第29話「願い」
アンジェリカが突如として頭を抱えながら、まるで助けを求めるかのように叫びながら最後の呪文を詠唱する。まるで詠唱を拒む何かが邪魔をしているかのように。
しかし、黒い魔法陣が広間に広がり、空間さえねじ曲がっていく。深淵竜達でさえも、もがき苦しみ、地面に頭を叩きつけているのだ。
「これで救うっ!全部、全部……がっ、がぁあああ!!」
その叫びを聞いて、それでも三人は立ち上がった
ルーカスが、血塗れの顔を上げて叫ぶ。
「アンジェリカ!!……もう、戻れないってわかってる……でも、それでも!」
ガイマンは折れた剣を握り締め、盾も何もない体で立ち上がる。
「それでもっ…それでも我は!」
ファスカの身体はもはや立てず、這うようにしながら呪文を紡いでいた。
「この命……燃え尽きてもいい……せめて……せめて、届いて……!」
ルーカスとガイマンが、同時に駆ける。ファスカは最後の魔力を振り絞って。
足取りはよろめき、顔は苦痛に歪み、血が滲んでいても
最後の願いだけは一緒だった。
「やめて……来ないで…ください…! わたしは、あなたたちを救うの……!」
アンジェリカが叫び、最後の奔流が放たれる。
だがその一瞬、三人の攻撃が交差し、奔流の中心へ突き刺さった。
そして、爆発が起きた。
全てが静かだった。
玉座の間は崩れ、空は割れ、広間には巨大なクレーターができていた。
そして外にまで吹き飛ばされたアンジェリカ達は崖のそばにいた。
服は破れ、血まみれで、身体は肉がところどころ削れ、欠けている。
それでも彼女は、崖の端にしがみついて、必死に生きようとしていた。
ルーカスが地を這いながら、その名を呼ぶ。
「……アンジェリカ……!!」
ファスカは腕を伸ばし、泣きながら叫んだ。
「落ちないで!……お願い、お願い……!」
ガイマンは片腕で地面を引っ掻き、爪を割りながら前へ進む。
「……あと少し……あと少しで……!」
三人の手が、崖の淵に迫る。
指先が、あと数十センチで届く。
アンジェリカが、震える手を伸ばす。
「み…んな……?」
声が、かすれていた。
しかしその一言は、その眼は“彼女”だった。
掴んでいた氷が砕け、手が滑り、アンジェリカの身体が傾く。
「——あ」
そのまま、彼女は…落ちていった。
三人の手は、最後まで届かなかった。
「いやああああああああああああッ!!!!」
ファスカの叫びが響く。
ルーカスは声も出せず、ガイマンは拳で地面を何度も叩いた。
空虚だけが、そこに残った。
崖の下を覗いても、彼女の姿は見えない。
どれほど叫んでも、返事は返ってこなかった。
ただ、あの瞬間——
アンジェリカが最後に見せた“素の顔”だけが、三人の脳裏に焼き付いていた。
あと一歩、届けば救えた。
その一歩が届かなかった世界は、ただ、沈黙だけを残した。
救いはなかった。
しかし…確かに、救おうとした想いだけは、そこにあった。
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