第36話 チートに磨きがかかる

「さぁ、選べよ──」


 その言葉に隊長様は吠えた。

 それから、静かに言葉を返した。


「なぜ、教える。黙っていた方が、お前にとっては都合がいいだろう」

「ん~? たぶん勘違いしているな。オレはこの拠点を潰したいだけだ。お前達の命が欲しいわけじゃない。だから、逃げてくれた方が、助かるよ」

「──今ここで私を倒さなければ、いつか必ず、お前を捕らえて処刑する」

「ん? 不思議な言い回しをするんだな。なんか自分の言葉じゃないみたいだ。まぁ、なんでもいいよ。お前がそうしたいなら、そうすれば良いと思うよ。オレは、オレのしたいようにするだけだから」


 オレがそういうと、隊長様は目隠しを外した。

 そして。


「ナナイ=イレンだ。お前を殺す者の名を忘れるな」

「オレは、ヒデ。オレはお前のこと嫌いじゃないからさ。よろしく」


 ナナイはそういうと再び目隠しをして、それからよく通る声で撤収の指示を出した。ツタの処理のしかたを伝えると、兵士たちは実行し、次々と動けるようになった。そうしてみんな、町の方へと足早に去っていった。


 全員が去ったのを確認して、オレは一度、指笛を鳴らした。

 これは合図だ。地面を踏み鳴らす足跡を止める合図。踏み荒しスタンピートなんてただのハッタリだ。実際には、みんなでその場足踏みをしていただけ。戦場で混乱していれば、こんなささいなウソにもなかなか気がつけない。

 まぁ今回は、隊長様改め、ナナイがオレのことを信用してくれたから、成功した訳だが。いずれにせよ。被害者なしで、最後の野営地を排除することができた。

 踏み鳴らしを止めたみんなが、次々と野営地に入ってきた。使えるものを鹵獲ろかくしたあと、残ったものを全部解体した。


 こうして、森の中にあった人間側の拠点はすべて潰すことができた。

 と、同時に、オレたちは故郷とも言える巣穴を取り戻すことに成功した。

 昇る朝日が、眩しかった。


 初めての攻勢は、成功した。

 でも、オレの戦いは、まだ終わっていない。

 家に帰るまでが遠足であるように。

 人間との戦いが終わっても、オレの本当の戦いはまだ終わっていない。むしろ、今から本番だ。

 長い戦いのあとだ、今日はもう休むとして。

 明日必ずやること。

 それすなわち、勝利の宴の準備だ。



§



世の中にはチート能力というものがある。

ズルチートの名を冠するほど強力な能力のことだ。オレはミコの命令を聞かせる能力はチート能力だと思っていたし、オレの能力もなかなかなものだと思っていた。

 でも、違った。本物のチート能力は、そんなものじゃない。


 例えば、無限に出てくる食料。

 例えば、どんな敵も一撃ワンパンで倒す強さ。

 例えば、どんな攻撃も効かない鉄壁の防御力。


 まさに『ズル』というのにふさわしいほど、えげつない能力のことを指すのだと。

 そして。森のぬしになり、それと同時に能力がえげつないことになっていた。

 具体的に言うと、食べさせる、の範囲が広がった。例えば、植物の種に栄養となるものをことで成長を促すことができるようになった。人間との戦闘でもこの能力は大いに役に立った。

 でも、それはこの能力の真価じゃない。オレはそう思っている。

 この能力の最大の利点は、宴にはかかせない、あの飲み物を。短時間で作れるようになったことだ。


 ──つまり。酒だ。



§



「カンパーイ!」


 翌日の夜。

 勝利の宴会が始まった。

 オレは乾杯の音頭をとって、それから果実から作った果実酒を飲んだ。

 オレはこの宴会のために、初めてお酒を作った。

 アルコール発酵を酵母菌の食事と解釈し、その作用を強めたり早めたりできた。その結果、2時間で果実酒が誕生した。


 ──これが、マジもののチートだ。

 ひゃっほう!


 そんな感じで、勢いとノリで作ったお酒だったが、なかなか上手にできたんではなかろうか。みんなの反応も良い。

 オレの能力についてはもうひとつ。大きな変化があった。

 オレが直接手渡さなくても、効果が出るようになった。

 今までは料理を一人ひとりに手渡しをしていた。そうしないと、効果がなかったからだ。でも今は、誰の手から受け取っても大丈夫だ。オレの作った料理が、相手の口のなかに入ればOKだった。なんなら料理をしなくても良い。果物などであれば、オレが収穫したものであれば効果が出る。

 これでオレの負担はかなり減った。なによりオレも、宴会を楽しむことができるようになった。これは嬉しい。

 だから今日は、思いっきり楽しむようにする!

 とは言っても、料理と飲み物とちょっとの雑談を楽しんだら、もう十分だ。

 あとは、見張りを交代にし行った。



§



 見張りを交代して、お酒をちびちび飲みながら、夜風にあたった。

 森のぬしになって、この森で起こっていることは何となく把握できるようになった。だからもし仮に人間達が攻めてきても、早い段階で対応できる。宴会をやっていても、防御面に抜かりはなかった。


 そうしてひとりで酒を飲んでいると。術符に反応があった。

 ミラだ。

 なにかと思い、通話を繋ぐ。


「どうした、こんな時間に」

「ごめん。今、森の入り口にいて。会えるかな」

「ああ。いいよ。今から行くわ」


 そんな軽い感じで通話を切った。まぁ、こんな時間に連絡をするってことは、きっと軽い話ではないのだろう。

 なにより。

 人間とオレ達の間に立っている、ミラからの話だ。

 これをちゃんと聞かなきゃ、ダメだと思った。


「よしっ。じゃあ、行きますか」

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