第17話 美少女と「初めての同人誌」 2/2

 小休憩を挟んだ後、三人はまた絵を描き始めた。


咲良さくらぁ、浮かねー顔してんなぁ」


 咲良が一人で川のせせらぎを描いていると、夏子なつこが顔を覗き込んだ。


日下部くさかべの転校がショック的な?」

「別に、学校変わっても会えなくなるわけじゃないし。……ただね、私も前に進みたいと思ったの」

「もう進んでんじゃね?」


 思わず夏子の顔を見る。


「今の咲良は前より生き生きしてる」

「どこに行きたいかもわからないのよ?」

「それでも進んでる。咲良は道の途中なんよ。大丈夫、進んでる奴はどっかに辿り着くから! って、昔ばーちゃんが言ってた。どっかに辿り着くまではしんどいこともいっぱいあるだろうけどさ、うちもいるし、日下部もいる!」


 どん、と逞しく夏子は胸を叩いた。やっぱり彼女は頼りになる。


「ありがとう、夏子」

「素直な咲良とか、きもー!」



 その晩、咲良は自室で同人誌のプロットを作った。

 以前ピクフィスにアップした、羽化する少女を題材にした漫画だ。


 気分転換をして視点が変わったおかげか、するするとプロットが進んだ。

 タイトルは――〈或る少女の皮〉だ。


 表紙は以前アップしたイラストをリメイクしよう。

 印刷した時に見劣りしないように、いつも以上に完成度に拘ろう。


 頭にあるイメージを具現化するために、イラスト講座で勉強し直した。

 図書室から昆虫図鑑を借り、蝶の羽根のデッサンの練習も行った。

 晴れている日は外出し、背景に相応しい風景を写生した。


 うけるための絵を研究していた頃と比較にならないくらい充実した日々だった。



 表紙が完成した頃、夏コミに受かったという連絡が来た。


 早速玄夢くろむに学校で伝えた。

 玄夢は大喜びしていた。


嶋中しまなかさん、今度は設営から売り子まで全部に参加したいんだ」

「スペースが堂島君の隣になっても? 貴方がユメのスペースにいたら、疑われるどころじゃないわよ」

「俺はもう、逃げないって決めたんだ」


 咲良はプロットの加筆と修正に取り掛かった。

 描きたい世界を、もっと高画質で出力するために。



 数日かけてプロットは完成した。

 精神世界で旅をし、ある場所まで到達しないと羽化できない種族の蛹が主人公だ。

 周りのみんなが次々に羽化して行く中、一匹だけずっと蛹のままの彼女が、焦り、苦労しながら羽ばたくまでの話だ。


 咲良は完成したプロットと表紙のデータを玄夢に送信した。


〈同人誌、こんな話にする予定なんだけどどうかしら〉


 二時間ほどして返信が来た。


〈最後まで読んで泣いちゃった。この子の気持ち、すごくわかる〉


 玄夢は「表紙の女の子の表情はもっと柔らかい方が可愛いかも」とか、「このページはもう少しセリフやモノローグがあった方が主人公の心情が伝わりやすいかも」などいくつかアドバイスをくれた。

 咲良はそれに従い、修正を加えた。

 修正前よりぐっとよくなった。


 毎日毎日、学校から帰宅する度に漫画を描いた。

 休みは一日中漫画に取り掛かった。

 せっかくイベントで頒布するなら、多くの人に手に取って貰いたい。


 宣伝にも力を入れた。

 同人誌を描く傍ら、ピクフィスの更新も行った。

 不思議と苦ではなかった。気づけば以前ほど「いいね」の数を気にしなくなっていた。



 一ヶ月半後、咲良の漫画は完成した。

 疲れが一気に出たせいか、三日間は何もする気が起きなかった。

 嫌な疲れではない。

 達成感に満ち溢れた疲れだった。


 一冊も売れなくていいわ。

 描きたいことが描けたんだから、それ以上に何も望まない。


 こんな気持ち、いつぶりだろう。


 玄夢にアドバイスを貰いながら、描き上がった漫画を印刷会社に入稿した。



 一週間ほどして咲良の手元にでき上がった同人誌が届いた。


「私の……本だ」


 パラりと開いた瞬間、全身の細胞がぱぁっと活性化するのを感じた。

 何度もデジタルで漫画を描いたが、本の形になるのは感動の度合いが三桁は違った。


 咲良はでき立ての本の表紙を何度も撫で、中身を読み返し、枕元に置いて眠った。

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