第13話 美少女と「イベント参戦」 2/2
一時間もしない内に、一般参加の入場時間になった。
咲良は深呼吸をしながら、スペースの最終チェックを行った。
同人誌の見本は新刊も既刊も長机に並べたし、同人誌の在庫や釣銭も潤沢にある。値段表示も出した。
玄夢とのROWS通話も繋げた。準備万端だ。
シロ同盟の方を見ると、一般参加者が一目散に押しかけていた。
「お客さん来たよ」
夏子が咲良を肘で小突いた。ハッとして前を向くと、ユメのスペースにもかなりの列ができていた。
「ユメさんですか?」
一番乗りは小柄な女性だった。
化粧はしていないようだが、ロリータデザインの派手なワンピースを着ている。ちぐはぐなファッションだ。
「はい、そうです」
「ひゃあああああ! めっちゃ可愛い! あ、ああああの! ず、ずっとファンで、会えるのを楽しみにしてました。だ、だ、だから今日はいつもよりおめかしして来ました!」
もごもごとした口調で、一生懸命に彼女はユメへの愛を伝えていた。こんなことを言われて喜ばない創作者はいまい。
「ありがとうございます。これからも応援よろしくお願いしますね」
「ももも、もちろんです!」
女の子は本を購入すると、感激して帰って行った。すぐに次の客が話しかけて来る。
今度は大学生くらいの男性だった。
「以前から大ファンで! 同人誌は全部持ってます」
ユメのファン層は幅広い。
ざっと見た感じ、列に並んでいるのも男女半々くらいだ。
若い人が多いが、中年もまばらにいる。
ユメの絵は少女漫画っぽい絵柄なので、広く受けるのは理解できる。
「新刊、パワーアップしてますね!」
大学生くらいの男性は、保存用と布教用にも欲しいと、三冊買って行った。
他の客も次々と熱いコメントを残した。
「最近知って、大好きになりました! ここにある本全部買ってもいいですか?」
「関西から来ました。どうしてもお会いしたくて」
「今回の本もエモそうですね! 楽しみです!」
「ユメさんの世界観って、唯一無二で、素敵です」
誰もかれもが興奮に満ちた眼差しで咲良を見ていた。
これがユメの――才能に愛された者が見る景色だ。
ずっと求めていた景色。
だけど、客の熱気に反比例するように徐々に心が冷えて行く。咲良は無理やりその気持ちを見ない振りした。
次の客はレムだった。
前に会った時と同じく、男性用の学生服を改造したみたいな服を着ている。
「レムちゃん、来てくれてありがとう」
「うわっ、すげー美少年じゃん?」
夏子が反応する。
「ユメって知り合いにイケメン多くね?」
咲良が彼女は女の子だと説明すると、夏子は驚いた。
「この前本をくれたから、レムちゃんには新刊をプレゼントするね」
「ふふ、保存用にもう一冊欲しいから、そっちは買わせてね」
レムは本を購入した後、長机に設置してあるポップに視線をやった。ポップには「スケブやります」と書いている。
「スケブしようか」
「忙しそうだし、悪いよ」
レムは明らかに遠慮している。
「大丈夫。レムちゃんは特別だもん。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、いい?」
「ええ、ありがとう」
レムが鞄から取り出したハードカバーのノートを受け取ると、咲良は彼女を見送った。
夏子の列捌きはかなりのものだった。
フェスでイベントスタッフのアルバイトを何度も経験しているだけのことはある。金銭授受もスムーズだ。
だがユメの人気はすごすぎた。
夏子だけでは手が足らず、咲良も金銭授受を行っていた。
スケブの消化が進まない。
十冊分溜めてしまったので、スケブは中止した。
昼になっても列はなくならなかった。午前中より列が伸びた気がする。
「超腹減ったぁ」
咲良も頭がくらくらして来た。猫の手でいいから借りたいところだ。
レムが小走りでスペースに戻って来た。
「つぶやきSNSで、ユメちゃんが可愛いってことが拡散されてて、スペースに行く人増えたみたいで……わたしでよかったら手伝うよ。ユメちゃんの役に立ちたいの」
「ありがとう、レムちゃん。……夏子ちゃん、休憩に行って来て」
キャラ作りのためとはいえ、ちゃん付けされて夏子は気持ち悪がっていた。
仕方ないでしょう?
と、咲良は目で訴える。
「日本満足バー食って来るわ!」
夏子と交代でレムは列整理を行った。
彼女の動きはぎこちなく、つらそうだった。
頑張ってくれてはいたが、列は通路に散らばり通行の妨げになっていた。
接客が苦手そうなタイプだし、こんなに多くのお客を相手にするのは慣れていないのだろう。
夏子にしばらく残って貰った方がよかった。咲良がそう考えていると、堂島がやって来た。
「列エグいですね。整理手伝いますよ」
「えっ、でもそっちもすごい列ですよ」
「大丈夫です。今回は精鋭呼んだんで」
堂島は慣れた様子で列を整えて行った。
「シロさんじゃん、なんでユメの列整理してんの」
ユメの列に並んでいるお客の一人が尋ねた。
「エグいことになってたから見かねて」
「へー、相変わらず優しいね」
また彼に助けられるとは思わなかった。
玄夢から聞いた話と、Zちゃんねるでの振る舞いのせいで、咲良の堂島に対する評価は低いものだったが、悪い人間ではないのかも。
ひどいことをするのが悪い人間だけとは限らない。
咲良は次のお客の相手をしようと、前を見た。
二月のコミットで咲良の写真を撮ろうとしていた男が立っていた。
「あれ? この前のお姉さん、ユメだったの?」
「うわー、噂通り超可愛い!」
「売り子も美少女じゃん!」
しかも仲間を引き連れている。三人は一様に大きなカメラを首からぶら下げていた。
「これって同人誌を全部買ったら握手とかしてくれる系?」
二月にも会った男――便宜上カメコAとする――は、ずいっと咲良に顔を近づけ、尋ねた。
気持ち悪い。
咲良は「そういうのはしてないんで……」と、小声で抵抗した。
「ええ、いいじゃん握手くらい。減るもんじゃないし」
カメコBは口を尖らせた。
「握手が無理ならチェキでもいいし」
カメコCは提案した。
「写真を撮るなら、コスプレイヤーに頼んでください」
咲良がそう言うと、カメコAはレムに視線を向けた。
「彼女さぁ……女の子なのに男の子の格好してるって、もはやコスだよね?」
咲良は落ちないと踏んだのか、カメコAはレムにターゲットを移した。
「えっ……わたし……?」
「写真撮っていいよね?」
「レイヤーだもんねぇ」
カメコBとCもレムに迫った。
「あの……それは……ちが……」
レムは男性三人に迫られて怖くなったのか身を硬直させ、断ることもできなさそうだった。
ユメのキャラクターを守っている場合じゃない。
咲良は全力で抗議してやろうと、パイプ椅子から立ち上がった。
その時、誰かが人込みをかき分けて、レムの前に立ち塞がった。
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