第4話 彼の「決意」と「不安」 1/2
アニメ版マジカル☆みるくの三十二話と同じ展開だ!
三十二話は、多くのファンから〈神回〉と呼ばれている。
作画に気合が入っていたのも理由のひとつだが、最大の理由は、主人公みるくのライバルにして一番人気キャラクターであるモカが、主人公の仲間入りするエピソードが視聴者の感動を誘ったからだ。
モカは小さな頃に両親に捨てられ、敵組織のボスに拾われた。
両親に愛されずに育ったせいで、屈折した心を抱えながらも、親代わりになってくれたボスを慕い、尽くしていた。
しかしボスの命令であるみるく討伐に何度も失敗し、三十二話でついにボスに捨てられてしまう。
それどころか、モカの両親は彼女を捨てたのではなく、ボスにより殺害されていた事実まで明かされる。
失意のどん底に突き落とされたモカは、破れかぶれになってみるくを倒そうとするも、逆にやられてしまう。
死を覚悟するモカ。みるくは彼女を殺さなかった。
「私にはもうどこにも居場所なんかない。生きていたって仕方ないのよ!」
涙ながらに本心を吐露するモカに、みるくは手を差し伸べて言った。
「私が貴方の居場所になってあげる」
玄夢にとって、ネットは大切な居場所だった。
ネットでだけは誰かが必要としてくれた。
今、敵によって居場所が脅かされようとしていた。
玄夢は三十二話を視聴するまでは、明るくて天真爛漫なみるくをさほど好きではなかったが、その回で二推し(二番目に好きなキャラクターという意味)になった。
最推しはずっとモカだ。ツンケンしてて孤高な子は最高に推せる。
「返事は?」
「ええと……ちょっと考えさせて欲しいな……」
玄夢は逃げ腰で答えた。咲良の申し出は嬉しかったが、即断即決して動けるタイプではない。
「ひと晩時間をあげる。……明日は学校に来るのよね?」
明日も学校を休もうかと思っていたが、咲良の勢いに負けて「う、うん」と、言ってしまった。
「保健室にスケッチブックを届けるから、その時に返事を頂戴」
「わ、わかった!」
「また明日ね」
「……うん、また明日」
咲良は去って行った。
玄夢の胸の中に心地よくてほんのりと温かいものを残して。
「また明日……か。リアルでそんなこと言い合える人間、家族以外ずっといなかったなぁ」
夕方、玄夢は一週間ぶりに実家に帰った。
母親は大そう驚いたが、安堵した顔で迎え入れてくれた。玄夢が「お風呂に入りたい」というと、すぐに湯を張ってくれた。
玄夢は風呂場の洗い場で、石鹸を体に擦り込むようにきつくタオルで擦った。
皮膚が赤くなりひりひりする。
これくらいよく洗わないと綺麗になれない気がした。
明日は憧れの咲良に会うのだから念入りに準備をしておかなければ。
シャワーで体を流し、湯船に浸かると心の緊張がほどけた。
十二月の冷たい空気に晒されすっかり冷えでいた体に熱が巡って行く。
「どうして嶋中さん、ユメになってくれるんだろう」
彼女側のメリットがまったく見えなかった。お人好しか、施すことで悦に入れるタイプでもない限り、メリット無しで他人のために働くとは考えられない。
咲良はどちらのタイプにも見えなかった。
「お礼に何か欲しいとか?」
自分があげられるものなど自作イラストかお金くらいしかない。
その二つなら安いものだし、別のものを要求されたとて、居場所を守れるなら背に腹は代えられない。
風呂場から出ると、脱衣所の大きな鏡に自分の姿が写っていた。
いつもは鏡を見ないようにしているのに、考えごとをしていたせいで直視してしまった。
相変わらず野暮ったい顔だ。
嶋中さんみたいにぱっちりの二重とは似ても似つかない腫れぼったい一重まぶた。あまり外に出ないから不健康に青白い肌。
女の子のようにきめ細やかならよかったが、数年前から髭が毎日生えて来るのを剃っているから荒れている。
何よりこの体が気持ち悪い。
痩せてあばらの浮いたところも、女の子と違って柔らかさのまったくないところも、全部だ。
どうしてこんな可愛くも美しくもない姿で生まれて来たんだろう。
絶望的なのは、この先もっと気持ち悪い方向へ成長することだった。
背はさらに高くなるだろうし、筋肉もつくだろう。
体毛だってもっと生えて来る。
ネット上の友達――レムはかなりの男嫌いだ。
DMでもそう発言していたし、つぶやきSNSでは定期的に男への恨みつらみを発信している。
こんな体では彼女から愛されない。
「嶋中さんみたいに生まれていれば」
薄暗い悩みとは無縁の、バラ色の人生を送れていただろう。
レムからのDMは途絶えたままだ。
追加でDMを送るのは嫌われそうなので玄夢も送っていない。
このまま付き合いが無くなるなんて嫌だ。だけど、打開策は思いつかない。
咲良の提案以外は……。
「……明日、嶋中さんにお願いしよう」
くしゃみがひとつ出た。これ以上濡れたまま過ごせば風邪をひく。
明日は何としても学校に行かなければならない。
玄夢は体を拭いて手早く着替えると自室に向かった。
自室に入るとすぐにパソコンを起動させた。
イラスト作成ソフトを立ち上げ、衝動のままペンタブを走らせる。
ディスプレイにゆるいウェーブのかかった胸元まである茶髪の女の子が描写されて行く。
彼女はこちらに手を伸ばして微笑んでいた。
背景は桜にしよう。季節外れもいいところだけれど、玄夢の中では今まさに春が訪れようとしていた。
背景に着手した時、ノックが響いた。
「玄夢、晩ご飯できたわよ」
母だった。
「絵ができたら下に降りるね」
「まぁ、絵を描いているの」
安堵したような声がドア越しに聞こえる。
「部屋に持って来てあげるからすぐに食べなさい」
「ありがとう」
三時間かけて完成させたイラストを、玄夢はピクフィスにアップした。キャプションにはこう書いた。
〈お久しぶりです! 色々と準備していたら日が空いちゃいました。
この度、初めて同人誌即売会に出場することにしました! 詳細が決まり次第連絡しますね!〉
アップしたイラストには、いつもの五倍ほどコメントが来た。
ネカマ疑惑に対する物もあったが、ほとんどがユメを心配していたり、即売会への参加を喜んだりと好意的なものでほっとした。
レムからもDMが届いた。
〈ユメちゃん、イベントに参加するんだね。スペースに遊びに行っていい?〉
玄夢はレムからのDMを食い入るように読み、返信を書こうとした。いつもはすらすらと言葉が出て来るのに、意識し過ぎてフリーズした。
〈もちろんだよ! 今からドキドキする~〉
何度も書いては消してでき上がった文章は、ひどく無味乾燥だった。
〈わたしも二月のコミック・ミーティングに出るんだ。お互い頑張ろうね〉
〈うん!〉
久しぶりにレムとやり取りできた嬉しさで、その夜はほとんど眠れなかった。
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