに手を付けたことを詰る監督。
「記録係の女にしておけば良かったのに!」と怒り心頭だ。
にんまりと笑う吸血鬼シュレック。
調子に乗って「脚本家はもう要らないだろう」と言う。
「クルーは全員必要だ」と前言撤回するものの、監督ムルナウは結局、船に乗らない(映画には船のシーンがある)、城を離れないと駄々を捏ねる吸血鬼に妥協し、脚本家や記録係の血を吸うことを承諾。船は使わず飛行機でブレーメンに向かわせることを約束させる。
そう……監督は悪魔に魂を売っていたのだ。
だが、その「悪魔」とはなんなのか。彼が口論している吸血鬼か。それとも……
『物語のあれこれ』
1922 年「ノスフェラトゥ」撮影の内幕に迫る、という体裁の作品。
恐怖の原典として有名な1922 年の作品に登場した吸血鬼オルロック伯爵は、じつは本物の吸血鬼だったという……
ムルナウ監督役にジョン・マルコヴィッチ、マックス・シュレック役にウィレム・デフォーと、演技力に定評のある個性派の俳優を主演・助演に配し、悪魔に魂を売った監督と、その監督の欲望に巻き込まれた吸血鬼を、説得力のあるものにしています。
しかもプロデューサー役にウド・キア。
「処女の生き血」でドラキュラ伯爵を演じた彼ですが、(近作では「ブレイド」の純血吸血鬼のひとりドラゴネッティ役もやっていました)今回、吸血鬼でも何でもな
く、おそらくは「撮影クルー役」のなかでもっとも常識のある役柄を演じています。
とはいえ、プロデューサーは監督に最も近いところにいる人物。
常識人として狂気の淵を覗き込み、やがて狂気に呑まれてゆく人……この難しい役どころを、おおくの吸血鬼作品(もちろん吸血鬼作品以外の作品にも)に出演して
きた彼が説得力を持って演じています。
吸血鬼もの以外の見所は、なんと言っても1920 年代の映画撮影の雰囲気が味わえるところでしょうか。
手回しのカメラが良い味を出しています。
もちろん、どこまで本当の当時の撮影を再現しているのかは、はっきりしませんが、すくなくとも機材などは当時を再現していると思われます。
映画の夜のシーンを夜に撮影しているのは当時としては滅多にないはずなので、本作で脚色した部分だと思われます。当時は夜のシーンも昼に撮影しているはずです。
本作では、オルロック伯爵役のシュレックが日の光に弱い本物の吸血鬼なので、夜間に煌々と照明を付けて撮影していることになっています。
本作の吸血鬼は、日光に弱く、船に乗ることを嫌います。(飛行機ならいい)これは「流れ水は渡れない」という弱点に関係した設定でしょう。
柩で眠り、鏡に映りません。
(この「鏡に映らない」点は、シナリオ上のキーポイントとなっています。後述)
なによりこの映画の見所は、全身で吸血鬼らしさを表現しているマックス・シュレック役の演技でしょう。普通の映画なら、吸血鬼は吸血鬼らしさを隠しておか
ないといけないわけですが(バレたら滅ぼされますしね)、本作では映画の撮影ですから、全身で「吸血鬼」を表現しています。
目立った牙の表現もなく、弱点に驚くオーバーアクションもなく、けれどもその佇まいのすべてが「吸血鬼っぽい」。
長く伸びた両手の爪をカシャカシャと鳴らすところや、人目も気にせず飛んでいる蝙蝠を捕まえて血を吸うところなど、コミカル(?)な演技も見所です。
自分の名前すら忘れるほど遙かな昔に吸血鬼となり、廃墟となった修道院に住む男。
自分の子孫を残すべく女性と同衾したこともあると語る本作の吸血鬼は、民間伝承の吸血鬼を思わせるものがあります。
*
本作でもっとも怖いのは、ラストシーンの、ムルナウ監督の忘我の境地、あるいは現実と虚構の境を見詰めるような表情でしょう。
床にはプロデューサーの死体、ベッドに失血で死んでゆく女優、そして窓辺で朝日に煙となってゆく吸血鬼、それらを陶然とした表情でフィルムに焼き付けてゆく。
この結末に対応するキーワードは、監督が古びた修道院に暮らしていた名もなき吸血鬼(シュレック役)に言った「(映画に出演してくれたら)永遠の命とグレタをやる」という言葉でしょう。
グレタは分かる。
吸血鬼が写真一枚で魅了された看板女優です。
けれども「永遠の命」とは?
吸血鬼はすでに永遠の命を持っているはずでは?
この映画における「永遠の命」とはなんなのか?
吸血鬼であることではなく、おそらくはフィルムに残ることによって得られるなにかなのでしょう。
そのなにかに、監督をはじめとした「撮影クルー」は一身を捧げており、それに名もなき吸血鬼は呑み込まれていったのです。
そしてこの映画におけるもうひとつのキーは、「鏡に映らない」こと。
実は1922 年版「ノスフェラトゥ」のオルロック伯爵は、ニーナの血を吸うシーンで「鏡に映っている」のです。
その事実を、本作の監督が知らなかったはずはない。
知っていて、敢えて本作では「鏡に映らない」設定にしたと思われます。
本作は、1922 年版「ノスフェラトゥ」撮影の内幕を描いている、ということさえ分かっていれば楽しめる映画で、実際に観ている必要はありません。
しかし、1922 年版「ノスフェラトゥ」を観たことがあると、ニーナ役のグレタが鏡に映らないオルロック伯爵役のシュレックを観て驚くこのシーンで、気づ
くのです。
「この物語は。1922 年版の『影』ではない」と。
*
まったくの余談なのですが、「鏡に映らない」となると、カメラにも映らないような気がするのですが……そのあたりは、監督の執念がフィルムに吸血鬼の姿を焼き付けた……ということでしょうか。
【関連作品情報】
「ノスフェラトゥ恐怖の交響楽」
1979 年公開・ヘルツォーク監督のリメイク版
「吸血鬼ノスフェラトゥ」
1922 年公開ムルナウ監督作品
「デイブレイカー」
ウィレム・デフォーが出演した別の吸血鬼作品
(本作とはシナリオ上の関連はまったくない)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます