第27話「最後の竜」

 闇に包まれた荒野に、ルーカス達より先に辿り着いていた者達がいた。


 それは、偶然近くの村で生成されたダンジョン攻略を依頼されていた"聖職者の牙"だった。サイモンとマイがアンジェリカの城を眺めて苦い顔をしており、メルスは頭をかかえている。


 距離的には自分達が立ち向かえるが、生成されたダンジョンの魔物のレベルが高く、やっとのことでクリアしたのが昨日である。それが城の中にわんさかといるのであれば、実力が伴っていないことも事実。応援を待つか、気づかれていない今こそ奇襲をかけるべきか。


 回復役のメルスは悔しそうに、つぶやいた。


「やはり、なんとかしておくべきだった…。私の甘い判断が、彼女を魔王にする猶予を与えてしまった。多くの人々を死なせてしまった。」


「メルス、自分を責めるのはやめなさい。たらればなんて意味のないこと。あの時こうなるなんて分からなかったのですから。さて、問題はここからどうするかです」


「たしか聖王都に、あのヒーラーちゃんの仲間は捕まっているって聞いたけど…。きっとなんとかするために行動してくるはずよ。私達はそれを待っているべきじゃないかしら?ルート的には私達が生成ダンジョンを浄化した、比較的安全なここを通る可能性が高いし。」


「マイ。それも選択肢の一つだが、待っていられないかもしれないですね。」


 サイモンが指差した方向。城から少し離れた場所に数えるのをやめるほどの魔物が召喚されている。それは次々と荒野へと這い出してきているのだ。


「あいつらが動き出したら、もう私達ではどうにもできない。聖王都の軍勢との全面対決になるでしょう。」


「確かにそうね。待つことも攻めることも得策ではないし、逃げましょう。今できることはもうないわ。」


 三人が城に背を向けたその時、隠れていた荒野の目の前から闇が溢れた。その闇から、人影が現れたのだ。


「うふふ…お久しぶりです。聖職者の牙の皆さん」


 それは魔王アンジェリカ本人だった。強大な闇の魔力と圧倒的な威圧感・存在感。三人は迷わず脱出魔法の道具を使用した。


「あっ、ダメですよ。死ぬ前にお茶くらい飲んでいっても、女神様はお許しくださいますよ」


 三人の魔法効果が突然かき消された。そのまま溢れる闇に連れ去られ、気づけばどこか知らない建物の中に場所にいた。広間のような場所におり、いつの間にか丸テーブルを囲んで座らされていた。


「こ、ここは…」


「絶対に城の中よね…これ」


「周りを見てください…魔物が取り囲んでいます…。それに闇の竜までっ」


 三人はもはや確実な死を理解した。逃げる手段も、戦って勝つ実力もない。ただただ今の状況に流されるしかない。そこへ四つのカップを持ったアンジェリカがにこやかに現れた。


「ほらほらみんな、初めてのお客様を怖がらせてはいけませんよ。さ、いつぞやのお礼にお茶をご用意しましたよ。」


 配られるお茶に誰も手を付ける勇気はない。眼前の間違いない死は、冒険者である彼らにとって覚悟はしていても実際恐ろしいものだった。そんな恐怖の中、サイモンが冷静を装いながらもアンジェリカに質問をした。


「アンジェリカさん。君はなぜこんなことをするんだ…いや、質問が違うな。何が望みなんだい?」


「望み……うふふっ。変なことを聞きますね。救いを与えるのが聖職者、回復役ヒーラーでしょう?あなたたちと一緒ですよ」


「何が一緒よ。世界中に危険なダンジョンや魔物が溢れてきているわ。こんなことをして誰が救われるっていうのよ」


「君の行為はただの殺戮だ」


 アンジェリカはお茶を一口飲むと、ほほ笑んだ。


「受け取り方の違いですよ。聖職者である私がみんなに平等に死を与えることで、救われるのです。他の誰にもできない、特別なことなんです。」


「君は…狂った魔王だ。」


 サイモンは二人に目配せをした。それは、最後の手段を使うということ。死に方は、まだ自分達に選べる。


 三人は同時にテーブルを蹴り上げた。アンジェリカは座ったまま自分のカップで、一口だけ茶を運んだ。


「もったいない」


「私達は冒険者だ。このまま無様に殺されるくらいなら、戦って死ぬさ」


 サイモンが剣を抜き、アンジェリカに斬りかかった。それをヴァルレイアが尻尾で悠々と受け止める。その三人の最後の姿を見て、アンジェリカは眼を輝かせた。


「そう!そうでなくちゃ冒険者じゃないですもんね!?そうなんですよ、これが冒険なんです!素晴らしい!」


 アンジェリカは黒いドレスを翻して闇の剣を召喚した。


「さぁ!存分にぶつかり合いましょう!ルーカスさん達が来る前にの練習です!」


 斬りかかったサイモンはヴァルレイアに弾き飛ばされる。その背中の影から、マイが放った火炎魔法が飛んでくる。サイモンが弾かれるであろうことを見越した連携技だ。


(もらった!)


 しかし火炎魔法は直撃したにも関わらず、かき消されてしまったのだ。その姿を見て即座にメルスが浄化魔法をアンジェリカに飛ばす。


「すごい!すごい連携ですね!」


 アンジェリカは、その細い身体に似つかわしくない黒い籠手を纏った右腕で浄化魔法を掴んだ。


「いたたたたっ。」


 浄化魔法を防いでいる隙を狙って、サイモンとマイが同時にアンジェリカに斬りかかる。


 しかし、アンジェリカが闇の剣が二人の首を斬り払っていた。切り落とすつもりが、近接戦闘の経験が浅いため半分も切れていない。しかし致命傷であることに違いはなかった。


「うふふ、惜しかったですね…。っ!?」


 倒れていく二人を見ていたアンジェリカはすぐに気づいた。これは二人が命をかけたフェイントだと。すでにアンジェリカの真後ろに、メルスが浄化魔法を纏ったナイフを突き立てていた。


 ナイフはアンジェリカの背中に突き刺さり、心臓を間違いなく捉えていた。咄嗟に反応したアンジェリカの左腕がメルスの鳩尾を同時に貫いた。


「がっ…はっ…」


「二人の命を…かけた一撃です…。少しは効いたでしょう…」


 そのままメルスも、先に倒れた二人の目の前に倒れ込んだ。


 アンジェリカはそのまま膝から崩れ落ち、少しずつ身体が崩壊していく。


 サイモン達は自分達の命もまもなく尽きることを感じ取っていた。


「いい…冒険になりましたね…」


「私みたいな…未熟でも…魔王と相打ちなんて。」


「神に…よい土産話ができました。」


 三人の意識が消えて行く中、取り囲んでいた魔物達が拍手や遠吠えを始めた。霞んでいく目の先に、玉座に座るアンジェリカが涙を流しながら拍手をしているのである。


「あぁ、素晴らしい。冒険者とはこうあるべきなのです!大きな成果を得る者、得ずとも満足に死ぬ者、美しい姿でしょう皆さん?」


 ゆっくりと玉座から降り、アンジェリカは剣を構えた。


「ば……ばかな…」


「あ…あぁ…そんな」


「化け物め…」


「苦しんではいけませんっ。さぁっ、救いを受け取ってください」


 剣が振り下ろされ、三人の首が重い音を立てて落ちた。身体から吹き出した血が、床を染め上げる。


「さぁ…おいで。最後の竜」


 魔導書が鈍く光り、床の血が魔法陣を描いた。その魔法陣から赤黒い竜が二頭現れたのだった。


「最後の竜、ヴァルヴァトス…」


 その頃、ルーカスとガイマン、ファスカは息を潜めながら平原を駆け抜けていた。


「急げっ!アルバートがいつまで時間を稼げるか…な、なんだ!?」


 かすかに見えてきた城が異様な光を放っているのである。


 竜はアンジェリカの前から飛び上がると、天井を飛び抜け城の上に降り立った。大きく息を吸い込み、赤黒い身体が光る。


「わぁ…綺麗。何をするんでしょう」


 ヴァルヴァトスが口から闇の熱線を吐き出し、王都前で争っていた軍勢と魔物をまとめて焼き尽くしたのであった。その威力は平原も突き抜け、王都の半分以上を巻き込んだ。


「バッ、バカな…なんだ今のは!?アンジェリカがやったのか!?アルバートおおおおお!!!」


 後方は闇と熱で燃え盛り、自分達が失敗した時の頼みの綱と思っていたアルバートや王都の軍勢が消滅したのであった。ガイマンとファスカも、呆然と見つめるしかなかった。


「なんと…なんと恐ろしいことを…」


「アンジェリカ…」


 もはや三人には、後方支援の可能性もなくなったのだった。

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