第5話 美少女の「傷」と「冬コミ」 1/2
「私って他の子より可愛いんだ」
優しくて人気の先生は、咲良にはもっと優しかった。
同世代の男の子はよく二人で遊びたがった。
近所のおばさんたちは「うちの子も咲良ちゃんみたいだったら楽しかったのに」と言って、着せ替え人形にした。
ちやほやされるのは気分がよかった。
旗色が変わったのは小学生になってからだ。
宿題を忘れた生徒をいつも厳しく怒る先生は、咲良だけ許した。
この特別扱いをクラスメートは許さなかった。
「咲良ちゃんは可愛いからね」
クラスメートたちは事あるごとに棘のある口調でそう言った。
純粋な褒め言葉ではないなんて、小学生でも理解できた。
かつて大人たちが〈持っている人〉の話をしていた。
咲良は自分もその一人だと確信していた。
だからこれは〈持っている人〉の宿命だと思った。
運や才能を〈持っている人〉は、他人から妬まれる宿命を持たされる。
他人から妬まれるのは損だ。一人だけ遊びに誘って貰えなくなるし、あることないことを影で言われる。
咲良は周りの人間と上手くやる方法を考え、勉強、運動、その他の努力をすることにした。
努力している人間は妬まれない。
才能だけで上手くやるのは狡いことで、地道な努力こそ報われるべきだとみんな思っているからだ。
努力を始めてからクラスメートの咲良を見る目が明らかに変わった。
「咲良ちゃんは可愛いのにお勉強も頑張ってて偉いね」
「咲良ちゃんは可愛いし運動会で活躍してすごいね」
努力の後のちやほやは、以前とは比較にならないくらい気分がよく、咲良は虜になった。
何より嬉しかったのは、大好きな絵を描いて褒められたことだ。
小学六年生の時、夏休みの課題で描いた絵が、市のコンクールで優秀賞を獲った。
咲良の両親は――とりわけパパは――感激し、「咲良には絵の才能があるな!」などとお気楽に賞賛の言葉を放った。
今から思えば、大して難しい賞ではなかった。これで「才能がある」なんて親の欲目もいいところだ。
コンクールで入賞した絵は、市役所のロビーに展示された。
咲良は両親と共に展示を見に行った。
パパは恥ずかしくなるくらいに様々な賞賛の言葉を述べた。
「もういいでしょ。別の子の絵も見ましょうよ」
羞恥に耐えられなくなった咲良はパパの手を引き、他の入選作品が展示してあるパネルの前に移動した。
入れ替わるように咲良の絵の前に親子連れがやって来た。
子どもは小学校低学年くらいの女の子だ。
感想が聞けるかも!
咲良はドキドキしながら耳をそばだてた。
「この絵が一番上手だねぇ」
女の子は咲良の絵を指さして、ため息混じりに呟いた。
「優秀賞だから、さっき見た絵より下手なのよ」
女の子の母親と思しき女性は言った。咲良は落胆を覚えた。
このフロアで一番上手いのは最優秀賞を獲った子だ。咲良はその下の、優秀賞を獲った三人の内の一人に過ぎない。
「でもミユは、この絵が一番好き」
自分を知らない子が褒めてくれた。
まごうかたなき純粋な〈評価〉だ。
咲良は全身の血液がジュワっと熱を帯びたのを感じた。好きなことで認めらるのは麻薬のようだった。
もっともっと欲しくなる。
「咲良は天才だな! パパも鼻が高いよ」
展示を見に行った帰り道、パパはまた咲良を褒めた。
「あなた、喜びすぎよ」
ママは冷静な口調でパパを窘めた。
「咲良が認められたんだ。喜びすぎってことはないさ」
「娘が絵で褒められたのが余計に嬉しいんでしょ」
ママは咲良に顔を向け、言った。
「ねぇ咲良。パパは昔、漫画家を目指していたのよ」
「言うなって!」
「初めて聞いたわ。どうして今は目指してないの?」
「そりゃ、パパには才能がなかったからなぁ」
「才能がないと、目指しちゃ駄目なの?」
「駄目ってことはないけど、その分心を強く持たなくちゃな。何度打ちのめされてもまた描くくらいに。言うのは簡単だけど、誰にでも真似できるもんじゃない。パパができなかったみたいにね」
その頃の咲良は、「自分にはパパと違って才能がある」と信じていた。
何の根拠もなく。
広い世界を知らず。無邪気に信じていた。
自分の絵が評価されることに味を占めた咲良は、さらに評価されたくてインターネットの海を彷徨った。
そこで出会ったのがピクフィスだ。
誰もがイラストをアップできて、評価を貰える、夢のような場所に思えた。
ピクフィスは主にイラストソフトを使ったデジタルイラストを投稿する場所だった。咲良はパパに自分用のパソコンとイラストソフトをねだった。
「小学生にそんな高価なもの早すぎじゃない?」
ママは呆れてパパにそう言っていた。
「咲良には才能があるんだから、今から伸ばしておかないとな!」
パソコンとイラストソフトを無事に買って貰えた咲良は、デジタルイラストの練習に励んだ。
一年ほど練習し、最初のイラストをアップした。
夢のような場所に思えたピクフィスは、地獄だった。
好きに描けば評価されず、評価を得るためにうけるものばかり描かなければならない。
「絵を描くのが好きな自分」を削り取るのに最適な環境だった。
好きなものを描いて評価される人間もひと握りは存在した。
〈才能〉に愛された、〈持っている人〉だ。
彼、彼女らを見た時に咲良は気づいた。
自分には才能などなかったのだ。
すぐに気づかない振りをした。頑張っていればいつか、彼、彼女らみたいになれると思い込んで。
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