第37話 私がキミとした最初の約束

 夜の月明かり。

 久しぶりにあったミラの顔には、疲れが張り付いていた。

 オレは、できだけ、どうでもいい話をしようとした。


「夜に会うのは、初めてだな」

「うん、確かに。確かにそうだね」

「茶でも飲むか。良い葉っぱを見つけたんだ」

「へぇ、どんなお茶?」

「ミントみたいな。いや、飲むと清涼感のする感じ」

「なんだろ、面白そう。飲んでみたい」


 オレは、カバンから保存容器を取り出した。それに、魔力を込めて、温度を上昇させる。水がお湯になったところで、コップに注いだ。

 そういえばこれは、全部ミラが持ってきてくれたものだ。保存容器もコップもそうだ。ここいは無いが、普段から使っている農具や料理器具だって、全部ミラが持ってきてくれたものだった。

 オレはミラからたくさんもらっている。そのことを、ちょっと感慨深く思い出した。お湯に、葉を千切って入れる。そうすることで、香りのよさが、素早くひろがる。

 それをミラに渡した。


「葉っぱは美味しくないから、飲まないようにね」

「わかった」


 ミラはコップに口をつけ、驚いた。


「これは、新しいね。初めて飲んだよ」

「感想は、どう?」

「美味しい。私、この味が好き」

「それは良かった」


 オレは、果物をナイフを取り出した。ナイフで剥いた皮を皿にしてオレとミラの間に置いた。ミラはそれを一口食べて、美味しい、と言った。それは、なんだか悲しそうだった。


「ごめんね。こんな夜に、呼び出しちゃって」


 そういってから、ミラは重たく、口を開いた。


「聞いて欲しいことがあるんだ」

「オレでよければ、なんでも聞くよ」

「──実は、今日はお別れを言いに来ました」


 ──え?

 おわかれって、お別れ?


「私がキミと繋がっていることが、バレちゃったみたいなの。ナナイさんが教えてくれた。明日、正式な書面と共に、拘束することになるって。でも今なら、妹を連れて逃げることもできる、って。そう言ってくれた」


 あいつ。良いヤツじゃん。

 そんなことしてバレたら、自分だってタダじゃすまないだろうに。


「そうか。わかった。行く宛はあるのか?」


 ミラは首を横に振った。


「だったら提案だ。森に来ないか。不自由なく、とは言えないけど。それでも、笑って生きていけるようには、オレがするよ」


 それを聞いて、ミラは安心したように笑った。


「──ありがとう。そう言って貰えて嬉しい。森で生活するのも、それはそれで楽しそうだね。でも、もう決めてるの。私、おとなしく捕まろうと思う」

「捕まるって、大丈夫なのかよ!」

「うん。ミリの安全は約束して貰っている。孤児にはなるけれども、ちゃんとした場所で、預かってもらえるみたいだし」

「ミラは? ミラはどうなる?」

「私はいいの。なるようになるから」

「そんなのダメだ。それだったら、今すぐ2人で森に来いよ!」


 ミラは下を向いた。それから、苦しそうに笑った。


「──やめて。決心が揺らいじゃうから」

「なんでだよ! こっちに来れば良いじゃないか! そうできない理由でもあるのか?」

「あるよ。私がキミの所に行ったら、キミは悪者にされてしまう。人間はずっと、理由をつけて、キミと対立していくと思う。そうなったら──」

「そんなこと、どうだって良い。それよりもオレは、ミラの方が大切だ」

「──私がキミとした最初の約束を、覚えている?」


 ミラはオレの方を見た。

 その表情に、あの日の表情と台詞が、重なる。


 ──キミを、私の家に招待する。


「私はずっと、それを目標に頑張ってきたんだ。誰とでも、分け隔てくなく過ごせる世界が、いつか来ることを信じて。ごめんね。これは全部、私のためなの。私は、私の夢から逃げたしたくないから」


 そんな夢なんてっ!

 そういいかけて、それを飲み込んだ。

 ミラの気持ちは、よく分かった。オレも、そんな世界が来たら、良いと思っている。そう思って、過ごしてきた。


「だから私は、逃げないことにした。それはきっと、この先の人間のためにも、キミ達のためにも、きっとなるから」


 そう言ってミラは、泣きながら、笑った。

 オレはその顔を、胸に抱き寄せた。

 ミラは、ずっと泣いていた。

 オレは、ミラの頭を、ずっと撫でていた。

 少しでもミラが、楽になるように。



§



「ありがとう。泣いて、スッキリしたよ」


 そういうと、ミラは優しく離れて、立ち上がった。

 そうして背を見せたまま、一言。


「キミと過ごした時間、本当に楽しかった。ありがとう。もう行くね」


 ミラは振り返えらなかった。

 そのまま、行ってしまいそうになるを感じて、オレは「ミラ」言った。


「やっぱりオレさ、ミラの考え、大好きだよ。だからオレが、共存できる世界を創るよ。その世界にさ、ミラは必要だから。必ず向かえに行く。だから、待っててくれ」


 その言葉に、ミラは振り返った。


「うん。──待ってるから」

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