第46話 解放
〔これまでのあらすじ〕
黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。
〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。
魔王である父の命令によりクロを捕獲するために現れたクロの弟アデルはシロと交戦を続けていた。
「なるほど。姉上の仲間を自称するだけのことはある。それでは…」
アデルは背にかけられたマントを外す。
「本気を出させていただきましょう」
クラードの街郊外、その上空が真っ黒な雲に覆われる。
「〈
閃光はバリバリと激しく空気を破りながら落下する。
アデルの背後に稲光が走る。
「かかって来い」
シロはアデルに接近する。しかしシロの目の前に落ちる雷にアデルへの攻撃を阻まれる。
「来ないなら、こっちから行きますよ」
アデルが剣を振る。刃に雷が落ち、剣が帯電する。
シロは自らの剣でアデルの攻撃を受け止める。しかしその瞬間、右腕に痺れを感じた。
思わず剣を手放してしまい、シロは〈
「ちょこまかと小癪な」
アデルは足元に転がった鉛筆を踏みつける。
シロは3本目の鉛筆をポシェットから取り出す。
「〈
鉛筆は剣に変わり、シロはそれを構える。
アデルはシロの頭上に雷を落とす。〈
シロがどれだけ加速しようが、少しでも立ち止まった場所に雷が落ちる。シロは動き続けなければならなかった。
一方、拘束用のリングを体に通されているクロはシロとアデルの様子を傍から見ることしかできなかった。
――どうして…?魔族の力が解放できない。
魔界を抜け出す際にかけられた変身魔法。その効果によりクロは魔族としての姿を隠していた。今まではその一部を解放して戦っていたが、黙示録での完全解放以来、クロは魔族としての力を封じられたままであった。
何故か。クロはその原因を必死に考える。黙示録での解放。獣との戦闘。クロの脳内での獣の撃退。そして目覚め。
――……?
クロの中で何かが引っ掛かっていた。
――黙示録。突然の力の解放。あれは私の意思に反するものだった。もしや、あの時あそこで、変身魔法が解けていた…?
それこそがウプ・レンピットによる空間の初期化の影響。変身魔法の解除。
――なら私がこの姿でいるのは…人間のクロの姿でいる理由は…。
クロはシロを見る。
視線の先のシロは未だアデルの落雷を避けながら、接近の機会を窺っていた。
マギアスを開く暇もなく、シロは新たにスキルを発動する隙がない。一方アデルも、攻撃を避け続けるシロに会心の一撃を与えることができない。
しぶといシロに苛立ちを覚えるアデルであった。
――こちらに攻撃は届いていない。先程のダメージも微々たるもの。このまま距離を取っていれば、やがて黒髪の女が先に力尽きる。それまで待てばいい。
実際、落雷を避けながら走り回り無茶な動きを続けるシロの息は上がっていた。
――早く攻撃を止めさせないと。クロと話をさせないと!
焦るシロ。着地の瞬間に足首をくじき、地面を蹴る動作が遅れる。その一瞬のうちに脳天から落雷の直撃を受ける。
「シロッ!!」
シロはその場に倒れる。アデルは剣先を地面に擦り付けながらゆっくりとシロに近づく。
――このままじゃシロが殺される!
クロが駆け出す。
――私に何が…でもシロを見殺しにはできない…!早く力を。力を解放しないと。考えろ。どうして私はこうなった!
アデルは頭上に剣を振り上げる。
考えつく暇もなくクロはシロの前に立ち塞がる。
振り下ろされた剣はクロの左肩で受け止められる。
「姉上ッ…!」
噴き出した血がアデルの腕に飛び散る。
直前に目を覚ましたシロはクロの鮮血を見た。その両目は真っ赤に染まっていた。シロは強く奥歯を食いしばる。呪詛の言葉が頭に溢れる。
痛みに、クロの中で何かが跳ねる。それと同時に脳内にフラッシュバックした映像を見た。
草原の上で座り込むシロ。膝の上に乗せられた頭。
マギアス。シロ。涙。
クロはその有様を目の当たりにしていた。自らにスキルをかけているシロの背中をクロは遠くから見つめていた。
――そういうことか…!
「シロ…」
クロの横顔がシロを見つめて言う。
「変身のスキルを解いて」
その言葉でシロは正気に戻った。この選択はシロにとっての一か八かの賭け。もしかしたら、クロは二度と人間の姿になることはないかもしれない。
――それでも。クロはクロだから。
「〈
その瞬間、クロの中で声がした。
――その力、オレに使わせろよ。
――誰!?
――オレだよ。
――もう一人の…私?
それは黙示録後の一時、クロの身体を支配した存在。
――お前じゃ魔族の力を正しく使えない。黙示録の時も何の役にも立たなかったじゃねぇか。
――……。
――このままじゃシロが死ぬぞ!
――ダメ!でも…また私の身体で勝手なことをしたら…。
――大丈夫。少しアデルをボコすだけだ。
――本当に?
――ああ。最近身体を動かせてないからなァ。
――…絶対にシロに危害は加えないで。
――当然よ。
クロは両腕を左右に開くと拘束用のリングを破壊する。
肌が破けて真っ黒な皮膚が露呈する。身体が二回り大きくなる。純白の髪が肩甲骨まで伸びる。手の甲から鋭い爪が生える。頭には2本の角が突出し、尾骨から尾が伸びる。
左肩に刃がめり込んだ状態のまま、右腕でアデルの首を掴んだクロはそのまま空高くへと放り投げる。
「ヒャッハアアアアアアアアアッッ!」
クロはアデルを追って地面を蹴る。空中でアデルの両足を掴むと勢いよく地面に叩きつけた。
そして大きな両翼を携えたクロは空中で静止していると、翼で空気を押して横たわるアデルの顔面に拳を叩き込んだ。
刹那、クロに落雷が直撃する。
「ヒャハハハハハハハハ」
クロはアデルの腹を踏みつける。
「効かねぇなあ」
アデルは腹を踏むクロの足を掴む。クロは蹴り上げて足先を空に向けるとアデルは再び宙を舞う。
――ちょっと!私の身体よ!
「ちっ」クロは自らの声に舌打ちする。
クロの先でアデルは剣を構えて着地した。
「姉上!あなたが分からない。その姿は何なんですか!」
「うるせぇ。いいからオレと戦えェェェ!!」
「何としてでも父上の前に引っ張り出します」
クロはアデル目掛けて走り出し、右手の長く伸びた爪を振りかぶる。
アデルは剣を強く握り締め、刃の平たい部分を額に沿わせる。
「〈
クロの中でクロが叫ぶ。
――まさか!あれが
「〈
アデルが天に突き上げた剣に落雷が集まる。帯電した参幵剣が青く光る。
それはアデルと剣の属性の共鳴。
「〈怒号雷鳴:
振り下ろされた参幵剣の刃の動きに合わせて、クロ目掛けて一直線に落雷が連続する。
瞬時に避けたクロ。アデルは剣を地面に突き刺す。
アデルを中心とした同心円上に一斉に雷が落ちる。
落雷の範囲内にいたクロはもろに電流を受けてしまう。先程は強気なクロだったが、今やその場で片膝をついている。
皮膚が焼け焦げ、白濁した煙がクロを包む。クロの身体が震えている。
「なんてな」
再び地面を蹴ると雷の雨に怯むこともなくアデルとの距離を一気に詰める。
「〈:靁ッ〉」
刃を寝かし水平に斬ると、地面の平行な扇状に電撃が走る。
胸の前で腕を交差させて電撃を防ぐと、腕を伸ばして右手から伸びた爪をアデルの喉元に押し込む。
寸でのところでアデルは爪を参幵剣で受け止める。
クロが両手の爪で引っ裂く攻撃をアデルは剣で受け流す。
左手の爪で顔を切り裂かられるところを、右手でクロの左腕を押さえる。
アデルの目線が右手からクロの顔に移ると、そこには不敵な笑みがあった。
「これで終いだ」
散々踏みつけた腹をクロは勢いよく蹴り上げる。
アデルの手を離れた参幵剣が地面に突き刺さる。
遠くに落下したアデルのそばにクロが近づく。
足でアデルの腹を押さえ、髪を引っ張って顔面を手繰り寄せると左拳を握りしめる。
――待って!
拳はアデルの顔面の前で止まった。
「何をする」クロは自らに問う。
――やめて。落ち着いて。
「甘い」
再びクロが拳を引いた時だった。
「〈変幻自在:クロ〉」
シロが叫ぶと伸びていた爪と角と尾が消え去る。身体は縮み、肌色の皮膚に戻る。
〈変幻自在〉は〈轟斬撃剣〉同様に、保存された状態を切り替えることのできるスキルであった。
クロはアデルをその場に優しく寝かせる。
「もう抵抗しないでね。そんな身体で」
「姉上…」
「クロ!
起き上がれる程度に回復したシロが2人のそばに駆け寄る。
クロはアデルの襟を折る。襟の内側には首輪が巻かれていた。
「服従の首輪なんて。どうしてこんなものを」
「……」
「父上ね」
「……バレちゃいましたか」
「契約の内容は?」
「姉上を、捕まえること」
「……。でも私には…やるべきことがあるの」
「…
「え?」
「姉上は、何も考えずに家を飛び出すような人じゃない」
「アデル…」
「だから姉上に負けてよかった。姉上の覚悟が、僕を上回ってくれてよかった」
「何よそれ。どういうこと」
「まもなく僕は死ぬでしょう。この首輪に首を飛ばされて」
「…!ってことは」
「はい。カウントは直に切れます。姉上が戻ったところで、もう間に合わない」
「どうして…時間はあったはずよ」
「へへ。反抗期ですから」アデルはそこで柔らかい笑みを見せた。
「馬鹿言ってないで…」
「姉上」クロの言葉を遮り、アデルは姉の名を呼んだ。その顔はやけに真剣であった。
「最後に一つ、聞いておきたいことがあります。あなたは本当に僕の姉なのですか…?」
「…え?」クロは呆気に取られる。
「僕たちに血の繋がりはあるのですか?」
「そんな、一体何を言って…」
「その真っ白な髪、ずっと不思議に思っていました。僕たちの家族に白い髪はいなかったから」
「それは…確かに私も不思議には思っていたけど…」
「姉上の出自を調べました。しかしあなたの出生に関する記録は何一つありませんでした」
「何かの手違いで燃やされたとか…いくらでも考えようはあるじゃない!」
「父上や母上に、それとなく尋ねてみても、はぐらかされるばかりでした」
「いいえ!私は魔王イヴリス・サタナスの娘よ。その証拠に、服従の血だって流れているし…」
「ふふっ」アデルは笑った。
「その言葉で確信しました。姉上、魔王の血に、そんな力はありませんよ」
「なっ…」クロは言葉を失った。
「おい、黒い髪の奴」
アデルはシロの顔を見つめる。
「シロとか言ったな。姉上を…よろしく頼む」
――ブシャ。
服従の首輪が爆発し、アデルの首は破裂した。
シロとクロの顔に赤い血が飛び散る。
アデルは、首輪の呪縛から解放された。
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