第14話 少年と「過去」 1/2

「あ、ああああの、彼女、嫌がっていると思うんれすが!」


 玄夢くろむはレムを庇うようにして立ち、叫んだ。久しぶりに大声を出したので声が裏返った。


「嫌がっている人にそういうの、やめてあげてください」


 ROWS通話を繋いでいたおかげで、玄夢はユメのスペースの状況を知ることができた。

 時おりスペースが目に入る場所に移動して様子を見ていたが、レムが手伝うと言ってから心配になり、ずっとスペースを見守っていた。


 レムに危険が迫った時、見ていることなどできなかった。


 列に並んでいるお客たちも異常事態を感じ取り、ざわつき始めた。


「オタク、何?」


 カメコAがイラっとしたように声を上げた。


「スタッフ?」

「ユメちゃんの関係者?」


 カメコB、Cも苛立ちを隠すことなく、責めるように玄夢に迫る。


「スタッフじゃないし、ユメの関係者では、絶対に、絶対に、絶対にありません!」

「じゃあ無関係じゃん。しゃしゃんなよ」

「そーだそーだ」

「帰れ! 帰れ! 帰れ!」


 カメコABCは、子どもじみた抗議を続けた。


「帰るのはあんた達ですよ」


 人込みをかき分けて、列の後方から二人の男がやって来た。

 堂島どうじまと、スタッフの腕章をつけた男性だった。


「スタッフさん、あいつらです」


 堂島が説明すると、スタッフは「他の参加者への迷惑行為を続けるなら、すぐに退場して貰いますよ」と、カメコらを叱った。


「あ、あんた、前のイベントでも迷惑行為してたな」


 堂島はカメコAを睨み付けた。


「げっ、また君かよぉ」

「……懲りない奴」


 カメコらはすごすごとその場から退散した。

 堂島君、相変わらずしっかりしてるな。

 感心しながらも玄夢は、堂島に見つかる前に立ち去ろうとした。


「あの……」


 後ろからか細い声が上がった。玄夢は振り向いた。


 レムがこちらを見て「助けてくれてありがとうございました」と言った。

 彼女の声をこんなに近くで聞けただけでも感無量なのに、俺を見てくれている。

 認識してくれている。嬉しい。

 もっと声を聞きたい。もっとこっちを見て欲しい。


「とても怖かったので、庇ってくれて嬉しかったです」


 友達だから庇うのは当たり前だよ。と、言いたくて堪らなかった。


「ああいうの、見てられなくてつい」


 こういう他人行儀なのじゃなくて、ネットでしているみたいにお喋りしたい。


「勇気、あるんですね」

「い、いやそのそんなことは……」


 君だからなけなしの勇気を振り絞ったんだよって言いたい。


「あの、俺……」


 俺がユメなんだよって、話したい。


「列、かなり伸びてるんで頒布を再開した方がいいと思いますよ」


 堂島が咲良とレムに忠告した。次いで玄夢に向き直り、「あんたは邪魔になるからそこをどいた方が……」セリフの途中で目を見開いた。


「クロ……?」


 かつてと同じように、玄夢の名前を呼んだ。


「お前、なんでここに」


 何か話したいのに、何を話せばいいのかわからなくて、玄夢は逃げ出した。

 人混みは驚いて道を開けた。


「待てよ!」


 堂島が追いかけて来る。こっちに来ないで欲しいのに、追いかけてくれるのが嬉しかった。



 東京ラージサイトから出たところで体力の限界が来た。日ごろから運動しておけばよかった。堂島はすぐに玄夢に追いついた。


「なんでユメのスペースにいた」


 彼は息を整えながら言う。


「たまたま近くにいたんだよ。騒ぎになってたから覗いてみたら、女の子が絡まれてたから助けに入っただけだ」

「そんなヒーロー面する奴じゃなかった」


 堂島は釈然としない様子だった。


「お前が玄創ユメなんだろ」

「まさか」

「お前の絵は見間違えない。後ろ暗いことがないならなんで逃げた」

「堂島君こそ、なんで俺のこと追いかけて来たんだよ」

「わかんねぇよ。お前の顔なんて二度と見たくなかったのに」


 かつての友達からそんなことを言われ、玄夢の心は折れそうになった。


「俺が何かしたっていうの?」

「何も。ガチャ運がよかっただけだ」


 堂島は、玄夢を見た。見たというより睨みつけたと表現した方が適切な眼光だった。

 その眼光に既視感を覚えた。かつての咲良の姿が脳裏に過る。


「……俺は、堂島君が一番欲しいものを持っているの?」


 空気がひりつく。


「察しがよくなったな。昔は鈍かったのに」

「素敵な子と出会ったんだ」

「そいつ、絵師か?」


 玄夢は頷いた。


「ならいずれお前の元からいなくなる」

「俺の持っているものが原因で、堂島君が俺を嫌ったりあの子が離れて行くなら、そんなものいらない!」


 最後の方は掠れ声になった。


「……やっぱりお前は、鈍い奴だ」


 堂島は忌々し気に吐き捨てた。

 玄夢に対する攻撃的な感情以外に、やるせなさも感じる声色だった。


――貴方は何もわかってないわ。その鈍感さが誰かを傷つけたこともあるかもね。


 咲良の言葉を思い出した。俺は、君を傷つけたのか?


 スマートフォンのバイブ音が響いた。堂島はボトムスのポケットからスマートフォンを取り出して耳に当てた。


「悪い、スリに遭ったと思って追いかけたけど勘違いだったわ。すぐ戻るよ」


 堂島は電話を切ると、「じゃあな」と言って玄夢に背を向けた。


「まだ話は終わってない!」

「もう話すことはねぇよ」


 堂島は建物の中に戻って行った。玄夢は彼の背中が離れて行くのを見ながら、中学生の時のことを思い出した。

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