第2話 少年は「美少女」でいたい 2/2

 玄夢くろむは中学二年生の時、いじめが原因で学校に行けなくなった。

 引き籠り、好きな絵を描いて過ごした。


 ある日、意を決してイラストをSNSに投稿してみると、多くの「いいね」がつき、ファンができた。

 新作を描くたびに面白いほどにファンが増えた。


 ファンの何人かと交流するようになった。ネット上に居場所ができた。


 ネットでは性別を偽っていた。

 ネットの中くらいは気持ち悪い自分ではなく、大好きな美少女でいたかった。


 ハンドルネームは〈玄創げんそうユメ〉だ。アイコンの絵は、理想の女の子――嶋中咲良しまなか さくらをモデルにした。


 同人誌と呼ばれる自主制作本の販売にも手を出した。

 すぐに完売した。


 売り上げで新しい同人誌を作った。

 また完売した。


 どんどん同人誌を作り、どんどん売った。


 気づけば数十万円の純利益を出していた。

 ここまで稼げば、確定申告をしないと脱税で逮捕されるとネットで見た。


 確定申告のやり方なんて知らない。


 玄夢は両親に泣きついた。


 父親は、中学生の身で親に黙って大金を稼いだことを叱った。

 母親は「無気力だった玄夢が何かに打ち込んでくれてるんだから嬉しいじゃない」と味方してくれた。

 最終的には父親も理解を示し、確定申告を手伝ってくれた。


 同人誌は売れ続けた。貯金が百万円を超した時、玄夢は両親に頼んだ。


「絵を描く専用部屋が欲しい。集中できる環境があれば、もっと絵が描けると思う」


 これには母親が反対した。


「根を詰めると体に悪いわ」


 今度は父親が味方してくれた。


「本気で好きならとことんやるといい。だが学生としてやるべきこともやりなさい」


 家賃を自分で払うことと、できる限り学校に行くことを約束する代わりに、父親は玄夢が作業部屋を持つのを許した。



 玄夢は作業部屋に入った。ここには漫画、アニメのDVD、フィギュア、同人誌、絵の資料など好きなものしかなかった。

 ――ようやく息ができた。


 落書きの投稿と、昨日下書きが終わった絵の下塗りを終わらせよう。


 椅子に腰かけ、パソコンの電源を入れる。スキャナーをパソコンに繋いだ。

 落書きをスキャナーで取り込もうとして、玄夢はスケッチブックを保健室に置きっぱなしにしたことを思い出して青ざめた。


「ど、どどどどどうしよ……!!」


 今ごろ嶋中咲良に中身を見られていることだろう。


 十何枚も自分の寝顔が描かれたスケッチブックを発見したなんて失神ものだ。

 そして俺は通報ものだ。


 バフッ。


 ベッドに倒れ込んだ。

 何も考えたくない。このまま、気がつけば命が終わっていて欲しい。


「あ、そうだ。レムちゃんからのDM読も」


 レム――癒月零夢ゆづき れむは、玄夢がユメとしてネットのみで交流している女性絵師だ。


 彼女と知り合ったのは二年ほど前。すぐに意気投合し、毎日DMを送り合う仲になった。


「あれ? まだ来てない……」


 普段ならこの時間には受信しているのに。

 この前送ったDMに変なことを書いていたのだろうか。

 DMを送る時は何度も読み返しているが、自分はよくても相手にとっては嫌なこともある。


 ネガティブな気持ちがぐるぐると渦巻いた。

 中学生の時の思い出したくない記憶も首をもたげた。友達だと思っていた彼がいきなり〈敵〉になった日の記憶だ。


 玄夢は嫌な記憶を頭から追い出すために、別のことを考えることにした。

 他の人からはDMが来ている。玄夢は今日届いたDMをひとつ開いた。


〈ユメさんのファンスレが荒れてますよ!〉


 玄夢は狼狽した。ファンスレの存在を本人に伝えるのはどうなのだろうか。

 ご丁寧にURLまで貼ってある。

 DMの送り主はユメの大ファンで(信者という単語が似合いそうな、熱心な女性ファンだ)悪気はまったくないようだが。


「荒れてるなんて教えられても困るんだけどな……」


 スレというのはスレッドの略称で、主に匿名掲示板――Zちゃんねるのページを指す。

 匿名ゆえに人の汚い部分が惜しげもなく晒されているネットの掃き溜めだ。

 ネットの世界でくらい汚いものを見ずに過ごしたい玄夢は見たことがなかった。

 怖いもの見たさから、URLをクリックした。


「(暫定)美少女絵師・玄創ユメについて語ろう!」


 スレッドのタイトルはこうだった。


〈こいつがマジ☆みく描いててびびった〉


〈好きなんじゃね? 前も魔法少女描いてたし〉


〈ユメちゃんかわいい あせをなめたらあまいあじした〉


〈きも〉


〈筆速いよな。実は三人くらいで回してんじゃね?〉


〈安定して新規の美少女が見られるなら別に複数人でもいい〉


〈さんにんいるならひとりおれにくれ〉


 匿名なのをいい事に、好き勝手な雑談が続いている。実際の女性が見ればドン引きするようなコメントに玄夢は苦笑いしながら、スクロールして行った。


〈本人見たことないしな 一回くらいイベントに出て欲しいが〉


〈どうせおっさんだろ〉


〈ユメちゃんはじょしこうせい ぺろぺろ〉


〈こいつ男だぜ。中学の時にいたキモいクラスメートの絵に似てるんだよ〉


 スマホをスクロールする玄夢の手が止まった。


〈ユメちゃんはじょしこうせい ぺろぺろ〉


〈画像もなしじゃな〉


〈証拠の絵があるから、30分だけここのアップしてやるよ〉


 コメントの後にアップロードされていたのは、紛れもなく中学の時に玄夢が描いた絵だ。嫌な汗が出る。


「この絵って……」


 友達だと思っていたのに、手の平を返して玄夢をいじめて来た彼にプレゼントしたものだった。

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