第6話 少年の「傷」と「冬コミ」 1/2

 四〇分前。


 玄夢くろむは西展示館三、四ホールにいた。


 ブースの集まりを見ると興奮が高まった。


 ついに、ずっと憧れだったコミットに来た。

 憧れの女の子に誘われて!


 夢みたいなシチュエーション。

 ……の、はずだったが。


「うわー! めっちゃ盛り上がってんじゃん! すっげーなぁオタクのビッグフェス!」


 隣で夏子なつこが大声を出し、玄夢は耳がきーんとなった。


 咲良の友達のことを悪く思いたくはないが、夏子は別人種過ぎて苦手意識がある。

 本当は咲良と一緒に回りたかったのに……。


「日下部、テンション低すぎぃ」


 がっかりしていたのを見透かされた。


「せっかくのフェスなんだし、楽しまなきゃソンじゃん」


 もっとマイペースに楽しみたかった。

 ただでさえ人込みは苦手だ。玄夢はなるべく人込みを視界に入れないように俯いていた。


 夏子は忙しなく辺りを見回して、頭をひねった。


「コミットって、シロートが本を売るフェスじゃん? この辺シロートにしてはちゃんと店っぽいとこ多いような~」


 夏子の言う通り、簡易ではあるがしっかりした作りのスペースが並んでいた。

 デパートの催事場を思わせる。

 スペースにいる売り子は揃いのロゴ入りブルゾンなどを着ており、プロっぽさに拍車をかけていた。

 スペースの前に立っているコスプレの衣装のクオリティも高く、コスプレをしている女性は場慣れしていた。


「ここは企業ブースのエリアだから」

「キギョーブース?」

「ゲームの会社とか、ラノベの会社とかがブースを出してるんだ」

「ほえ~。そーゆーのもあるんだ。うわっ! あれ円井マロイじゃん。うっそ、デパートもブース出してるとか! やべー! コミットやべー!」


 夏子はツボにはまったのか、ケラケラ笑い出した。悪気はないんだろうけど、品がなくて不快だな。


「日下部が行きたいとこってどこなん?」

「……マジカル☆みるくのアニメ制作会社のスペースだよ」


 目当てはアクリルスタンドと缶バッジが二個ずつと不織布バッグがひとまとめになった〈コミット限定セット〉だ。限定というだけでワクワクする。


「日下部ってマジ☆みく好きなん?」

「マジ☆みく知ってるの?!」


 いかにもギャルの夏子が知っているのが意外過ぎて、玄夢は思わず声が大きくなった。


「うちの妹たちが好きなんよ」


 マジカル☆みるくは女児向け雑誌〈ズットモ〉で連載されている、正真正銘女の子向け作品だった。

 アニメも深夜ではなく日曜日の朝に放送されている。


「小学校でめちゃ流行ってるらしいよ~。面白いし、わかるわー」

「こ、江東さんも見てるんだ」

「うん! あーゆーノリ大好き! ちっちゃい頃、ブレザー戦姫せんきルナとか、大阪バウワウとかめっちゃ見てたし!」


「お、俺も見てたよ。黒ずきんサルサとか、ラブリーヒーラーズシリーズとか」

「なっつー!」


 二人はマジカル☆みるくのスペースを探しながら、美少女戦士物の話で盛り上がった。

 思いのほか楽しくて、玄夢は饒舌になった。


「……江東さんとこういう話できるって思わなかった」

「うち守備範囲広いからねー!」


 楽しく話せたのは、共通の話題があっただけではなく、夏子のコミュ力が高かったのも大きい。

 夏子に苦手意識を抱いていたのが恥ずかしくなった。

「マジ☆みくのスペースってあれじゃね? てかめっちゃ並んでるし! お客、男ばっかじゃん。ああいうのって案外男も好きなん?」

「案外でもないかな……」


 玄夢は夏子と共に、マジカル☆みるくのスペースの最後尾に並んだ。


「江東さんも何か買うの?」

「妹たちへの土産とー、自分用にラテちゃんのキーホルダー」

「ラテちゃんが好きなんだ!」

「うん! ギャルで可愛いし。日下部はー?」

「……モカちゃんかな」


 夏子は納得したみたいに、「あー!」と、叫んだ。


「咲良に似てるもんな!」

「そ、そうかな?」

「気難しくてツンケンしてるとことかソックリ!」


 言われてみれば、咲良の性格はモカに近いかもしれない。


「やっぱ日下部って、咲良にラブなん?」

「ふぇっ?!」


 動揺するあまり変な声が出てしまった。


「咲良を見つめる眼差しが激熱だし? 今日も咲良に誘われてここに来たらしいじゃん」

「そそそんなことは……あるかもだけど、で、でもラブとかじゃなくて!」


 玄夢は顔が段々熱くなるのを感じた。この感情は夏子が言うような〈ラブ〉なんておこがましいものではない。


「し、嶋中さんは! あんな風になりたい憧れの人なんだ……!」

「憧れとか照れるー!」

「どうして江東さんが照れるの?!」

「親友が褒められるのは自分のことくらい嬉しいんよ」


 誇らしげに話す夏子の姿に、玄夢は胸が嫌な感じにざわつくのを感じた。


「二人は昔から仲がいいの?」

「んー、知り合ったのは小学校二年の時。うち、最初は咲良のこと嫌いだった」


 衝撃的な事実を告げられ、玄夢は驚いた。


「あいつ可愛いじゃん? 先生から特別扱いされてて~。宿題忘れても咲良だけ無罪放免みたいな? 先生が悪いんだけどさ、うちやクラスメートは咲良のせいだと思ってた。遊びに誘わなかったり、無視したり、靴隠したりしてたな~」

「……ひどい」

「うん。子どもだった。おかげて咲良のよさを知れたんよ」


 夏子は懐かし気に目を細めた。


「咲良はどんなにいじめられても卑屈になんねぇの。根性ある格好いい奴。あいつのこと好きになって、友達になりたくて謝りまくった。おかげで今はズッ友!」


 玄夢は、先程感じた胸のざわめきが痛みに変わって行くのを感じた。

 小学生時代の夏子や咲良のクラスメートはひどいけれど、自分より恵まれた人間に嫉妬する気持ちはわかる。


 中学の時に親友だと思っていた堂島どうじまは〈敵〉になった。


 中学を不登校になって以来、一度も会っていない。

 どうして突然冷たくなったのか。彼の気持ちが知りたい反面、知りたくなかった。友達だと思っていたのが自分だけだったら余計に傷つくから。



 堂島は高校に上がったらコミットにサークル参加すると言っていた。

 会場のどこかにいるかもしれない。

 もし会ってしまったら……と考えると、胃がきゅうっとなって吐き気が込み上げて来た。


「また顔色悪くなってるけど、大丈夫なん?」

「……うん、平気」

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