第10話 少年と「友達」と「元友達」 1/2

 三〇分前。


 咲良さくらがレムのスペースに向かってすぐ、玄夢くろむはこっそり後をつけた。

 ユメに会った時のレムの反応を、咲良というアバターを通して見るために。



 レムのスペースが近づく度に心臓が高鳴る。


 咲良が、あるスペースの前で立ち止まった。

 何度も地図で確認したから間違いない。

 レムのサークルスペースだ。


 玄夢は咲良に気づかれないギリギリまで近づいた。心臓の高鳴りは最高潮だ。



 咲良が話しかけるとサークル主は立ち上がった。

 服装のせいではじめは男だと思った。

 けれど体格から女性だとわかる。彼女こそがレムだ。


 うわぁ、可愛い……!


 玄夢は眩しさから手で目を覆った。


 咲良にも勝るとも劣らない美少女だ。雰囲気がモカに似ている。

 あの容姿がブスに見えるなんて、彼女の目は何かで曇っている。

 レムは何度も痴漢やストーカー被害を受けたそうだが、あんなに可愛ければ――とても悲しいことだが――そういう目に遭う確率も高いだろう。



 彼女は以前、「昔は髪を伸ばしてたけど、近所に住むお兄さんにいたずらされてから切ったんだ。スカート穿くのもやめたし」と言っていた。

 男装は武装なのだろう。

 髪が長くてスカートを穿いた女の子をよく描くから、本来はそういう格好が好きなのかも。


 咲良とレムは楽しそうに会話していた。

 嶋中さん、レムちゃんと何を話しているんだろう。

 俺が話したい。

 でもそんなことをしたらレムちゃんに気持ち悪がられて嫌われる。


 目の前の二人はどちらの美しくてお似合だった。

 醜い自分は傍観者に徹するしかない。


 どうして咲良みたいな容姿に生まれなかったんだろう。

 あんな風に生まれていれば、あそこにいたのは自分だったのに。


 玄夢は居たたまれなくなって、逃げるようにその場から去った。


 会場の端っこまで移動して壁に背を預けると、安堵から大きなため息が出た。

 スマートフォンを取り出し、つぶやきSNSをチェックする。

 タイムラインにレムのつぶやきを発見した。


〈ネットで仲良かったあの子に会えた! すっごい幸せ……!〉


 よかった、レムちゃん喜んでいる。

 それにユメを女の子だと思って貰えたのだ。

 ネットではこれまで通り付き合える。


「なのに、なに傷ついてるんだろう、俺……」


――ユメちゃんのなら、顔も体も全部愛せる自信あるよ?


 お絵描きチャットでレムが言ってくれた言葉を思い出した。

 現実でも言って欲しかった。

 自分でも自分を愛せないのに、他人から愛されようなんておこがましい。


 ROWSの通知が来た。

 アプリを立ち上げると、咲良から新着メッセージが来ていた。


〈レムさんと接触できたわよ。偽物だってバレてないと思うわ〉

〈ありがとう嶋中さん! レムちゃんとの関係にひびが入らなくて済むよ〉


 玄夢がメッセージを送ると、すぐに返信が来た。


〈彼女の新刊を貰ったから、後で貴方にあげるわ〉

〈スペースには行けないから助かるよ〉

〈どうして行けないのよ〉

〈レムちゃんって男嫌いだし〉

〈男性客も来ていたし、彼女も頒布していたわよ。気にし過ぎじゃない?〉


「友達に、他人として会うのは嫌なんだ」


 ぽつりと漏れた本音は、喧噪にかき消された。


〈勇気が出たら、彼女のスペースに行ってみるね!〉


 当たり障りのないメッセージを送ると咲良からの返信は途絶えた。


 手持無沙汰になった。

 しばらくぼんやりと会場を眺めていたが、こうしているのももったいない。

 せっかく同人誌即売会に来たんだし何か買って帰ろう。

 この辺りは壁サークルが集うエリアだ。


 目の前にあるスペースには長蛇の列ができていた。

 玄夢は地図でサークル名をチェックした。〈シロ同盟〉のスペースだ。

 ただでさえ堂島に会いたくないのに、気落ちしている今のタイミングで会ったりしたら最悪だ。


「ほんと最悪だねー」


 玄夢の心の声に同調するような女性の声が聞こえた。


「タイミング悪かったよ。シロ君、休憩中なんてさー」

「ねー、あの子見に来たのに」

「顔がいいもんねー」


 シロ同盟で買い物を済ませたと思しき女性二人が、不平を漏らしながら玄夢の方に向かって来る。

 顔がいいなんてますます堂島どうじまっぽい。

 見た目がよくて面倒見のいい性格の彼は、女の子からかなりモテていた。

 物語の主人公のようで、玄夢は憧れていた。


「あれで彼女作らないの不思議ー」

「絵を描くのに集中したいんだって」

「ストイックだねー。……って、あれ、シロ君じゃない?」

「あ、ほんとだ。一緒にいる女の子誰?」

「めっちゃ可愛いんだけど!」


 気になって彼女たちの視線の先に目をやった。


 嶋中さん!


 玄夢は噂の的になっている女の子の名前を心の中で呼んだ。

 咲良の隣にいる少年の姿に、動悸が激しなる。

 会っていない期間の分だけ大人びた彼だった。


 どうして嶋中さんと、堂島君が一緒にいるの?!


「美男美女が並んでるの尊くない?」

「ねー!」


 女性二人はキャッキャと盛り上がっている。


「すみませーん」


 玄夢は背後から声を掛けられ、驚いて振り向いた。


「最後尾はこっちですー」


 シロ同盟の列整理の男性だった。

 最後尾と書かれた看板を手にしている。


「あ、あの……俺はその……」


 本を買いに来たわけじゃないんです。と、言おうとしたがやめた。

 彼の本が欲しい。

 堂島がスペースにいない今がチャンスだ。

 玄夢は最後尾に並んだ。


 ゆっくりとしか進まない列で、玄夢は中学の頃のことを思い出した。

 初めて堂島から話しかけられ、友達になった日。

 彼の絵のすごさに感激した日。

 彼の真似をして絵を描き始めた日。


――お前、才能あるよ。


 彼に褒められて有頂天になった日。

 いい思い出だってたくさんある。


 堂島君、俺は君の気持ちが知りたい。

 やっぱり知りたくない。

 だから君に会いたくない。


 会わないままだからずっと、君との時間が止まったままなのだとしても。

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