第38話 ヒヒイロカネ

 ミラは町に帰って行った。

 捕まるために。

 自分の理想のために。そして、未来のために。

 オレは、そんなミラを助けたい。と、強く思った。

 だから、やることは決まっていた。

 これはピンチじゃない。チャンスだ。

 ミラがそれに気付かせてくれた。

 だから、オレはやれることを、やるべきことをやるだけだ。



§



 ミラを見送ってからすぐに、ダイフクを呼んだ。

 ダイフクの背にのって、森の中を走り回った。

 オレの記憶と、ダイフクの嗅覚を使って、この争いに勝つための材料を、片っ端から集めた。

 朝日が昇る頃に、材料はすべて揃っていた。


「じゃあ、始めますか」



§



「──お前は」


 ミラのすむ町の入り口。


「何をしに来たんだ?」


 オレは、村の警備に当たっている兵士達に囲まれながら、その真ん中に立っている、ナナイの言葉を聞いた。

 オレは、できるだけ平和な笑顔をつくって見せる。


「この戦争を終わらせに来たんだ」


 警備兵が武器を構える。

 そんな攻撃的な様子に、肩をすくめて見せる。


「話し合いだよ、戦いに来た訳じゃない」


 そう言って、両方の腰に差した左右2本の短剣を抜いて、地面に置いた。

 その様子に、ナナイは言った。


「なんのつもりだ?」

「武器を握っていたら、握手はできないだろ」


 一瞬、ナナイの眉根が寄った。オレの言葉が、嘘か本当か判断ついていないようだった。それからすぐに、警備兵に命令した。


「縄を持っているものは、いるか?」


 警備兵は慌てたように返事をすると、その兵士に向かっていった。


「悪いが貸してもらえないか」


 警備兵は驚いているようだった。でも、ナナイ近寄って手を出すと、本気だと言うことがわかったらしい。


「自分が、やります」

「いいよ。仮にも相手は組織のトップだ。私がやるのが礼儀だ」


 オレは縄をもって歩いてきたナナイに、手首を揃えて差し出した。

 ナナイは手早く縄で縛った。

 ナナイが結んだ縄は、めちゃめちゃしっかりしていた。

 捕縛術も手慣れているようだった。


「会議所につれていく」

「──牢、ではなく?」

「2度は言わない」


 どうやら、ナナイはこちらの意図を組んでくれたようだった。

 最初の賭けには、勝ったようだった。



§



 会議所とやらにつれていかれた。

 ナナイは、部下に席を外すように言った。部下が渋々しぶしぶしたがい、その場所にはオレとナナイだけになった。

 ナナイは、オレの前に来ると、拾ってあったオレのダガーを使って、手の縄を切った。

 それから、席に座る。


「まずは非礼を詫びる。敵対しているとはいえ、頭領に縄をかけたことを許してくれ」

「別に気にしていない。むしろ、礼を言いたい。話を聞いてくれるかは、正直賭けだったから」

「そう。その話だ。つまらないものでは、ないんだろうな?」

「良い話だと思うぜ。そっちにとってもな」


 ナナイの表情が変わった。それは、面白がっているような、楽しんでいるような。友好的な表情だった。


「──聞かせてくれよ」

「難しい話じゃない。不毛な暴力を、平和的に解決しようぜって、それだけの話だ。そもそもだ、そっちが森を侵略する理由はなんだ?」

「森にある資源だ。森は、切り開けば上質な木材と土地が手に入る」

「他には?」

「森に住む動物は、食料や毛皮になる」

「まだあるだろ?」

「食料だな。嗜好品に、珍味や果物」

「それから?」


 オレの言葉に、ナナイは一度こちらを見た。

 こちらの目を見て、テーブルに肘をついて、手を組んだ。その組んだ手で口許を隠して言った。


「何を、言わせたい?」

「隠し事はなしにしようぜ。そっちが必要としているものは、まだ他にあるだろ」


 ナナイが、小さく笑ったのがわかった。

 それから、ナナイは言った。


「──あの森には、伝説が眠っている」


 オレは頷き、その先を促した。

 ナナイは目を細めて、続ける。


 「オリハルコンより固く、ミスリルより軽い。金属の性質としてはもちろん、魔法に対しての抵抗効果もある。伝説の金属。──ヒヒイロカネ。そんな冗談みたいな金属。それが、その森で採掘できると言われている」


 オレは口の端をあげ、返してもらった2本のダガーをナナイの前に置いた。


「それだ」

「──何を、言っている?」

「それが、ヒヒイロカネだ」


 ナナイはそのダガーを手にとって刀身を指でなぞる。それから、空を切り、その鋭さを確認した。


「──冗談だろ」

「本当さ。ナナイなら分かるだろ。その質量と切れ味は、いままでに触れたことのない種類のもの、だって」

「ああ、持っただけで分かったよ。これは、特別なものだ。そんなものが実在するとわかってしまったら。大変なことになる。いまの数十倍の戦力が、森を襲うことになる。それが、わかっているのか!」

「でも、ナナイが欲しい情報だろ。それにこの情報は、ナナイが一番欲しい情報じゃないのか。森での拠点を失って、上から良い顔はされてないだろ。ライバルなんかいたら、ここぞとばかりに、面倒くさいことになっているはずだ。でも、これがあれば、これまでの失敗はチャラになる。むしろ両手をあげて歓迎されるだろ。これは交渉だ。それをナナイに渡す。だから、いままでのことを一回水に流そう。完全にフェアな立場でパートナーとして、話し合おうぜ」


 ナナイは驚きと困惑で開いた口を、横に結び直して、席に座った。


「──ひとつ、聞きたい」


 ナナイは静かに言った。


「これは、情けか?」


 オレは、答えた。


「違うね。これは、──戦いだよ」


 その言葉に、ナナイは初めて、少し笑った。


「お前の交渉ぶきに興味が出てきた。受けてやるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る