第43話 ナナイの過去

 ナナイの剣が、オレの肩口に振り下ろされる。

 すでに避けることはできなかった。

 でもそれでよかった。

 オレは、最初から避ける気なんてなかった。


 肩口に木剣が叩きつけられる。それと同時に、右手をナナイの首に伸ばした。細く、しかし固い首の感触。それを思いきり握り締め上げる。

 ちゃんとご飯を食べているゴブリンの握力は、並大抵じゃない。固い首筋に、指がめり込むんでいく。そうして、血流を止める。完全にきまったのが、指先の感覚で分かった。

 右肩で、勢いよく叩きつけられた木剣が折れた。本物の剣だったら致命傷だっただろう。でも、木剣だったら痛いだけだ。それが現実だ。

 ナナイの首を持ったまま、180度回転しながら、地面に叩きつける。受け身はとれない。その衝撃をきっかけに、ナナイは完全に意識を失った。


 意識を失ったナナイに背を向けて、オレはその場を後にした。

 後ろで、部下たちがナナイに駆け寄っているのが分かった。

 誰かが、オレのことを卑怯だと言った。

 その通りだと思った。

 


§



 夜。オレは自分の部屋で、ベッドに寝転がりながら、今後のことを考えていた。

 そこに、扉がコンコンとなった。続いて、声。


「──ナナイだ。入っても良いか?」

「ああ、開いているよ」

「失礼する」


 そういって、ナナイは扉を開けて入ってきた。


「少し話がしたいんだ。いいか?」

「ああ、そこの椅子に座ってくれ」

「──キミの隣でも、いいか」

「いーよー」


 ナナイはオレの隣に座った。

 ナナイの様子はいつも違っていた。

 緊張しているようだ。


「話って、なんだ?」

「昼間のことだ」

「ああ、あれな。なんか悪かったな」

「悪かったなんて。キミが勝ったんだ。悪かったのは私の方だ」

「ナナイは、勝ちにこだわりすぎだ」

「──勝たないと、そこで人生終わりだったからな。勝つことでしか、生きられなかった」

「まぁ、詳しくはわからんけど、でもそうなんでしょうね。でもさ、そのこだわりを捨てれたら、ナナイはもっと自由で、それで強くなれると思うぜ」


 そういうと、ナナイは少しビックリしたような顔をして、それから笑った。


「──そうか、キミは自由なんだな。──その自由を、私にくれないか?」

「どういうことだ」

「私には夢があるんだ。争いのない世界を作りたいんだ」

「奇遇だな、オレもそうだ」

「そのためには、力が必要だ。多くの国をまとめる力が。キミは強い。それに、指導者の素質がある。キミが私の部隊に来てくれれば、私の部隊はもっと強くなる。その力があれば、私の夢に一歩近づく。私はキミと一緒に、争いがない世界を作りたいんだ」

「──断る」

「そういうと思った。だから取引だ。ヒデの力を私にくれ、代わりにヒデに私の体をやる」


 ナナイはそういって、オレに背を向けて、服を脱ぎ始めた。

 オレはナナイの背中を見て、息を飲んだ。


「傷物で悪いがな」


 まるで、翼をむしり取ったかのような、大きな傷があった。


「その傷、どうしたんだよ」

「人間になるために、翼を捨てた。翼だけじゃない、尻尾も、耳も、な」

「どういうことだよ」

「私は、竜人ドラゴニュートだ。物心がつく前に、同族に捨てられた。そして人間に拾われた。だから人間になろうと決めたんだ。そのために、全部捨てたんだよ。でも、意思は人間になっても、体はなかなかそうはいかない。切り落とした耳も、翼も、尾も、再生をする。再生を止める薬が、面倒な日課さ」

「それは、ナナイの意思か?」

「ああ。そうだ」

「止めるヤツは、いなかったのか」

「みんな、喜んでくれたさ」


 ああ。それが本当だとしたら。


「──最低のヤツらだな」

「私は、むしろ感謝をしている。異種族を、仲間として迎えてくれたのだから」

「──そうか」


 オレのなかで、すべてが繋がった。


「そうか。オレを懐柔しようとしたのも、命令だな」

「キミは鋭いな。正直に言うと、それもある。でも間違いなく、これは私の意思だよ」

「──ひとつ、答えてくれ。できれば、本心で」

「キミが望むなら、そうしよう」

「誰にも縛られずに、自分が自分であることに、誇りを持ちたくはないか? 」

「──わからないな。それは、すごく魅力的なことかもしれない。でも、私は、自由も、自分も知らない。知らないものには、答えようがない」

「分かった」


 その答えを聞いて、オレは決めた。


「ナナイ。ウチに来い。別に拒否してもいいし、ナナイがどう思ってもいい。でもオレは、お前を絶対にウチに引き入れるって、今そう決めた」

「ヒデは、突飛なことを言うんだな。でも、それは面白そうだ。もし生まれ変わりがあったとしたら、その時にお願いするよ。今はダメだ。私は帝国のものだから」

「いいよ。オレがなんとかするから。端からその気だった。今決めた。徹底的にやる」


 オレの言葉に、ナナイは笑った。


「ヒデは、本当に面白いヤツだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る