第35話 隊長様
敵陣の中心地で、オレは目の前にいる兵士に聞いた。
「いつのタイミングで、バレてた?」
その質問に、目の前の兵士は慌てて取り繕おうとした。
「いいよ。別に今暴れるつもりはないから。そっちの隊長さん。なかなか優秀じゃん。だから顔を見ておきたいな、って思って。それまでは大人しくしとくよ」
こちらに抵抗の意思がないこと、そして何より隊長を誉めたことに、兵士は気をよくしたらしい。兵士は誇らしげにしゃべった。
「最初からだ。隊長はこうなることを予想されていたからな」
「わぉ。それはスゴいな。本物じゃん。やっぱり良い感じの人なの」
「帝国で一番の将だ。陛下からの信頼も厚い」
マジか。ってことはこの森奪還計画のラスボスってことだ。
顔を見れるのが楽しみ過ぎる。
まもなくすると、テントの幕が開き、大勢の兵士が入って半月状にオレを取り囲んだ。それから噂の隊長様が入ってきた。
隊長様は、
隊長様は、あの騎士だった。
「っち。マジかよ」
「おや。誰かと思えば、あの黒いゴブリンじゃないか。こんなところでまた会うとはね」
まぁ、出会ってしまったものはしょうがない。
有能な人物に間違いは無いようだ。
部下も慕っているようだし、ここはいったん過去のことは忘れて話を聞いてみよう。
「わざわざ夜遅くに、それも手土産のひとつもなくて悪かったね」
「手土産ならあるじゃないか。その胴体の上についている、ソレだ。置いていってくれて構わない」
「おいおい、手土産を催促かぁ? あんまり品が良くないな。育ちが知れちゃうぜ」
「そんな遺言で、後悔はないか?」
ほ~ん。なかなかに面白いじゃん。ちゃんと軽口を軽口で返せてるし。やっぱり有能っぽいな。じゃあ、一応確認しておこう。
「遺言ではないけどな、提案だ。話し合いをしないか?」
その言葉に、場が静まり返った。
「別に言葉が通じるんだったら、話し合いでいいだろ。争い合う必要はない」
その言葉を聞いて、隊長様は静かに笑って、言った。
「人間と交渉する気か? 知らないなら教えてやろう。人間以外の生き物は、人間のために働くために、生きてるんだ」
「ずいぶんと、まぁ。偏った思想だなぁ。どうした?」
「そう、教わって生きてきた。そういうことだ」
隊長様はそういうと、部下に合図を出した。
広くもないテントのなかで、四方を綺麗に囲まれる。
──椅子取りゲームしようぜ、お前が椅子なっ!
そういわんばかりの状況だ。
でも、別に気にしない。
それに話せてよかった。
オレは平和解決の手を差しのべた。
差し出した手を、振り払われたのなら。
あとは全力で殴ってもいい。
──それがオレの
オレは、鞄から種を取り出して、地面に押し込んだ。
これでセット完了。
そして、ゲームセット。
地面に屈みこんでいるオレの姿を見て、背後から兵士が切りかかってきた。でもそいつは、一歩目で盛大につまずき転ぶ。
そいつは足元をみた。そこには、見たこともない植物のツタが絡まっている。
全員の思考が止まった。その様子を見た隊長様は、すぐさまに叫んだ。
「全員、足元に気を付けろっ!」
さすがは隊長様だ。兵士たちの意識がオレから足元に移った。
でも、残念。
気を付けたところで、どうにならないこともある。
オレは、兵士たちの足に、ツタを絡ませて転ばせる。
異常な事態に、動揺が走っているのがありありとわかる。
追い討ちをかけるなら、今だ。
「お前ら、忘れてないか? ここがどこなのか。ここは森だ。オレたち、森の住人の場所だ。お前ら人間の場所じゃない。それに、相手も悪かったな。オレ、この森の
植えた種に養分を喰わせて、強制的に、指向性をもって成長させた。地面を伝って地上まで伸びたツタを、兵士達の足に絡み付かせる。
たったそれだけで、取り囲んだ兵士達を無力化させた。ちょろいもんだ。
もちろん、そんな非常識を即座に理解できるヤツは少ない。
兵士たちは、異常な事態のなかで、混乱の中だ。
その混乱に乗じて、オレはその場を退散する。──はずだった。
オレの目の前を剣先が通った。|隊長様の剣だ。
隊長様は、自分の足に絡み付いた植物を、魔法で凍らせて、それから切り落としていた。普通なら、剣で切り落とすとか、火でもって焼き払うとかしそうなところだろう。現にそうした兵士もいた。でも、それじゃ植物は切れない。水分のあるしなやかなツタは、ぶっといロープと同じだ。簡単に切れるものじゃない。それに、火を使って燃やそうとしても、水分がそれを邪魔する。植物のツタは、なかなかの初見殺しだ。
でもそんななかで、隊長様は植物を凍らせた。植物の利点である水分のあるしなやかさを、完全に逆手にとった。隊長様は、なかなにヤルやつだ。重要拠点を任されるだけの、経験と実力があるのは確かなようだ。
「お前、案外賢いな」
「──」
なにも言い返して来ない。
全身から怒気をもらしながら、冷静に立ち回ろうとしている。そういう人間は嫌いじゃない。できれば部下にしたいところだ。
──いや、でもまぁ、無理かなぁ。
隊長様が切りかかってくる。その剣をかわし、あっかんべーをしてやった。それから地面に転がっている兵士たちを避けて、テントを裂いて外に出た。
外にいる兵士を植物のツタで足止めをしながら、野営陣の端まで来た。
簡易的な柵があったので、そこに腰掛けて、追ってきた隊長様を待った。
「おっ。来たきた」
「──」
隊長様はなにも言わない。ただただ、目に見えそうなくらい激しい怒気を撒き散らしてる。
「来てもらったのは嬉しいんだけど。大丈夫?」
「──」
「オレの目的はわかっているだろ。安い挑発をしに来たわけじゃない。この拠点を壊滅させに来た。だったら、あんたがやるべきことは、オレを追うことじゃない。オレがやろうとしていることに、備えることだ」
「──!」
「やっと、気がついたみたいだな。この、地鳴りと振動に。まぁ、こうも阿鼻叫喚のなかじゃ、気づかないもの無理ないがな。いまからここを、森の生き物たちの大行列が通る。まぁ、簡単に言うとアレだ。──
「──っ」
「さぁ、選べよ。この状況で、千の獣達の行進を、真っ正面で受け止め引き殺されるか。それとも今すぐに、ひとりでも多くの部下を動けるようにして、逃げるかだ」
森の夜に、隊長様の怒号が響いた。
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