第44話 国王

 翌日。

 朝一番に、お抱えの商人が部屋に来た。なんでも、渡したものの売れ行きが、思いの外よかったらしい。ヒヒイロカネはもちろん、木材や果物も、とても好評だったそうだ。だから追加で仕入れたい、金は言い値で払うと言っていた。オレは商人の見立てを聞き、その半値で引き渡すと言った。商人はやはり、怒りながら商人が提示した金額を払った。オレが追加分を準備するから、一度森へ戻りたいと、ナナイに言うと、快く了承してくれた。オレはすぐに準備して、商人に渡した。商人はそれを受けとると、すぐに国に戻っていった。


「──次くらいかな」


 オレは独りそういうと、仕上げのための下準備を始めた。



§



 夕方。

 訓練も終わりに近づいた頃、お抱え商人が慌ててオレに近づいてきた。遠くからでも、急いでいることが分かったし、なんなら前のめりすぎて2回も転んでしまっている。

 そんなに急ぎって、何事だよ。


「ヒデ様~っ!」

「そんなに急いでどうした?」

「こくおうがおみえに」


 コクオウガオミエニ?

 なに言ってるの?


「落ち着いて。大丈夫だから。はい。それじゃあ、もう一回」

「国王が、お見えになられました! ヒデさまと直接お会いしたいと!」

「ほ~ん。トップ会談ってことね。了解」


 ──そうか。

 オレは商人の言葉を聞いて、複雑な気持ちになった。

 来てくれたのは嬉しい。国王といえば、国トップだ。それがわざわざ自分の方から来ると言うのは、礼を感じる。悪くない。

 でも、それ以上に、オレには気になることが2つあった。


 ひとつ。

 急に来るな、事前連絡アポイントメントを入れろ。

 ふたつ。

 夕飯時に来るな、朝から昼の間に来い!

 社会人の常識だろ。



§



 オレは、国王のことを少し勘違いしていたかもしれない。

 偉ぶっていて、理不尽で、どうしようもないヤツかと、勝手に思っていた。でも、そうではなかったようだ。

 国王といえば、国の要人だ。大層ご立派な馬車にのって来るかと思っていたが、そうではなかった。国王は馬に乗り、お着きの者も置いていき、単騎で町に来た。

 国王は若かった。でも、ただの若いだけではなかった。一目見ただけでわかるほど、カリスマがある。

 そんな国王だからこそ、オレは開口一番に言ってやった。


「別に来るのは拒まない。でも、事前連絡と、来る時間は気を使えよ」


 オレの言葉に、みんなぎょっとして、こちらを見る。

 それから、あわあわし始めた。

 そんななか、国王はオレを見て、目を細めた。


「お前がヒデか。漆黒のゴブリンなんて初めて見た。それに、一言目が説教とは、命知らずなんだな。ずいぶんと面白いやつだ」


 そういって、オレの前まで歩いてくると、腰につけた剣を抜いて最短距離で突きを放ってきた。鋭い攻撃だった。でも、オレには届かない。体をねじって、最小の動きでかわす。


「おいおい。それが王族の挨拶か? 戦闘民族なんですか?」

「悪いな。弱いヤツに興味がなくて、試させてもらった」

「試し方がダサいんだよ。男なら拳で分からせろよ」


 オレはそういって、右手を差し出した。

 王はそれを見て、「ほぅ」と言って、オレの手を握った。

 お互いに、固く握りあったことを確認した。それから。

 両者合意の上、第2ラウンド開始された。

 思いっきり、相手の手を握りつぶす!


 国王は頑張ったが、とはいってもまだ若かった。剣の訓練はしているのかもしれないが、相手の手を握りつぶす練習はしたことはないだろう。善戦したが、最後にはオレが勝った。

 ただ、そんな状況で国王は、品格を見せつけた。痛みを感じてもの声をあげず、冷静を装った。額に脂汗が浮かんでも、わめかず、さわがず、こちらを見据え、手を握り返し続けた。


 ──OK。

 根は悪いヤツじゃねぇな。


 そう思ったオレは、両手で王の手を包み、力を抜いた。


「あんた。名前は?」

「キーリュだ」

「よろしく、キーリュ」

「お前、なかなか面白いヤツだな」


 そういってキーリュはオレの肩を叩いた。


「お前もな」


 そういってオレはキーリュの肩を叩いた。

 それから、お互いに、小さく笑った。


「じゃあ、せっかく来てくれたんだ。うまい飯を食わせてやるよ。飯のついでに片付けちまうぜ。あんたの国と、オレの森との、無意味な争いのおとしどころを、さ」


 その言葉に、みんな驚いたようだった。

 でも、キーリュだけは、そうではなかった。


「ああ、それが良いな」

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