第11話 美少女と「イベント準備」
「嶋中さん、お疲れ様」
玄夢は二人分の紅茶をローテーブルに置いた。
「貴方もね。疲れているところ悪いけど、イベントの記憶が新しい内に、話し合いましょうか」
「時間もあんまりないしね」
コミーティが開催されるのは五月五日。二ヶ月と少ししかない。
その上、四月になれば咲良たちは進級する。
慣れないクラスや勉強で消耗するだろう。
特に玄夢が心配だ。
「同人誌の準備は任せるとして、サークルスペース作りは協力した方がいいわね。
咲良はテンアゲでポップなどを作る夏子の姿が頭に浮かんだ。
「サークルスペースのレイアウトをデザインして欲しいの」
「お、俺でいいのかな」
「貴方のスペースなんだから当然でしょ。デザインができたら、必要なものをリストアップして手分けして準備しましょう」
「……いいな。こういうの」
玄夢は控えめに笑いながら言った。
「俺、文化祭の準備とかほとんどしたことなかったから。わくわくするよ」
「文化祭よりずっといいわ」
素っ気なく言ったものの、咲良はもうすぐサークル参加できることに胸をざわめかせていた。
二人は遅めの昼食を取りながら、イベントについて話し合った。
「
咲良はスマートフォンを操作し、ユメのピクフィスページへアクセスした。
「ユメのアイコンの絵が私に似てるって」
玄夢は飲もうとした紅茶でむせて口に手を当てた。
「き、き、き、気のせいじゃないかな?」
「レムさんからも同じようなこと言われたわ」
「ぐ、ぐ、ぐ、偶然だよ!」
挙動不審すぎて、嘘をついていることがバレバレだった。
「……日下部君、まさかこのアイコンって、私をモデルにしたんじゃないでしょうね」
「ち、ちがっ、ちがいまふっ……」
明らかに嘘だ。
「すぐにアイコンを変えて!」
玄夢は素直に従い、パソコンを立ち上げると新しいアイコンを作成し始めた。
咲良はすっかりと小さく見える玄夢の背中に視線をやり、口を開いた。
「彼、私がユメのアイコンに似てるってだけで連絡先までくれたわ。余程ユメに執着してるみたい」
「堂島君が?」
玄夢の声色が嬉しそうに聞こえて苛ついた。
玄夢もまた、かつての友、自分に影響を与えた絵師に執着している。
咲良は絵師として、玄夢から執着されるなど有り得ないと知っていた。
玄夢は三日後にはスペースのデザインを完成させた。
次の休みに必要な物を買いに行くことにした。
土曜日。
咲良は玄夢と夏子と近所にあるショッピングモールにやって来た。
衣料品から日用雑貨、食料品まで揃うだけあってかなり混雑している。
「ビッグフェスの準備イエーイ!」
午前中だというのに夏子は相変わらずテンションが高い。
寒空の下、当然のようにミニスカートを穿いている。真紫のニットワンピに白いパーカーが眩しい。
「イエーイ?」
夏子は咲良たちの顔を覗き込みながらピースサインを作る。
玄夢は困惑した表情で、助けを求めるように咲良を見た。
咲良は、溜息交じりに視線を逸らした。
「……小さい子が見てるじゃない」
「いーじゃん、いーじゃん、見せとけば!」
「こ、江東さん楽しそうだね」
「うん! 文化祭の準備してるみたいでむっちゃたのしーよ!」
咲良は「想像通りね」と、内心ごちた。
「で、何買うんだっけ?」
問いかけた夏子に、咲良はあらかじめ用意しておいたメモを見せた。
「えー、ブックスタンド、ポップスタンド、コインケース、敷き布……」
夏子はメモを読み上げた。
「布以外は『ダイショー』で揃いそうじゃん」
「『DEFクラフト』と『コワザ屋』も入ってるから、布はそこで買えばいいわ」
「……こういう店、普段来ないから緊張して来た」
玄夢はショッピングモールを恐々と見上げた。
「日下部っていつもはどこで買い物してるん?」
「ネット通販ばっかりだよ」
「じゃあ今日は、記念にプリ撮ろー! ゲーセン行こ!」
「必要な物を買ってからにしてよね!」
三人はダイショーにやって来た。
大小さまざまな日用品を取り揃えている百円均一だ。
このショッピングモールに入っているダイショーはかなり規模が大きい。
「百均ってテンション上がらん?」
「あんたはいつもテンション高いでしょ」
玄夢が何かを見つけ、小走りになった。
瞳を輝かせてあるコーナーを見つめる。
コピー用紙などが置かれたコーナーだった。
「嶋中さん、これに印刷したらオリジナルシールが作れるよ! こっちのはがき使えばポストカードもできる!」
興奮気味に言う。
「グッズとかノベルティも作ろうかな」
「日下部君も、めずらしくテンション高いわね」
咲良も玄夢と同じコーナーを眺めた。
色とりどりのコピー用紙やクラフト紙、トレーシングペーパーなど、コピー本に使うと映えそうな品がたくさんある。
見ていると胸がうずうずする。
「嶋中さんも、同人誌やグッズをイベントで頒布したいって思わない?」
「私は……そんなに上手くないし、別に……」
コミットやコミーティで見た様々な同人誌。作者の想いが篭った一冊。絵師の端くれとして羨ましくないわけがない。
だけど、
「ユメとして参加したら、私はイベントに出られないし」
「あ……そっか……。ごめん、俺そこまで考えてなかった」
何故か玄夢が絶望的な表情になった。
「……嶋中さんはそれでいいの?」
「当たり前でしょ。最初からわかってたことよ」
他人の評価を丸ごと貰うのだから、何も失わずに済むなんて虫のいい話はない。
例え自分としてイベントに出たところで、同人誌が一冊も売れずにつらい思いをするだけだ。
玄夢は何か言いかけたが、夏子の声でかき消された。
「なぁなぁ! この人形可愛くない?」
夏子はやけに目をキラキラさせた赤ん坊の人形を二人に見せつけた。
人形の頭には蛍光ピンクの大きなリボンがついており、同色のパンツを穿いている。
「すぺーすって奴で飾ったらめっちゃ目立つし!」
「……悪目立ちするだけでしょ」
「これさー、ここ引っ張たら泣くんよ」
夏子は赤ん坊から飛び出た紐を引っ張った。「ホンニャア、ホンニャア」「マンマア、マンマア」と、赤ん坊が泣き出した。
「呪われそう……」
「ちょ、ちょっとユメのセンスじゃないかな……」
「えー、可愛いのにぃ」
夏子はしょんぼりしながら人形を元の場所に返しに行った。
その晩、咲良は自室のパソコンである絵を見ていた。
桜の咲き乱れるどこかの原っぱで小学生くらいの子供たちがスケッチブックに絵を描いる物だった。
桜の花、蝶々、道路を走っている車、友達、子どもたちは各々好きなものを絵の対象にしている。
ピクフィスに咲良が最初に投稿した「いいね」三つ分の価値しかなかった絵だ。
これを見るたび思う。自分らしく書いた絵は評価されない。
「私が同人誌なんて出したところで……」
気を取り直して、咲良はランキングを参考にして描いた絵をアップした。
今度こそ、評価されたい。
咲良の願いがついに届き、その絵は過去最高の「いいね」数を叩き出した。
自分のやり方はやはり間違っていなかった。
咲良は結果に満足した。
……はずだった。
まだ満たされない。
「日下部君達に比べれば大した評価じゃないものね」
咲良はそう考えて納得し、新たな絵を描くことにした。
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