第43話 その後
〔これまでのあらすじ〕
黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。
〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。
少女は街の八百屋を訪ねる。
「おじさーん」
「おお。今日もおつかいかい」
「そう。このメモに書かれている物をくださいな」
少女はメモを手渡す。
「どれどれ」
店主は笑って受け取る。眼鏡を額まで上げてメモを見る。
「うんうん、よしきた」
店主はメモの通りに野菜を揃えていく。
「おやおや、おつかいかなお嬢さん」
少女は通りを歩いていた老人に声をかけられる。
「はい。こんにちは!」
「こんにちは。偉いね。どこの子かな?」
「えっと…」
「あらー。シロちゃんじゃないの。今日もお使い?偉いわねぇ」
「フェニおばさん!」
「これはこれは。フェニルさん」
「こんにちは。ユダンクさん。この子はシロちゃん。キタブ堂のファミアさんのところのお子さんよ」
「キタブ堂キタブ堂…どこだったか」
「ほら、丘の上の」
「ああ。あの古書店の。しかしあそこの奥さんは男の子だったんじゃないか」
「シロちゃんはね。ほら…拾いの子らしいわよ」
「そうかそうか。ファミアさんも偉い人だな。そうだお嬢さん、お菓子をあげよう」
「わーい。ありがとうございます!」
のどかなレニカの街でのひと時。
それも今では塵と化している。
「セレスト・ナヴアス団長は…死んでしまったのだろうか。黙示録は、終わったのだろうか」
王立騎士団副団長デフテロ・セグドはレニカの街の崩壊を目にしたのだ。街を一つ犠牲にするほどの衝撃を見たのだ。それでも疑問が晴れることはない。
セレスト・ナヴアスの最後の指令に従い、レニカの街を脱した騎士団一行は本作戦における指令本部まで後退し、警戒体制のまま待機していた。
クロはシロの膝の上で眠っていた。シロはクロの寝顔を見つめていた。
どれだけの時間が流れただろうか。日が傾き始めた頃、クロは目を覚ました。
「んん…シロ…?」
「クロ!大丈夫?あなた急に気を失って…」
クロは体を起こすとシロを優しく抱きしめた。
「ありがとう、シロ」
「クロ…さん…」
クロは微笑んだ。
「私のこともクロって呼んで?」
「えあ…クロ…。」
「うん」
クロはシロから離れた。
「…あれ、みんなは?」
クロは辺りを見回す。そこには2人以外誰もいない。
「気づいたら、いなくなっていました。多分また、ミヅイゥのスキルの暴発が起きたんじゃないかって」
「そう…。それはまずいわね。連絡手段がある訳でもないのに。ここにきてオシリスの羊を失うなんて」
「とりあえず、どこか宿を探しましょう。まもなく日が暮れますし」
「そうね。少し寝過ぎたようね。レニカの街には…」
「ダメです」
シロはきっぱりと言った。
「あそこにもう街はありません。隣街のクラ―ドの街に行きましょう。そこならまだ土地勘があるので」
「…分かったわ。とりあえずはそこに行きましょう」
「はい。こっちです」
そこでシロはあるモノを見つけた。シロはそのもとへ近づく。そこには羊のぬいぐるみが倒れていた。
「キュビネ」
シロは呟く。応答はない。シロは羊のぬいぐるみを拾い上げると隠すようにすぐさまポシェットにしまった。
「どうかした?」
「いえ、何でもないです。行きましょう」
シロとクロは歩き出した。暮れゆく日を背後にクラ―ドの街へ向かった。
そして辺りは暗くなり、街の明かりを頼りにクラ―ドの街に辿り着いた。
2人はフードで顔を隠し、宿場まで向かった。
「らっしゃい」
フロントの大男はぶっきらぼうに言う。
「部屋を一つ。いくらかしら?」
「金貨10枚」
シロはポシェットから丁度の枚数を取り出した。
「よかったなアンタら。これで部屋は終いだ」
「そう。繁盛しているのね」
「なんだか騒ぎがあったようだからな。団体様御一行がお泊まりになっている」
「確かクラ―ドの街の宿はここだけなのよね?」
「そうだが?こんな街寄るなんて珍しい旅人もいたもんだ」
クロは嫌な予感を覚えた。
――カランカラン
と、入り口のベルが鳴る。
「お前らは…」
クロの予感は当たった。そこにはデフテロ・セグドがいた。
デフテロは腰の剣の柄に手をかける。シロはすぐさまポシェットに手を突っ込んでマギアスと鉛筆を掴む。
「待って!」
クロが叫んだ。
「とりあえず落ち着いて。私達に敵意はない。ここに来たのもただの偶然。シロ、ポシェットから手を離して。あなたも、確かセレスト・ナヴアスのそばにいた人よね。お願いだから剣を抜かないで」
「だそうだ。黒髪、武器から手を離せ」
デフテロが言う。
「あなたが手を離したら、私も離します」
シロが言う。
「もう」
クロがシロの両腕を握る。
「ありゃ」
クロはシロの両手のひらを天井に向ける。
「これでいいかしら?」
「ふむ」
デフテロは少しだけ手を浮かせる。
「偶然と言ったな。何故ここにいる」
「黙示録を終わらせたのよ。一晩ぐらい休んだっていいでしょう」
「あの厄災を終わらせたのはセレスト・ナヴアス団長だ」
「何言っているの。イグニスが怪物から獣を分離して、私が獣を消したのよ」
「いや違う…」
そこでデフテロは言葉に詰まる。
「お前ら、
「断地空絶?なんのこと?」
「貴様…レニカの街の惨状を知らないとでも言うのか…!?」
「知らな…」
「レニカの街は、私の故郷は壊滅しました」
シロはクロの言葉を遮った。
「なっ…」
クロは驚いてシロを見る。
「そうか。お前、レニカの街の出か」
「はい。私はあの街が大好きでした」
「だから団長を憎むと?」
「そんなはずはありません。断地空絶…使用者の肉体を純粋なエネルギーに変換して放出するスキルですよね。そのおかげで黙示録の幕は弾け飛んだ。だから感謝しています」
「どうしてそんなことを…」
「私は幕の内側にいましたから」
「馬鹿な。あの幕を通れば死ぬはず…そうだ。お前たちは」
「はい。幕が降りる前に塔まで辿りつきました」
デフテロは顎に手を当てる。
「うむ。そうだな。詳しく聞かせてくれ。あの幕の内側の出来事を」
シロとクロはデフテロの部屋に呼ばれた。
部屋に入ると、そこにはデフテロと書記が1人いた。
「座ってくれ」
2人は促されてデフテロの前の椅子に座る。
「聞かせてもらおうか。幕が降りた後のことを」
「まず、この事態の首謀者が誰かは分かっているのかしら?」
「幕が降りる前に観測されていた塔の製造責任者がシャンティーサ・フィコであったことまでは話が通っている」
「そう。ではその当人よ。記録しておきなさい。このレニカの街での惨劇、黙示録は全てシャンティーサ・フィコによるものだった」
書記は鉛筆を走らせる。
「私とシロ、そしてイグニス・ヴォクユ、ヴィトラ・イコゥ他2名と、あなたたちの使いである見張り役のアシミラの計7人はシャンティーサ・フィコの建造した塔に侵入した。彼は塔の最上階にいた。彼はそこで時空間位相逆行装置ウプ・レンピットを起動させようとしていた。その目的のために大進化シリーズ
「と同時にセレスト・ナヴアスが断地空絶を発動させたと」
「そうだと思います」
「…では貴様らの仲間はどこにいる」
「
「瞬間移動だと?そんな馬鹿な。そんなものが存在するはずが…。いや、今そのことはどうでもいい。ではさらに問おう。シャンティーサ・フィコはどこにいる?」
「私たちも生死は確認していないけれど…でも彼は怪物の出現と共に崩壊した塔の頂上から落下してそれきりよ」
「なるほど。奴も人間だ。今頃には死んでいるだろう。では最後に」
デフテロはシロとクロを交互に見つめて尋ねた。
「レニカの街での一件は終わったと見ていいのだろうか」
「ええ」「はい」
2人は確かに頷いた。
「そうか。分かった。……とりあえず今夜はゆっくり休んでくれ。君らの処遇は後程決定するが、それまでは手を下さないことを約束しよう」
シロとクロは部屋の戻ると、シロは気絶するように眠りに落ち、クロもとりあえずベッドの上で横になった。宿の二階の隅の部屋のダブルベッドの窓際にいたクロは遠くに見える月を見つめていた。そのせいでなかなか寝付くことができなかった。
夜が明け、宿と街の騒がしさに目を覚ました2人が窓を覗くと、そこにはレニカの街へと向かう騎士の隊列の姿があった。
着替えを済ませ、階下に降りるとクロはフロントの大男に騎士のことを尋ねた。
「レニカの街への調査だとよ。まぁウチにいる連中はこの街の出身じゃあないからね。どこへ行こうが知ったことじゃないが。朝っぱらから騒がしくてたまったもんじゃないな。こんなこと、到底言える立場にはないんだろうがな」
シロとクロは久方ぶりの食事を求めて街へと繰り出した。
「ん-、おいしい!」
隣町とはいえ、距離の離れたクラ―ドの街ではレニカの街の惨劇が伝わっていないのか、それとも2人の話を聞いたデフテロが許可を出したのか、あるいはその両方なのかは分からないが、早朝の街にも人の通りが散見されていた。
シロとクロはモーニングから提供しているカフェのテラスにて食事をとっていた。
「今まで街中でもこそこそとやってきた身からすると、こんな場所で堂々と食事できるなんて幸せなことね」
クロはそう言ってサンドイッチを頬張る。もちろん2人はフードを外している。
「うん。特にこの肉厚のベーコンがおいしいわね。人界では豚の肉を使っているのだったかしら。これも悪くないわ」
会話にさえ耳を塞げば、彼女の姿はれっきとした人間のレディーである。街の人々は誰も彼女が魔族の娘であることを知らない。
「シロ、あなたのサンドイッチもおいしそうね。一口ちょうだいよ」
「え…いいですけど…」
シロは目を逸らして皿の上に食べかけの卵サンドを置く。クロはそれを手に取ると一口食べる。
「うん。これもおいしいわね。鶏の卵だっけ?こんなにおいしくなるのね」
「そうですね。おいしいですよね」
シロは皿の上に戻された卵サンドを手に取ろうとして顔を上げると目の前にクロのベーコンレタスサンドを突き付けられていた。
「はい、私のも一口あげる」
「えっでもこれじゃあ、か…か…」
シロはおろおろと目線を左右に揺らす。頬がみるみる赤くなる。
「…?ほら早く」
「…!」
シロの焦点がクロのサンドイッチに吸い込まれる。
「い…いただきます」
シロは口を開け、サンドイッチにかぶりつく。
「コーヒーのおかわりはいかがですか~」
店内から女性の店員がポットをもってやってくる。
シロは目線だけを声の方向に向ける。かぶりつく瞬間を見られてしまっていた。
「あらあら、今日も平和ですね~」
「あ、私お願いします。シロは?」
シロは口をもぐもぐさせながらかぶりを振る。
「はーい」
店員はクロのコップにコーヒーを注ぐと店内に戻っていく。
「…おいしかったです」
飲み込んでつぶやくシロの顔は真っ赤だった。
「あはは…見られちゃったわね」
遠くでカラスが鳴いていた。
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