第28話「再会」
ルーカス達はアンジェリカの…魔王の城へ向かう草原で立ち往生していた。
「どうする…。王都へ救助に行くか…」
「突き進んでアンジェリカを止めるか」
「王都は…きっともう無理よ。あの様子じゃすでに…。それにこの状況で引き下がれると思う?」
悩む三人が魔王城の方へ顔を向けると、数えるのをやめる程の魔物の軍勢が道を一直線に開けて首を垂れているのだった。
「絶対に逃さないって…感じだな」
そしてついには上空から竜が降りてきたのだった。闇の竜、ヴァルレイア。
『我が主、魔王様がお呼びだ。進め』
「進む前に確認したい!アンジェリカは…間違いなく城にいるのはアンジェリカなんだな?」
ヴァルレイアはしばらくルーカスを見つめ、意を決したように小さく頷いた。恐ろしい竜だというのに、ルーカス達に向けるその眼はあまりにも哀しみに満ちているようだった。
その眼に三人の心は察した。もうかつての仲間だったアンジェリカと呼べる存在ではないのだと。だとしても諦めがつかない三人は歩き出した。
歩む魔物達の中には、かつて人だった者達や、見知った者達もいる。
もう、止まらない。だか、止まるわけにはいかない。
城へ入り、一匹の狼に案内されていく。広間へ出るとそこはあまりにも似つかわしくない美しさだった。
そして三人が最後に目にしたのは、王座に佇む黒いドレスを纏った少女の背中だった。
「……アンジェリカ?」
ルーカスが名を呼ぶと、少女はゆっくりと振り返る。
髪は黒々と染まり、透き通っていた優しい瞳は、今や黒く淀んでいた。
「やっと…やっときた」
だが、その瞳は焦点を結ばず、まるで空の何かを見ていた。
「どうしてっ…どうしてだ。アンジェリカ!なぜ裏切った!?なぜ闇の救導書なんかに手を出した!?」
「裏切った…?そんなことないです。見てください、この綺麗で力強い闇の力を。出てきてください…深淵竜達。」
祭壇の頂上にある玉座に座し、周囲には闇の竜が三柱現れた。
「これは、みんなの苦しみを回復してあげるんですよ?永遠に」
「アンジェリカ!やめてくれ!」
「頼む!また我らと共に冒険をしよう!」
「目を覚まして!私、貴女のこと妹みたいにっ…」
「みんな、助けてあげるからね」
アンジェリカの目にはすでに光は無く、声は届かなかった。
その言葉には、怒りでも悲しみでもない。空虚だけがあった。
ファスカがそっと呟く。
「アンジェリカの精神、もう壊れてる……」
禁呪の代償として、アンジェリカは膨大な魔力と引き換えに、自己という意識が削られていた。
「魔王」という器の中で、記憶は歪み、感情は捻じれ、過去と現実が混濁していた。
ルーカスが懸命に叫ぶ。
「アンジェリカ!俺たちとずっと…!」
「うるさいうるさいうるさい!」
彼女が頭を抱えて叫ぶと同時に、禍々しい魔力が溢れ出す。竜が叫びを上げ、見境なく暴れ始めた。アンジェリカは未だ闇を完全に扱えるわけではないとすぐに理解した三人は、すぐに飛びかかった。
三人の手が同時に彼女の腕を掴んだ——その瞬間。
「やめて……やめて……やめてよ、わたしに触らないでください!!あなたたちがわたしを捨てたくせにッッッ!!」
その叫びとともに、凄まじい闇の奔流が解き放たれる。
まるで感情の爆発そのものだった。
雷鳴のような音が空間を引き裂き、ルーカス、ガイマン、ファスカの三人は、まるで拒絶そのもののような力に弾き飛ばされた。
ガイマンは柱に叩きつけられ、盾ごと吹き飛ぶ。
ファスカは空中を舞い、地に落ちた拍子に血を吐いた。
ルーカスは地面に転がり、何度も身体を打ちつけながら、それでも手を伸ばす。
「……っ! アンジェリカ……っ! 俺たちは……まだ……!!」
その声に、アンジェリカは微かに目を細めた。
だが、それは優しさではなかった。
ただの無であった。
「あっ…そうだ。そうですよ。まずは…ルーカスさん達から救いを与えなければですね。」
その言葉はまるで宣告だった。そして再び、魔力が渦巻き始める。
それは完全に三人を殺すことができるであろう闇の奔流。その選択をすることがアンジェリカにできるという最悪の現実に、身体の痛みよりも余程苦しく心に突き刺さっていた。
三人に、最後の選択が迫られた。
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