第42話 負けました

 名前を呼ばれたナナイに、隊員達の視線が集まる。

 みんな、オレとナナイの勝負に興味深々だった。

 そんななか。

 ナナイは立ち上がり、部下から木刀を受け取り、オレの前に立った。


「──私にも指導してくれるのか?」


 やっぱり、ナナイには今までの勝負が、勝つことが目的ではなく、指導だったことを見抜いていた。その上で、私には本気で来いと言っている。


「オレは常に全力だぜ。オレもひとつ言わせてもらう。もう準備はできてるか? ナナイが負けたときの、言い訳の準備は」

「キミこそ準備はできているか? 負けましたって言う準備だ。遠慮せずに言うと良い、それすら言えないまま、無様に地面を舐めることになるぞ」


 応援エールの交換が終わったところで、試合が始まる。


 開始と同時に踏み込む。木剣の先端が、最短距離を点で突き進む。奇襲+間合いのわからない一撃。警戒していれば対応できなくはない攻撃だ、でもそれを開始直後にやられれば、対応は遅れる。並みの相手ならば捌くことは難しいし、もしできたとしても体勢が崩れて隙ができる。では、ナナイはどうか。

 当たる。そう思わせる距離まで引き付け、そこから最小の動きで避けてきた。オレの視線が、ナナイの目と交錯する。その目には、焦りもなにもなかった。冷静に、状況を確認しながら、こちらの行動を予測していた。


──さすが将たる器だな、人間やめてる。

でも、この距離じゃ、まともに反撃できないだろっ!


 その考えは甘かった。ナナイはほとんど密着状態から反撃をしてきた。木剣よりも小回りの利く武器、すなわち拳で、あごを的確に狙ってきた。良い場所に良い角度で待ち構えられている。喰らえば脳を揺さぶられて、昏倒は免れない。


──それはエグすぎだろっ!


 頭の中で文句を言いながら、死ぬ気で拳を避けた。

 体勢が崩れたのを、体を小さく丸めてまとめる。落ちていく方に足を揃えて、そのまま、地面を擦るようにして着地した。

 奇襲は、終わってみればオレの方が散々な状況で終わった。周りから歓声が上がる。今の一連の流れで、どちらの技量が上かは、はっきりとしていた。


──しかし、なんでこんなに強いんだ?

ああ、あれか。ナナイと戦うのは3回目だからか。この様子だとあいつ、頭中で何回もシミュレーションしてたな。いつ戦っても勝てるように、準備していたんだろうな。

 それにしても、あの目、あの集中力、あの判断力、あの身体能力よ。

 全部オレより上じゃん。勝てる気が微塵みじんもしないわ。


 そう思ったオレは、ナナイに言った。


「ひとつ良いか」

「なんだ?」

「──負けました」


 その言葉に、周囲は静まり返った。その静寂のなか、ナナイの声はよく通った。


「なぜだ」

「一太刀。それで十分わかるだろう。すべてにおいて、オレよりナナイの方が上だ。それはナナイも感じただろう」

「──だから、諦めるのか?」

「諦めた訳じゃない。認めたんだよ。もう一度言う。ナナイの方が上だ」


 気まずい空気が流れ始めた。

 よくわからないが、ナナイは本気ガチで怒っているようだ。

 その目は雄弁に物語っている。

 怒りと失望だ。


「分かった。お前がそういうなら、認めよう」


 全然納得していない声で、ナナイは言った。


「だが、──勝負は別だ」


 そういって、木剣をこちらに向けた。

 どうやら、オレが地面を舐めるまで、試合を止めるつもりはないようだった。

 ナナイは地面を蹴った。


──早いっ!


 オレは避けるのが精一杯だった。

 達人級の連撃を止める方法は、オレにはない。避け続けるしかない。

 ナナイだってそれがわかっているはずだ。なのに、なぜ続ける?

 ナナイの鋭い太刀筋をかわしながら考えた。

 ナナイの技量は、オレよりも上だ。それはナナイだってわかっているはずだ。でも、それを認めない。頑なに、オレと戦いたがっている。なぜだろう。

 オレが出した結論は。──わからん!

 ということで、本人に聞いてみた。


「おいおい。白旗あげてるヤツに、刃を向けるのか?」

「私はっ! 本気をだせと言っているんだっ!」

「こっちは、いつだって本気だわっ! 本気で勝てねぇって言ってるの!」

「嘘をつけっ! 私は本気でやっている! 口だけの降参なんて要らないっ! お前も本気で来い!」

「だからもう本気だって。最初の一撃がオレの本気だって! それを余裕で凌がれたのっ! なんでわかんねーんだよっ!」

「くどいっ! お前は、ここで負けたら後がない状況でも。大切なものを失う状況でも、そういうのかっ!」

「んなわけないだろっ! そんな状況だったら、死ぬ気で戦うわっ!」

「それを! しろと! 言っている!」


 マジか。

 そういうことなのね。

 ごめん。技術向上のための訓練だと思って戦ってた。

 ナナイにとっては、オレとの死闘のつもりだったわけだ。

 なんか申し訳ないことしてたな。


「──悪い。オレ、分かってなかったわ。要は、ナナイに勝てばいいんだろ」

「そういうことだっ!」


 そういって剣を振るうナナイを見つめた。

 オレとナナイはきっと、生きてきた環境が違う。

 ナナイが生きてきた環境では、勝つことだけが唯一のゴールだったんだろう。でも、そんなのは状況次第だ。負けるが勝ち、という言葉もある。オレはどちらかというと負けの方が多かった。だからこそ、勝ちだけがすべてじゃないことを、学んだ。勝ちは気持ちの良い毒だ。その毒はどんどん生き物を蝕んでいく。勝ちに首輪をつけられた生き物は、次の勝ちを求めて、他者を強いたげる。そんなことをする必要がないときだって、そうしてしまう。

 本当に強いヤツは、勝ちこそがすべてじゃないことを知っている。ナナイは、そうだとおもっていた。

 だから、オレは。──少し悲しかった。


 オレはナナイの剣先を見た。もう、不可避のところまで来ていた。

 それを見てから、ナナイに視線を向けた。


 勝負は、次の瞬間に決まった。

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