第15話 彼女の「評価」 2/2

 咲良さくらが帰宅したのは夜の八時だった。

 遅くなると伝えていたのに、咲良のパパはひどく心配していた。


「咲良も高校生だし、あんまり厳しくしたくないんだが……こんな時間まで男の子といたんじゃないよなぁ?」

夏子なつこと出掛けるって言ったでしょ」


 面倒なことになるのはわかっていたので、玄夢のことは伏せておいた。


「パパは過保護過ぎよ」

「咲良は一人で抱え込もうとするから心配なんだよ。小学生の時だって、お友達にいじめられたの黙ってただろ」

「昔の話でしょ」

「人間はそう変わらないさ。もっとひとに頼るんだよ」

「自分でできないことがあったらね」


 咲良のパパは静かに首を横に振った。


「一人じゃ見えないものも多い。特に自分のことはな」


 パパの話を理解できないわけではなかった。だけど説教臭くて妙に腹が立った。咲良のことをまだ子どもだと思っているところもムカついた。


「……疲れてるから、お風呂入ったらすぐ寝るわ」


 咲良はパパを振り切って自室までさっさと歩いた。



堂島どうじま君に何かメッセージしておかないと」

 催促までされて放置は感じが悪すぎるだろう。

 ユメならそんなことはしない。

 咲良はROWSを立ち上げると堂島のアカウントを友達登録した。


玄創げんそうユメです。ROWSIDありがとうございました! 男の人とメッセージしたことなんてほとんどなくてドキドキしちゃいます。

 絵を描くのが忙しくてあんまりメッセージできませんが、よろしくお願いします〉


 こんなところでいいだろう。

 咲良はメッセージを送信すると、着替えを持って風呂場に向かった。



 入浴後、髪をドライヤーで乾かしながらスマートフォンを見ると、ROWSの通知があった。

 堂島から返信が来ていた。


 咲良はトーク画面を開いた。


〈貴方は誰ですか?〉


 トーク画面に書かれていたメッセージを見て、咲良は心臓が大きく跳ねた。


〈スケブの絵がいつもと全然違いました〉


 既読をつけてしまったし、あまり返信に時間をかけては怪しまれる。

 咲良はドライヤーのスイッチを切ると、急いで言い訳を考えた。


〈ライブで描くのに慣れてなくて……変になっちゃったかもしれません〉


 すぐに返信が来た。


〈ユメさんの絵は見間違えません。オレ以外にも違和感を覚えてる奴いるみたいですよ〉


 メッセージの後に、URLが送られて来た。咲良は返信をすることも忘れ、URLをクリックした。

 Zちゃんねるの〈玄創ユメファンスレッド〉だ。

 今日のイベントの話題で持ち切りだった。


〈今来た 三行で頼む〉

〈ユメが美少女だったが スケブ絵がコレジャナイ 偽物疑惑〉


 咲良は目に止まったコメントを見て驚きを隠せなかった。


〈俺はユメ最古参だが、新刊の絵と比べて劣化すさまじいなこれ〉

〈その場でぱっと描いた絵がいつもより下手ってのはまぁわかる〉

〈わたしはユメさんと絵チャしたことありますけど、ライブで描いた絵はもっと上手かったです〉

〈上がってる画像今見た 魅力ねーな この絵ならファンしてないわ〉

〈本人が来るって言うから遠征したんだけど 偽物とか最悪 会えて嬉しかったのになぁ〉

〈なんで偽物置いたん?〉

〈ユメの元カレが言ってた通り実物がキモオタだからじゃね?〉

〈偽物雇うにしても上手いやつ連れて来たらよかったな〉

〈完全に劣化コピーじゃんwww〉


 こんなにたくさん絵の感想を貰えたのは初めてだ。

 賞賛の言葉はひとつもなかった。

 咲良は全部を読むことができなかった。


 日下部君は自分が描いたみたいだって言ってくれたのに。何度も練習したし、自分でも上手く描けたと思っていた。彼は気を使う性格だ。本心を言うわけがない。


 ユメの絵をトレースした時からわかっていたじゃない。比較するのもおこがましいくらいに、あの子の方がずっと上手いって。

 最近描いたイラストで「いいね」がたくさん貰えて勘違いしてた。あんなのネタがよかっただけだ。

 コメントはどれも正しい。


「私の絵は下手で、魅力がない」


 咲良は、小学生の時に努力したことで周りの自分を見る目が変わったことを思い出した。

 あの時に確信したはずだ。才能だけで上手くやるのは狡いことで、地道な努力こそ報われるべきだとみんな思っているのだと。

 ――この世に存在するほとんどの努力は報われないから。


 玄夢くろむの「普通になる努力」を、無駄なことはやめればいいのにと思っていたのに、同じことをしている。

 イベントに出たせいで騒ぎが悪化したのだから、無駄どころか余計なことだった。


 玄夢に何て言おう。


 彼もZちゃんねるを見ているだろうか。


 今はもうこれ以上何も考えたくない。


「……疲れた」

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