第45話 昔の話

〔これまでのあらすじ〕

黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。

〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。


12年前、魔王城――。

魔王への謁見を済ませ、長い廊下を歩く一人の男がいた。男の名はカサルド・シマホス。

彼は次の戦いで副将を務める。

廊下の一室の扉が開き、背後から名を呼ばれる。

「シマホス」

男は振り返る。そこには少女がいた。

「王女様。いかがお過ごしですかな」

「うん。ふつう。…シマホス」

少女は再び名を呼ぶ。

「なんでございましょう」

「あそべ」

男は片膝立ちで頭を下げる。

「仰せのままに」


「ほーら、とってこい!」

少女はリンゴ大の大きさのボールを投げる。

シマホスは走る。転がったボールを拾い上げ、走って王女のもとに戻る。そうすると王女はキャッキャと笑う。

「もういっかい!」

シマホスは休む暇もなく駆け出す。

それを何度か繰り返し、流石に息の切れたシマホスが王女に提言する。

「す…すこし…休ませて…くださ……」

「あはは。ならお茶にしましょう。ほらこれがさいごよ!」

膝に手をついて息を整えていたシマホスはよろよろとボールを追って走り出した。


給仕係が下がり、王女とシマホスは昼下がりの庭園でテーブルを囲む。

「またせんそうですか」

王女は尋ねる。

「はい。北方の境界線付近の街モルベルグでの戦闘です。あなたの3番目のお兄様が指揮を取られます」

「そうですか。止められないものなのですか」

「今やモルベルグは陥落寸前。北もすぐに南と同じ道を辿ることでしょう」

「どうしてそんなことを…」

「少し歴史のお勉強をしましょうか」

そうしてシマホスは語り出す。

「魔法というぬるま湯に浸かった私たち魔族の奢りでしょう。四世紀の間、魔族は力の限りを用いてきました。そのことを考えれば人族の行動にもある種の正当性がでてくるはずです。人族の技術の発展は目覚ましい。今世紀に入ってから、人族が会得した唯一の魔法、〈魔術解析サピテリア〉。それから彼らはあらゆる魔法の模倣を始めました。それはスキルと呼ばれる術式。そして四世紀の間、魔法の暴力を振い続ける魔族に対抗する技術を開発し続けていました。〈岩石遊遊クロクロク〉から岩を遠くに投げる装置を発明し、〈一点爆発エントーチカ〉を見て爆発する矢を発明した。それらの技術にスキルが加わり、魔族がツケを払う時が来たのです。お父上は痛み分けで事を済ませる腹のようです」

「父上が…」

「はい」

「負けるとわかっていて、どうしてシマホスはたたかうの?」

「勝ち負けで終わるのならば、とっくに戦争などなくなっていることでしょう。私は戦わなければならない。それが忠義というものです」

「なぜシマホスは父上にしたがうの?」

「私達オーク族は、ある里で集団生活を営んでいました。北にあったオークの里は人族の強襲により壊滅。私は家だけでなく妻も娘も失いました。命からがら逃れた私を助けたくれたのが魔王様の軍隊でした。だから私は魔王様に従うのです。もし私のような者がいれば、救ってやりたい。私はそう思っています」

「でもわたしはシマホスにしんでほしくない…」

シマホスは目を丸くしてから、はははと笑う。

「お目掛け感謝致します。あなたのお願いとあっては聞かないわけにはいきませんね。クロ王女様」

クロ・サタナス。推定5歳。



――ドン

ガーゴイルの群れの最後尾が2人の頭上を通り過ぎていった時、シロとクロの目の前に何かが飛来した。

それは黒色のマントを払い、土煙を跳ね除けると2人の前に姿を見せた。

その姿は黒い皮膚をした男だった。

「父上の命によりお迎えに上がりました。"姉上"」

男は2人を交互に見比べる。

「変身の魔法ですか。これではどちらが姉上か判別がつきません。どちらとも攫えば問題ないでしょうか」

「血で分からないのかしら、アデル」

「これはこれは姉上。どうやら魔法の作用か血の濃さが同じように見えましてね」

「父上の命って…一体どういうつもり?あの人が停戦協定を破るはずがない」

「ええ。もちろん。これは侵略攻撃ではありません」

「じゃああのガーゴイルは!?」

クロは背後の空に指先だけを向ける。

「奴らに攻撃は命じていません。ただ私の前を飛べと。そうすれば姉上は姿を見せるだろうと踏んでおりましたが、まさかこうも上手くいくとは」

「馬鹿にしているわけ?」

「多少は」

「そう。で、父上が私を攫えと?」

「はい。ですので大人しく捕まってもらいましょうか」

クロの弟、第六王子アデルは拘束用のリングを取り出す。

対してシロが右手を伸ばしてクロの前に出る。

「クロに手は出させません」

「誰ですかあなたは」

「クロの仲間です」

「ほう。ではあなたから潰しましょうか」

アデルは腰に下げていた剣を抜く。シロもポシェットから鉛筆を取り出す。

「〈轟斬撃剣エクセス〉!」

しかし何も起こらない。

――ウプ・レンピットで白紙のスキルの本マギアスが復元したということは…。

「スキルの効果がリセットされている…!」

瞬時にアデルの剣先が眼前に迫る。シロは左に飛び込んで攻撃を避ける。

「私の攻撃が見えますか。ただの一般人ではないようですね」

さらに攻撃。マギアスを開く時間がない。スキルを発動する時間がない。シロはただ避けるしかない。

「アデルやめて!」

クロは弟の背中に叫ぶ。彼女は自分の体に異変を感じていた。

――力の解放ができない。

よってクロが真っ向からアデルと対峙するのは不可能。ゆえにシロが反撃するための時間を稼ぐ必要があった。アデルの気を引く必要があった。

「アデル!私はここよ!」

しかしシロにロックオンしたアデルは執拗にシロを攻め立てている。

「周りが見えなくなる癖は変わってないのね」

クロはふと漏らした自らの言葉で閃く。

――それだ!

「ちょこまかと小癪な」

アデルの斬撃を避けるシロだが、わざと肘を引かれ、その後すぐ伸ばされる伸縮攻撃に距離感を読み誤り、刃先が右の頬をかすめる。

「くっ…」

怯んだシロの動きが鈍る。その隙にアデルが接近する。

「アデル!」

クロが叫ぶ。

「まだメイドのカティファとはよろしくやっているのかしら!?」

「……ッ!」

アデルの動きがピタリと止まる。ゆっくりとクロの方に向き直る。

「黙れええええ」

剣を振り上げ、クロに接近する。

シロはポシェットからマギアスを取り出してパラパラとページをめくる。

「我が剣よ轟け、敵を討て。〈轟斬撃剣エクセス〉」

シロの右手に握られた鉛筆が剣に変わる。

一方クロはアデルの斬撃を避けるも蹴り飛ばされてその場に倒れてしまう。アデルはクロの体に拘束用のリングを通す。リングは収縮し、腹の位置で両腕を固定する。

刹那、背後からシロの一振り。アデルはそれを自らの剣で受ける。

「逃げ惑うだけの小娘のはずがないとは思っていましたが、そういうことでしたか」

シロとアデルの剣が何度もぶつかり合う。

「私の剣技に対抗するとは中々の腕前ですね」

「へへ、人類最強と手合わせしたこともあるんでね」

「ほう。人類最強とは、これほどですか!」

アデルは手首を捻り、剣を回してシロの剣を弾く。同時に蹴りが腹に入り、シロはその場に崩れる。

「お覚悟を」

アデルの剣がシロの首筋に触れる。

「始めは処女の如く、後は脱兎の如し。〈後如脱兎モンティホール〉」

虹彩の縁が赤く輝く。〈轟斬撃剣〉の呪文詠唱の際に予めいくつかのスキルを暗記していたのである。

シロが地面を蹴ると思いきり高く飛び上がった。その場を飛び回りアデルの動きを撹乱させると、転がった鉛筆を拾ってクロの前に着地した。

「クロ、逃げる?」

シロが尋ねる。

「いや、少し話しをしたい」

「わかった。クロがそう言うなら」

「ありがとう」

「〈轟斬撃剣〉」

鉛筆が再び剣に変わる。

「アデル」

クロが弟に呼びかける。

「父上は何故私を攫えと?」

「姉上の行動は到底看過できるものではないと判断されました」

アデルはシロの間合いのそばで立ち止まる。

「どういうこと?私が人界にいることがそんなに悪い?別に正体を明かしているわけじゃない。私は衝突を起こしたいわけじゃない」

「三十三部隊司令シマホスが処刑されました」

「なっ…」

シマホスはかつてベッヘルムに進行していた魔王軍を率いていた男である。彼はこれまでの忠義を買われて部隊長にまで昇り詰めたが、クロの幼い頃を見てきた彼の親心が結局彼の身を滅ぼしてしまった。

「そう言えば分かりますか?」

「…そんな。どうして!」

「北部領地奪還作戦の遅れから監査が入り、彼の命令違反が発覚しました。シマホスがあなたの名を出すことは終ぞありませんでしたが、身辺調査の結果あなたの存在が浮かび上がってきました。確定ではないにしても、父上はその事実に酷くお怒りのようです」

「それを理由に私を連れ戻そうってことね」

クロは強く奥歯を噛み締める。

――私のせいで、シマホスが……。

「うわあああああああっ!」

ベッヘルムの境界線を超えた先で出会った初老のおじさんをシロもはっきりと思い出していた。

感情の昂りが抑えられないシロはアデルに斬りかかる。

アデルはシロの攻撃を受けながら考える。

「呪文の詠唱、スキルの特徴ですね。やはり、あなたは人間でしょう。そのあなたが、魔族であるシマホスを知るはずがない」

その間にもシロの斬撃は止まらない。

「さっきおっしゃっていましたね。って。だから姉上経由でシマホスを知ったのでしょう」

シロの剣を上から叩き落とし、アデルはシロの腕を掴む。

「つまり姉上はシマホスと接触している。これで逆説的にですが、あなたを拿捕する正当な理由ができましたね」

アデルは真っ直ぐにクロを見つめている。

シロはその場で腰を軸に前方に一回転し、アデルの脳天に踵を落とす。そのまま顔面を蹴り飛ばして後方に飛ぶ。〈後如脱兎〉発動中がゆえの軽やかな動きだった。

アデルから離れる時に手放した剣は鉛筆に戻り彼の足元に転がっている。シロは着地するとポシェットから2本目の鉛筆を取り出す。

「〈轟斬撃剣〉」

鉛筆が剣に変わるとシロは地面を蹴ってアデルに接近する。

「馬鹿の一つ覚えのように接近しやがって。貴様の攻撃など見切っているわ!」

「我が脚は稲妻が火を打つが如く。〈電光石火トニトス〉」

再びの呪文暗唱。シロの動きが加速する。

瞬時にアデルの背後をとると背中を蹴飛ばし、次の瞬間にはアデルの目の前に移動して剣を弾き、前方に倒れつつあるアデルの顔面を殴りつけた。

〈後如脱兎〉により蓄積された弾性力に〈電光石火〉により加速度が加えられ、非力な少女であるシロの拳は魔界の動く巨壁、ゴーレムのそれにも匹敵するパワーを発揮する。

アデルは吹っ飛び、背中を地面に強く打ち付ける。

「は、ははっ。はははは!」

アデルはよろよろと立ち上がる。クロは空に立ち込める暗雲に気づく。

「なるほど。姉上の仲間を自称するだけのことはある。それでは…」

アデルは背にかけられたマントを外す。

「本気を出させていただきましょう」


〈神判の日〉まで残り174日

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る