第40話 黙示録:終局
〔これまでのあらすじ〕
オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。
黙示録の怪物である四混聖獣ゴグ=マゴグにより窮地に追いやられる6人。負傷したヴィトラをイグニスが庇ったことで囮としての座標がずれ、時空の亀裂から放たれる光線がシロとクロ、そしてミヅイゥの真上に迫っていた。
「もしもし…」
イグニスはゆっくりと目を開く。路地裏の隅で壁に背をあずけていた幼いイグニスの目の前に一人の少女が立っていた。
「よかったら…これ…」
少女はパンの切れ端の入った包みを手渡す。イグニスはそれを奪うと少女に背を向けてパンを鷲掴み、口に運んだ。
「私…ヴィトラ。今日からこの街に住むことになったの。よろしくね」
「ヴィトラ!どこにいるの!?私を困らせないで」
通りから女の声がする。
「あ、お母さんが呼んでる。また会おうね!」
幼いイグニスは少女の背を一瞥した。
『じゃああなたはどうして私を助けてくれたのよ。私達の分の借金を見返りも無しに払うなんて!』
『そう。じゃあ別に誰でもよかったのね』
「そんなわけ…そんなわけないだろ。ヴィトラだから、ヴィトラだからだよ」
イグニスはヴィトラの肩を持つと上半身を起こした。
「ヴィトラ!起きろ。ヴィトラ!」
「…イグ…ニス……」
ヴィトラの口だけが微かに動く。
「…生きて」
首に触れていた指先で脈の鼓動を感じることができない。
「嫌だ、ダメだ…死ぬな。ヴィトラ…!アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」
――ドゴッ
ヴィトラを抱くイグニスに迫った巨大な拳をパウクがその身で受け止める。
「イグニス殿!今はいい。気が済むまで泣きたまえ。必ずや拙者が時間を作るッ!」
パウクを取り囲むように時空の亀裂が開き、無数の拳が飛び出す。
パウクは真上に飛び拳を避け、イグニスから離れた地点に降り立つ。そして四混聖獣ゴグ=マゴグ目掛けて真っ直ぐに糸を放つ。未だ糸は巨体を貫通して抜ける。
――ここにきて新たな技とは。完全顕現が近づいているということなのか…?
パウクは横目で最後の光線が落ちたクレーターを捉える。
――近づいて安否を確認するか?いや、その間にイグニス殿に攻撃が向いてしまう。やはり…攻勢一方か!
「ははははは!拙者は3人を信じている。黙示録の怪物よ、覚えておくがいい。拙者は仲間を信じる男、パウク・メテニユ!」
再びパウクに拳が迫る。頭上にも拳で埋められ先程の動きをカバーされていた。
「
右手に刀を握り締めパウクは拳と対峙した。
シロは目を覚ました。
「あれ…ここは…」
見上げると頭上に地面の割れ目が見える。ここは光線でできた谷の中であろうか。
――どうして?
「シロ…ごめん」
背後でミヅイゥが呟いた。
「もしかしてミヅイゥが?」
「うん。力がおさえられない」
「そっか。ありがとうミヅイゥ。おかげで助かったよ」
シロはクロを起こす。どうやら光線が着弾する直前にミヅイゥの
「そう。お手柄ねミヅイゥ。ありがとう」
クロも目を覚ましミヅイゥを褒めた。
「うん…」
ドンッという地響きが伝わる。
「上では何が?どうやって戻ろうかしら」
「シロ…またきた!」
ミヅイゥがシロに抱きつく。シロは慌ててクロの手を繋ぐ。
次の瞬間、3人は荒野の上にいた。
「うおっ」
そこでちょうど着地しようとしたパウクとぶつかりパウクが転がる。
「パウク!」
「おお、無事であったか!」
そして3人の出現理由を察したパウクはイグニスに糸を巻きつける。
シロ、クロ、ミヅイゥ、パウク、イグニス、ヴィトラの6人は谷の底にいた。
「そんな…ヴィトラ!しっかり、しなさいよ…」
イグニスの抱くヴィトラを見てクロは言葉を失った。
その場に静寂が走る。
「獣は俺が殺す」
イグニスが呟くように言った。
「イグニス殿!気持ちは分かるが…」
「俺の剣、ヨモツとマガツは獣の力で捻じ曲がったものだ。だから俺の剣なら…攻撃が入るんじゃないか?」
パウクがシロとクロを見る。そして口を真一文字に結ぶ。
「…承知した。拙者が投げる。とりあえずやってみよう」
「シロ…!」
ミヅイゥの呻き声。6人は再び瞬間移動した。
降り立ったのはゴグ=マゴグの背後。およそ100メートルの地点。怪物に気づかれる前にパウクはイグニスの腰に糸を巻く。そして2人は走り出す。
「いくぞッ!」
パウクはイグニスを投げ飛ばす。双剣ヨモツマガツを構えたイグニスがゴグ=マゴグに迫る。
「
刃が赤い炎を吐く。そった背中を丸めて勢いをつけて虎の頭上に刃を叩きつける。刃は貫通することなく頭頂を斬りつける。しかし…
――ドゴッ
拳はゴグ=マゴグの体をすり抜けて下からイグニスの身体を叩いた。
イグニスは上空に投げ飛ばされる。そこに出現した新たな拳により怪物の前方に叩き落される。
虎の顔はイグニスを見下ろして吠える。
「グオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ」
パウクに向けられた量とは比べられない程の無数の拳がイグニスの身体を覆い潰す。
――ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ
瞬間移動したシロ、クロ、パウク、ミヅイゥ、ヴィトラはその惨状を目の当たりにする。乱雑なリズムで跳ねる地面に立ち続けることができない4人はその場に崩れ落ちる。
これが神となった獣に抗った愚かな生物の運命なのだろうか。
拳は亀裂の奥に消え、静寂だけが残る。
「オ前ニハ…借リガアルンダ…」
『イグニス。ワシを…殺せ』ダスロの首を落とす瞬間が、
『…イグ…ニス………生きて』ヴィトラの口が最後に震える瞬間が、ありありとイグニスの前でフラッシュバックする。
「殺サナクチャ…イケナインダ」
凹んだ地面の中でイグニスが立ち上がる。両手に握られた双剣の刃が黒い炎を吐く。
イグニスはゴグ=マゴグに駆けだす。
それを見たシロはマギアスを開いた。
「岩の絶壁よ汝を守る盾となれ。
虹彩の縁が赤く染まる。
飛び上がったイグニスの足元から岩の壁が聳え立つ。イグニスは壁を蹴る。その足元にさらに高い壁が聳え立つ。岩の階段を昇ったイグニスはゴグ=マゴグの眼前へと迫る。
最後の壁を蹴り、再び刃を構える。
「
「グオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ」
ゴグ=マゴグが吠える。拳がイグニスの正面に迫る。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ」
三発の拳を双剣ヨモツマガツで受け止めたイグニスはそのまま刃を頭頂に叩きつける。
そしてゴグ=マゴグの肉体を一息に切り裂く。
「ギィャァァァァァァァァァァッッ!!」
怪物が絶叫と共に破れる。
黙示録フィールドの紫紺のカーテンは遂にレニカの街を飲み込んで進行していた。
「シャンティーサ、友よ、悪いがここで終わらせてもらう」
セレスト・ナヴアス。スキル、断地空絶。自身を代償に戦局を終わらせる最終兵器。それゆえスキルを封じてギニラルへと成りあがった男。シャンティーサの協力のもと、団長へと成りあがった男。
紫紺のカーテンがセレストの身体に触れた瞬間、男はスキルを発動した。
「
そして起こる大爆発。紫紺のカーテンは内部の爆発により急激に膨張するとレニカの街周辺の一帯を包んで破れた。
パウクは落下地点に糸を飛ばして巻き取りながら移動するとイグニスを受け止めた。
同時に黙示録フィールドが弾け、真っ青な空が顔を見せる。
そして閉じゆく時空の亀裂の下にクロが立ちはだかった。
「黙示録の獣、私はここよ!」
『チカラヲオオオオオオオオッッ!』
肉体を失った獣は新たな宿り木に向かって一目散に飛び込む。
クロはシロに支えられながらその場に倒れこむ。
「クロさん…」
シロはマギアスのページをめくった。
「世界のことは私に任せてください。必ず3人目の羊を見つけて、この世界を救います。だから安心して…ください…。」
クロの口角が微かに上がる。シロは肩を震わせながらクロの額に手を乗せた。
「
虹彩の縁が赤く染まる。
獣はクロの頭の中を駆けていく。クロの力、その根源に引き寄せられながら。
「ハハハハハハ、久シブリダ。コレハマサシク魔王ノチカラ。コノチカラデ、我ハ再ビ…!」
「そうはさせないわ」
獣が檻に囲まれる。
「ナンダトッ!」
「あなたが黙示録の獣ね」
クロが檻の前に立つ。空間全体が炎に包まれる。
「マサカ…!貴様ッ!」
「そう。あなたは消えるのよ。私の記憶ごとね」
「何ヲシヨウトシテイルノカ分カッテイルノカ!?ソウスレバ貴様ノ…」
「もちろん。全てなくすのよ。厄災がなくなるのだから、安いものでしょう?」
「イヤダ、イヤダアアアア!ダメダ、ダメダアアアア!」
クロは指先を獣に向ける。
「さよなら。
黙示録の獣はバラバラに崩れて消えた。
「ふぅ」
クロは檻に寄りかかってズルズルと腰を落とす。
「こんな気分なのね。自分が消えるのは」
クロは目を閉じる。
「あっ」
クロは思い出した。かつてのシロとの約束を。
それはシロが倒れて洞窟で介抱していた後の、マギアスと間違えてシロの秘密を見てしまった後のこと。
「…私、小説を書いているんです」
シロがおもむろに話し始めた。
「それで…。それで…今は見せられないんですけど、完成したら見せてあげますから…だから、もう少し、待っていてくれませんかね…?」
「もちろん。楽しみにしているわね」
シロの顔がぱあっと明るくなる。
「はい!」
「その小説って、なんてタイトルなの?」
「タイトル…ですか。それがまだ決まってなくて。クロさんに見せるときのは、決めておきますから」
「そう。分かったわ。じゃあ完成したら、私に一番に見せてね」
「約束します!」
クロはその記憶を思い出してふっと笑った。
「ごめんねシロ。あの約束、果たせそうにないわね。でもきっと覚えているから、あなたの小説が完成したら、新しい私に一番に見せてね」
閉じた瞳から光が零れる。
「ありがとう。シロ。ごめんね」
クロは炎に包まれて消えた。
それは彼女がプロリダウシアに訪れるきっかけとなった出来事。あまりに幼少の頃で記憶の彼方に消えていた出来事。
ヴィトラ・イコゥの母、マーテル・イコゥは男に騙され全てを失い、行き場を無くした末にとある宗教の教会に辿り着いた。マーテルは教祖の前で跪いた。そして教えを乞うた。救済を望んだ。
「オシリス様…私たちは一体どうすれば…?」
母に抱かれた幼きヴィトラは玉座に座る女性の目を見つめていた。女性もヴィトラの目だけを見つめていた。
「生きろ」
「カハッ」
ヴィトラは息を吹き返した。
「ヴィトラ…ヴィトラ…?」
「イグ…ニス?」
「ヴィトラ…ヴィトラ…!」
ヴィトラは
イグニスはヴィトラを抱きしめた。
「ああ…ヴィトラ…ヴィトラ…よかった…よかったよお…」
彼はヴィトラの肩に顔をうずめてわんわん泣いていた。イグニスは全身でヴィトラの温かさを感じていた。
「もう…苦しいって…。イグニスのばか」
ヴィトラはそのまま眠りについた。イグニスの頭に頬を乗せ、寝息をたてながら眠った。
「よかった。本当によかったなぁ!」
パウクも2人を優しく抱きしめた。そしてミヅイゥがパウクの背に触れた。
「パウク…みんな…ごめん」
イグニス、ヴィトラ、パウク、ミヅイゥの4人はその場から姿を消した。
そしてクロもシロの腕の中で目を覚ました。
「んん…シロ…?」
「…!クロさん!もしかして記憶が残って…!」
「ここ…どこ…?」
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