第44話 飛来

〔これまでのあらすじ〕

黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。

〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。


レニカの街郊外。かつて草原が広がっていたその場所には地下深くまで続く地面の亀裂が点在したいた。

「くまなく捜索しろ。何かしらの痕跡を見つけ出すんだ」

王立騎士団副団長(暫定団長)デフテロ・セグドが命じる。

「なんてことだ」

「これは…酷いな」

レニカの街出身の騎士やかつての街の姿を知る騎士は絶句していた。

建物の一階部分がわずかに残されただけの街の外周部には季節遅れの向日葵が咲き誇っていた。

深く窪んだ円状の溝は腰までの高さ分だけ凹んでいた。断地空絶ジエンドの発動地点の推定は容易であった。

しかしそこにセレスト・ナヴアスの姿はなかった。

騎士らは黙示録の残骸とそれに関するシャンティーサ・フィコの証拠を探していた。

街内を探索していたデフテロに騎士が報告する。

「副団長、塔の推定跡地の地下に続く階段を発見しました」

「案内しろ」

「はっ」

デフテロがその場に向かった時、階段を発見した騎士らはその場に倒れていた。

「貴様、何者だ」

そこには黒い甲冑に身を包んだ騎士がいた。その甲冑は騎士のものでもパウクのものにも似つかない全くの別物であった。

――コツコツコツ

階下から石造りの階段が響く音がする。

「お見事だ。デフテロ・セグド」

男は拍手をしながら現れる。

「シャンティーサ…フィコ…」

「その通り」

デフテロは剣を抜く。

「何のつもりだ。レニカの街をこのような有様に変えて、今更のこのこ顔を見せるとは」

「レニカの街は事故に遭っただけだ。それもただの副次的な事故さ」

「貴様は王の下の臣民の命を危険に晒した。それが何を意味するか分かるか」

「私は王の話はしていない。君と話しをしに来たのだ。デフテロ・セグド」

「聞くと思うか?」

「もちろん」シャンティーサはいやしく笑みをこぼしている。

「私の目的はただ一つ。魔族の殲滅だ」

デフテロはあまりにも突拍子のない言葉に意表を突かれる。

「無理だ。魔王討伐なんて馬鹿げている。この世界はもう、停滞する他ない」

「人族の最高兵力の頭が諦めるのかい?それこそ馬鹿げた話だね。この世界で誰よりも諦めてはいけない人間は君だ。デフテロ・セグド。君は馬鹿の一つ覚えで叫び続けなればいけない。我ら人族の勝利を、恒久の平和を」

デフテロは歯を食いしばる。

「そんな君に私が助けをくれてあげよう。セレスト・ナヴアスにしたように手を差し伸べてあげよう」

シャンティーサは言葉通り右手をデフテロに差し出す。

「まずはそちらが話すのが先だ。貴様は私に、人類に何を寄越すつもりだ」

「かつて世界を滅ぼすほどの威力を持っていた人族の最終兵器。名はオシリス。由来はこの世界を司る神オシリスから取られている」

「最終兵器オシリス…」

「この街はその復元の過程の犠牲になったのだ。尊い犠牲に」

「貴様はすでにその兵器を所有していると?」

「いいや、厳密にはまだだ。レニカの街の地下で発見したオシリスの設計図とプラントが復元されたにすぎない。今から開発に取り掛かるところだ」

「いつ完成する」

「君の協力次第だが、試作品はおそらく3か月程で。性能試験が終わり次第、量産態勢に入る。一度使えば、すぐさま量産する必要がある。量産化も同時に行わなければならない。人員が必要だ」

「なるほど。…どれ程必要だ」

「ふふ」シャンティーサは再び笑みをこぼす。


「それともう一つ」

レニカの街の地下に存在する復元されたプラント、及び現シャンティーサ・フィコの研究所を後にする際にデフテロは呼び止められた。

「何だ?」

「人を探してもらいたい」

「人を?」

「ああ」

「誰だ」

瞬間移動テレポーテーションを使うスキルを使う少女。シロの仲間だ」

「何故その少女を探す必要がある?」

「瞬間移動があれば、どこでも自由にオシリスを運ぶことができる。魔王城を瞬時に壊滅させることができる」

「検討する」

「期待しているよ。新団長」


騎士の一行がレニカの街への調査へと赴いてから1週間が経過した。クラードの街唯一の宿の一室にて、シロとクロは地図を開いていた。

「これからのことだけど…さらに人界の内部に潜入する必要があると思うの」

とクロは言う。

「おばあちゃんはかつて、旧人魔境界線での魔界について調査した。そこには南北の凸状領地も含まれる。だから今の境界線付近ではもう探すべき場所はないと思うの」

「ミヅイゥのことは…」

「パウクにイグニスそれにヴィトラの3人がついているから大丈夫よ。…そう信じましょ」

「はい」

「それにこれは賭けだけど、四人が人界の内部に飛ばされた可能性だって十分にあるわ」

「そうですね…。そうですよね。クロがそう言うんですから、きっと大丈夫ですよね」

「ええ。ありがとうシロ。私を信じてくれて」

「もちろんです」

シロは改めてクロを見つめて言う。

「私はいつだってクロを信じます」

真っすぐなその言葉にクロも微笑む。

「デフテロ・セグドに話をつけたら早急に出発しましょう」

クロは部屋の壁にかけられたカレンダーを見る。

「今日がハネムトの8日。もう〈神判の日〉まで一年の半分もない」

「〈神判の日〉はいつなのですか?」

「スォース1日。過去の人々は〈神判の日〉が370回目の年始になるように暦を定めた。私たちが出会ったのも、偶然にも、369回目のスォース1日だった」

「それが今ではハネムトまで…」

「そう。でも本来ならば順調のはずだった。半年でオシリスの羊を2人見つけることができた。同じ時間を使う猶予があるはずだった。でもまた振り出しに戻ってしまった。4人が飛ばされた場所が人界にしても魔界にしても日の下を歩けるはずがない。情報収集は困難を極めるでしょうね。この一週間、レニカの街周辺を探索してみたものの、それらしき痕跡は見つけられなかった。レニカの街から、うんと遠くに移動してしまった可能性が高いわ。3人目の羊を探しながら、4人も見つけ出す。これをたった半年で」

クロは口を閉ざしてしまう。

「…大丈夫ですよ」

と、シロは言う。

「例えオシリスの羊が見つからなかったとしても、私が神に抗います」

「無理よ。神は人でも魔物でもない。それは超越存在。それはたった一瞬にして世界を再編してしまう力を持つ。私たちは神の気紛れで造られた平和の中で生きているに過ぎないのよ。〈神判の日〉が訪れれば、どちらかの種族が滅びるまで続く永遠の戦争が始まる」

「それでも、私は戦います」

「シロは強いのね」

「だって…クロが見つけてくれたから。私を。オシリスの羊としての私を。私は、オシリスの羊は、神に抗うための存在だから」

「そうね。私も強くあらないと。こんな気分じゃ見つかるものも見つけられないわね」

その時、段々と近づくけたたましい馬の蹄の音が聞こえた。

「騎士が帰ってきたのね」

と同時に、緊急事態を知らせる鐘の音がクラ―ドの街に鳴り響く。

その音を聞いたシロとクロは目を合わせると、すぐさま宿の外に出た。

「クロ!あれを!」

宿に面する通りにでたシロがレニカの街の方向の空を指差す。

「そんな…あれは…」

それは空の一角を埋め尽くすほどの黒い塊。

「ガーゴイル…!」

魔族の忠実なる僕、かつて人からつけられた異名は空を支配する邪悪。その群れがレニカの街の奥、人魔境界線を越えて魔界から迫ってきていた。

シロとクロの前に一頭の馬が立ち止まる。

「おい白髪、クロとかいったな。あれは一体どういうことだ」

馬に跨がっていたのはレニカの街から帰還したデフテロ・セグドだった。

「ガーゴイル。でもどうしてここに?」

「分からない。ただし一つ確かなことは、レニカの街が崩壊したことで境界線の監視に欠陥が生じたことだ」

「でも待って。ガーゴイルは命令を順守する存在。絶対に単独行動は行わない」

「というと?」

「あれを放った何者かがいる。…私は心当たりがある」

「そうか」

そこへもう一頭の馬がやってきた。

「副団長、住民の屋内への避難が完了しました」

「分かった。街を出る準備をしろ」

「はっ」

「何をする気?」

クロは尋ねる。

「あの魔物共がこれ以上人界内に侵入することを何よりも阻止しなければならない。奴らがこの街を襲うのであれば、例えこの街を焼いてでもな」

「そんな!…ならこの街のことは私に任せて」

「なんだと?」

「私も奴らの目的は分からない。だからそれを知る必要がある。もしかしたら、奴らはこの街を襲わないかもしれない」

「ああ。それは避けなければならない。王都が魔物に襲われることなどあってはならない」

「あなた達は街の外にて奴らの動向を探って。この街を襲わないのであればすぐさま後を追えるように」

「そのつもりだが、お前らは二人で大丈夫なのか?」

「ええ」

「分かった」

デフテロは連絡係の騎士に命令する。

「今は少しでも人員が必要だ。クラ―ド隊も二等以上のみを残して以下は街を出るように伝えろ。行くぞ」

「待って」

駆け出したデフテロの背中にクロが叫ぶ。

「私たちの処遇の話。どうするつもり?」

「この先にトプロステンという街がある。事が済んだらそこで落ち合おう」

「分かった」

デフテロは連絡係とともに街の奥へと向かう。

「シロ、私たちも行くよ」

「はい!」

シロとクロはデフテロらと反対方向へ、ガーゴイルの群れに迫る方向に走り出した。


別れてすぐに連絡係は尋ねる。

「副団長、いいのですか?」

『交渉成立だ』

デフテロはかつてクロとセレストが握手を交わした様子を思い出した。

「ああ。私はただ、団長が信じた者たちを信じるだけだ」


「我が血に従え!」

グラードの街を出たクロは上空を飛ぶガーゴイルの群れに向かって右腕を突き出していた。その右腕の傷口からは王族の血がたらたらと滴る。

「そんな…」

クロは震えた。

「私の血が効かないなんて。まさか…そんなはずは…!」

「どうしたんですか?」

「王族の血には階級がある。私の血に従わないということは…このガーゴイルを差し向けた人物は…父上!」

それは、魔王。

――ドン

ガーゴイルの群れの最後尾が2人の頭上を通り過ぎていった時、シロとクロの目の前に何かが飛来した。

それは黒色のマントを払い、土煙を跳ね除けると2人の前に姿を見せた。

その姿は黒い皮膚をした男だった。

「父上の命によりお迎えに上がりました。"姉上"」


〈神判の日〉まで残り174日

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