第9話 美少女と「美少女」と「美少年」 2/2

 他のお客が来たので、咲良さくらは「またDMするね」と言ってレムのスペースを去った。

 本日の最大ミッションが完了し、安堵を息をついた。


 休憩がてら壁際でお茶を飲んだ。

 コンビニで買ったそれはすっかりと冷えてしまっていた。


 スマートフォンを取り出し、レムと接触できたことを玄夢くろむにROWSで報告していると「あの、そこのお姉さん」と、誰かが話しかけて来た。


 顔を上げると、カメラを持った男が立っていた。


「お姉さんって一般参加? コスじゃなく?」

「そうですけど」


 見てわからない? 休んでいるところに声をかけられ、咲良は苛立った。


「残念! お姉さんの顔好きだから写真撮りたかったのに」

「はぁ」

「ホント、めっちゃ可愛いね。その顔超好き。一枚だけ、駄目?」


 こちらの都合を考慮しない一方的な欲望に、苛立ちを通り越して怒りが湧き、蹴りを一発くれてやろうかと思った。


 騒ぎになるのは不味い。


 しかも今は〈ユメ〉として参加している。

 彼女は絶対にそんなことはしない。


「……マナー違反ですよ」

「かたいこと言わずにさぁ」


 男がさらに迫って来た。

 咲良はイベントスタッフに助けを求めようとしたが、生憎近くにはいなかった。


「いいじゃん、減るもんじゃなし」


 減るどころか、写真など撮られたら何に使われるかわかったものじゃない。


 どうこの場をしのごうかと迷っていると、スマートフォンのシャッター音が響いた。

 咲良とカメラを持った男は、音がした方へと振り向いた。


「いい写真が撮れた」


 シャッター音の主の少年は、挑発的に笑った。彼はコミットで〈シロ同盟〉の売り子をしていた子だった。


「見ろよ、傑作」


 少年はスマートフォンの画面を咲良たちに向けた。

 咲良に迫るカメラの男だけがドアップで写っていた。


「名付けて『迷惑オタクの肖像』。ネットに上げたら絶対にバズるな」


 カメラの男は事態を察知したのか、顔を真っ赤にして「消せー!」と、叫んだ。


「嫌だ」

「勝手に写真撮るとか、有り得ないよね?」

「別に、減るもんじゃないだろ」

「肖像権の侵害で訴えるぞ!」

「ふぅん。じゃあさっきその子にあんたがしてたのも、訴えられても仕方ないよな?」


 カメラを持った男は顔をさらに真っ赤にさせたが、何も言い返せないようだった。


「その子を撮らないなら、消してやってもいい」

「ちっ、餓鬼が。わかったから消せ」

「はいはい」


 少年は面倒くさそうに写真データを消去した。

 カメラの男はそれを見届けると、ぶつくさ文句を言いながら去って行った。


「あの、ありがとうございます」

「いえいえ。怖い思いをされましたね」


 先程までとは打って変わって、少年は紳士的に言った。


「何かお礼させてください」

「またオレの本でも買ってやってください……なんて。別にお礼とかいりませんよ」

「またって……」

「冬コミでオレのスペースに来てくれましたよね?」


 咲良はどきっとした。


「覚えてらしたんですね」

「こんな美人、一度見たら忘れませんよ」


 冗談めかしていう彼もかなり整った顔立ちをしている。イケメン好きの夏子がここにいたらテンションが上がったことだろう。


「貴方がシロさんだったんですね。てっきり売り子の方かと」

「名前を知っててくれてるなんて感激です」

「ピクフィスもフォローしてますよ」

「ありがとうございます。貴方は絵を描かないんですか?」

「私は……その、一応描いてますが……」

「こんな綺麗な人がどういう絵を描くのか気になります」


 シロのスマートフォンが鳴った。


「あ、すみません。電話が……」


 咲良が「どうぞ」と促すと、シロは「失礼」と言って電話に出た。


「えっ、そんなに? わかった、すぐに戻るよ」


 シロは電話を切ると咲良に向き直った。


「名残惜しいですが、連れが呼んでるんで行きますね」


 シロはポケットから名刺ケースを取り出すと、一枚名刺を抜き取って、裏面にボールペンで何かを書き込んだ。


「オレのROWSIDです。よかったら連絡ください」


 名刺を差し出しながらシロは言った。

 ひと目惚れされて連絡先を渡されるなんてよくある。けれど彼が自分に惚れた様子はない。〈ラブ〉ではなく、もっと別の感情が見える。


「チャラいって思われそうですけど、誰にでもするわけじゃないんですよ」

「そんなこと言って、他の女の子にも同じことしているんでしょ?」

「いえ。貴方が、気になってる絵師のアイコン絵に似てたんで」


 嫌な予感がする。


「玄創ユメって言うんですけど、知ってます?」


 予感が的中した。ユメの知名度を考えると、知らないという方が不自然だ。咲良は


「ええ、ピクフィスでよく見ます」と、さらりと答えた。

「ランカーですからね、彼女。……才能あるし」


 最期の言葉はぼそりと呟かれ、よく聞こえなかった。


「……っと、本当にもう行かなきゃ。時間があったらスペースに来て下さいね」


 咲良は去って行く彼の後姿を見ながら、彼が自分と同じくユメに〈執着〉しているのではないかと思った。

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