第39話 黙示録:シン

〔これまでのあらすじ〕

オシリスの羊シロ、魔王の娘クロ、誘拐された妻を探すアラクネ族の末裔パウク、死を偽装して自由になった元騎士イグニス、彼を慕う元騎士ヴィトラ、そして2人目のオシリスの羊ミヅイゥ。6人の世界を救う旅は続く。

騎士団の科学者シャンティーサと彼の頭に棲みつく獣によりレニカの街にて黙示録が始まってしまった。そして獣が開いた時空の亀裂から四神と呼ばれる怪物が召喚され、獣と共に融合してしまったのであった。


四混聖獣ゴグ=マゴグが顕現した瞬間、時空の亀裂から放たれた閃光により貫かれた塔がウプ・レンピットもろとも粉々に砕け散った。

四混聖獣ゴグ=マゴグ、それは4本の腕に大蛇の足を持ち巨大な両翼で宙を舞いっていた。

「グオオオオオオオオオン」

虎の顔が吠える。それを合図に上空に出現した九つの時空の亀裂から高出力の光の束が真下に放たれる。

地面は焼け焦げ深い谷ができた。

「おいおいおいおい、どうするんだよアレ。塔が壊れちまったぞ。どうやって黙示録を止めるんだよ」

「とにかくあの怪物を倒さないと始まらない。パウク!」

蜘蛛綾取ファデラーノ:糸弾」

パウクが糸の弾をゴグ=マゴグ目掛けて連射する。しかしゴグ=マゴグに届く前に糸はほつれてしまう。

「ダメだ。この距離では届かない」

「なら私が」

ヴィトラは背中の弓を抜くと矢の先をゴグ=マゴグに向けて放つ。しかし矢はゴグ=マゴグを貫通したように見えた。

「嘘…どういうこと?」

「壊れしモノを再び我が手に。再生利用リサイクル指鉄砲弾タルウス

続けてシロが指先をゴグ=マゴグに向ける。シロの虹彩の縁が赤く染まる。

バンッッ!」

カメレオンを骨まで消滅させた黄色い光線はやはりゴグ=マゴグを抜け、黙示録フィールドである紫紺のカーテンにぶつかって溶けた。

「攻撃が効かない!?」

「そんな…!」

「ゔぅ…っ」

唖然としてゴグ=マゴグを見上げる背後でミヅイゥが頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「シロ…われそう…」

「ミヅイゥ!大丈夫…?」

「がああああッッ」

あまりの痛みにミヅイゥは自らの毛を強く引っ張る。

「ミヅイゥやめて。落ち着いて。体内の邪なるものよ、滅殺せん。完全治癒セラティオ。ミヅイゥ、どう?」

「んんん、んんん!」

ミヅイゥは顔を左右に振る。

「完全治癒でも効かないなんて。一体どうして?あの怪物に何かされた?」

「わから…ない……急に」

――私もキュビネに会った時に頭痛が…でもあれは多分、光に…。

ミヅイゥの頭痛の原因は分からないままであった。

「パウク、私を糸で飛ばして」

クロが言った。

「承知した」

パウクは糸を伸ばすとクロの腰に巻きつける。

「拙者と共に走ってタイミングを合わせて地面を蹴ってくれ!」

「わかった」

「行くぞ」パウクとクロが駆け出す。

「3、2、1ッ!」

パウクは前足に力を込めて瞬時に持ち手の糸を硬くさせてクロを投げる。クロの方もパウクと同時に地面を蹴り、投げ飛ばされると糸が緩んでゴグ=マゴグ目掛けて一直線に進む。

「てりゃああああああ!」

変身の魔法が解け、魔族としての本来の力を取り戻したクロの漆黒の拳はやはりゴグ=マゴグを貫通し、クロの体はそのまますり抜けて落下した。

「いてて…」

見上げたクロは頭上の亀裂を見つける。

「やばっ!」

クロは慌てて身を捻って光線を避ける。光線はクロを追うように何度も照射される。しかし九発目が放たれた瞬間、クロへの追撃は止んだ。

「あれ?」

クロは振り返ると背後に渓谷ができていた。

「クロ!こっちよ!」

クロを呼ぶヴィトラの声した。

ゴグ=マゴグの光線によりできたクレーターの比較的浅い溝に5人が逃げ隠れていた。クロも場所を悟られないようにダッシュで滑り込む。

「はぁ、はぁ、はぁ。あの怪物の特徴が二つ分かった」

息を整えながらクロが言う。

「あの光線は同時に九つしか出せない。そしてあの怪物は実際には存在しないのかもしれない」

「む?どういうことだ?」

「黙示録の獣と一緒よ。この時空の存在じゃないから攻撃が通じない」

「なるほど。じゃあ攻撃は不可能じゃねーか」

「あの怪物から黙示録の獣を引き抜けばどうにかできるかも…」

「どうにか?」

「怪物は獣の魔法により召喚された存在だから、獣を倒せば消滅するかもしれないです」

「確かに筋は通っているわね。でもシロ、どうやって獣を倒すの?」

「それはさっきも言った、完全忘却レテントで記憶ごと消す方法が」

「でもそれはシャンティーサの頭の中にいた時に考えついた手じゃないか」

「じゃああの怪物に完全忘却を撃てば!」

「シロ殿落ち着け。本当にあの怪物がクロ殿の言う通りこの世界に実在しないのであれば、完全忘却すら効果があるか分からない」

「そうね。確かにまだ物理攻撃しか試していないけれど、完全忘却が今可能性のある唯一の手段である以上無闇に使うわけにもいかないわ」

その場が沈黙する。ゴグ=マゴグの光線が大地を砕く音が響き振動が伝わる。そして現在進行形で黙示録フィールド、紫紺のカーテンは拡大を続けていたのであった。

沈黙を破ったのはイグニスだった。

「じゃあ獣を俺の頭に移すってのはどうだ。それで俺に完全忘却を撃つ」

ヴィトラが反論する。

「あなたじゃ無理よ。セントプリオースの時から判明していたことだけど、獣は人を選ぶ。そして獣は一度イグニスに定着した後、奴の意思でシャンティーサに移った。そして今やそのシャンティーサからあの怪物に移った。あの怪物から獣を誰かに移すにはあの怪物よりも強い力が必要だと思う」

「クソ、じゃあどうするんだ…」

イグニスは何か手がかりはないかと獣との会話を思い出していた。

『イグニス・ヴォクユ。ソレガ貴様ノ肉体ノ名カ』

『貴様ガ憎悪ニヨリ力ヲ望ンダ時、貴様ハ真ニ力ソノモノヘト還元サレタ。ソシテソノ抜ケ殻ヲ、我ガ頂イタ』

獄炎葬剣ヘル・フレイム

『肉体ヲ得テモ、我ノ目的ハ変ワラナイ。サラナル力ヲ手ニスルコトダ』

――目的?獣の目的…?

『…ソウカ、貴様モク・ロ・ニ会ッタ事ガアルノカ』

「あっ…」

ヴィトラ、パウク、シロ、そしてクロの視線がイグニスに集まる。

「獣に乗っ取られていた時、アイツと色々話したんだ。それでアイツ、妙にクロに固執していた」

「え…私?」

「獣はクロの力を望んでいるのかも」

――あっ…。

シロはクロの頭の中に入った時のことを思い出した。

――もしかして、本当に?

『うん。可能性はあるね』

シロの脳内にキュビネの声が響いた。

――キュビネ…。

『あの時獣と対峙してみたけどクロへの執着は凄かった。でも…』

――そうだよキュビネ。でも…。

「でも…クロの記憶が消えちまうんだろ?」

イグニスは声のトーンを落として呟やくように言った。

「私の記憶が…」

クロはようやく話が繋がったかのように繰り返した。

「俺も最近ではクロのことをすげー奴だと思っていたんだよ。世界を救うために命をかけて魔界を飛び出してどこにいるかも分からないオシリスの羊を探して…なのに記憶を無くして終わりなんて、そんなのあんまりじゃねーか?」

「イグニス…」

「ううん。私を使って。ありがとうイグニス、心配してくれて。でも私は大丈夫。世界を救う為なら、私の記憶くらい安いものよ」

「クロさん…」

「それに私の記憶が消えたって、シロが引き継いでくれるでしょ?」

「はい。もちろん」

シロはしっかりと頷いた。

「うん。ありがとうシロ。嬉しい。…さてと」

クロはゴグ=マゴグを睨みつけた。

「どうやって獣を私の頭に移しましょうか?」


紫紺のカーテンは時間を追うごとにレニカの街へと迫っていた。

「いかなる攻撃も功を成さないと?」

騎士団団長セレスト・ナヴアスは迫る紫紺のカーテンを見つめていた。

「左様で。近距離遠距離全ての攻撃とスキルが通用しません」

「なるほど」

セレストは小石を拾いあげて紫紺のカーテンに投げつけた。小石はカーテンを通過した。

「禍々しい見た目をしているだけで、あのカーテンの向こうでは単に日常が広がっているだけの可能性は?」

「腰に紐を巻き付けた騎士をカーテンの中へ送り込みましたが、紐を引くと先が切れていました」

「その騎士が自ら紐を切った可能性は?」

「ありえません」

「何故?」

「あの現場でもっとも死を恐れていた男でしたから」

「なるほど」

――シャンティーサ、貴様は何をしているのだ?

セレストは記憶を遡る。

『何度も言っているだろう。私は世界を救いたいんだ。計画が成功すればどうなるかだと?もちろん…』

そしてシャンティーサは一息置いてから言ったのだった。

『平和が訪れる』と。

――本当にこれで平和が訪れると?

「いや、もう十分だろう。ここらで潮時だ」

「何と?」

「レニカの街からの避難は?」

「八割方完了しております」

「ここで私のスキルを使う。デフテロ、後は任せた」

「団長、それはあまりにも無茶です。今あなたを失うわけにはいかない」

「デフテロ、お前は十分に実力がある。私がいなくとも大丈夫だ」

「人類にとっての損失です!それに…」

セレストは騎士団副団長デフテロの言葉を遮った。

「いや違うぞ。このままでは人類は滅びる。魔族ではなく、一人の人間によってな」

「…了解」

デフテロは騎士陣営に撤退を伝えに駆けていった。セレストも一人レニカの街へと戻る。


「クロ殿を投げる技が果たして二度通用するか…」

「あの光線も厄介ね。全て吐かせてからでないと近づけない」

「じゃあ俺が光線を引きつける」

「一人で?」

「じゃあ私も」ヴィトラが言った。

「マギアスのスキルでクロさんを獣に近づけます」

「うむ。だったら拙者も囮にまわろう」

「わたしは…?」

ミヅイゥが奥歯を噛みしめながら言葉を紡ぐ。

「その気持ちだけで十分だ。ここでおとなしくしていろ」

「うん…ごめん」

5人は顔を見合わせた。

「こりゃあ、ミヅイゥの為にも速攻で終わらせなきゃな」

「うむ」

「ええ」

「そうね」

「はい」

「よし、じゃあ行くぞ!」

光線によりできた窪みからイグニス、ヴィトラ、パウクが三方向に飛び出す。

「獣のクソ野郎!殺せるもんなら殺してみろってんだ」

イグニス目掛けて続けざまにニ発の光線が放たれる。

「こっちよ。これでも喰らいなさい」

矢を放つヴィトラの上空に二発の光線が照射される。

「クロさん、本当にいいんですか?」

真っ黒な体で唯一の純白である髪を見つめながらシロが呟く。

「今更じゃないの」

「でも、クロさんの記憶が消えてしまうなんて…」

「私の役目はシロが引き継いでくれるんでしょ?」

「そうですけど!でも私…」

クロはシロに向き直ると抱きしめた。

「大丈夫。私はシロを信じているから」

「蜘蛛綾取:糸触手」

放たれた蜘蛛の糸を抹消させようとさらにニ発の光線が放たれる。

「あと三発。行くわよ、シロ!」

「はい!」

2人が立ち上がった瞬間だった。

「魔術解析」

『……ミタナ』

「あっ…いやあああああああああああああ」

ヴィトラの眼鏡のレンズが砕け、眼球に突き刺さる。だがヴィトラを苦しめるのは些細な目の痛みではない。ゴグ=マゴグを、この世のものではないモノを見・て・しまったことによる代償。ヒトには処理しきれない情報の伝達。ヒトとしての崩壊が始まる。

「ヴィトラ!」

崩れ落ちたヴィトラの上空に時空の亀裂が開く。イグニスが駆け寄るとヴィトラを抱えて光線を避けた。しかしそれにより本来イグニスに向けられるべき光線が一つ残されてしまった。二発分の光線はそれぞれ、パウクと、三人の動きから導き出された集合点、シロとクロとミヅイゥのいるクレーターの上空で放たれた。

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