第32話 お伽話

 これは1000年前の話。

 森の白蛇と、人間の少年の話。



§



 昔、むかし。森のぬしが、まだ若い白蛇だった頃。

 幼い白蛇にとって、森は退屈だった。

 生まれてからの200年の時間。

 それは森に退屈を覚え、飽き飽きするのには、十分な時間だった。

 白蛇はやがて森の外へと向いていった。誰も踏み出したことのない世界へ、憧れを抱き想像した。時おり聞こえてくる、森の外の話。そこには見たこともない生き物がいるらしい。人間、ドワーフ、ドラゴン。みたこともない生き物を想像し、出会い、冒険をし、いくつもの英雄譚を創った。そうして、退屈だった世界は、冒険の世界に変わった。そうして、退屈を紛らわしながら、流れる時間に身を任せていた。


 そんな日々を変えることが起こった。

 

 水浴びをしようと滝つぼに行くと、そこに見慣れない、変なゴブリンのような、見慣れない生き物が仰向けに浮かんでいた。白蛇は掬い上げ、陸地にあげた。変なゴブリンは、まだ暖かった。幼い白蛇は、その生き物を横にして水を吐かせて、それから体を暖めてやった。白蛇はそこで気がついた。今自分が巻き付いて体を暖めている生き物は、ずっと話に聞いていた、人間じゃないか、ということに。


 心配して頬を舌で舐めると、人間は目を覚ました。人間は小さな目を大きく見開いてから、小さな声で「ありがとう」と言った。白蛇は目を細めて、舌をチロチロさせて返した。


「どういたしまして!」それから。

「ねぇ。君、人間でしょ! 君たちのこと、教えて!」


 少年は白蛇の暖かさを感じて、笑顔で「うん」と答えた。


「ボクはアルトだよ。白蛇さんの名前は?」

「名前? わからない」

「じゃあ、ユキ! とっても綺麗な色だから」

「うん。それ、良い音! ユキは、今日からユキ!」


 そうして、白蛇のユキと少年アルトの交流が始まった。



§



 それから、長くない時間が経った。

 王族の嫡子だったアルトは、王になった。アルトは森との共生を選んだ。森には資源が豊富にあった。国にとって必要なものがあれば、アルトはユキと話をした。ユキがアルトの要求を断ったことはなかった。アルトも、ユキの気持ちを察していたからこそ、無理な要求はしなかった。そうして、人間と森は共生していった。


 でも、それは長くは続かなかった。


 アルトは共生を選んだ。でも、他の人間は、そうじゃなかった。

 豊かな森の資源を求め、他国が交渉を持ちかけた。

 言葉から始まった交渉が、力に変わるのに時間はかからなかった。

 戦争が起こった。アルトの国は森を守ろうと戦った。

 でも、戦争に負け、そうして、滅ぼされた。


 次に、森に手が掛かった。

 ユキは抵抗をし、人間からの攻撃を、その尽ことごとくを追い払った。業を煮やした人間は、森に呪いを放った。

 ユキはその呪いを、自分の体を使って封じ込めた。

 そうしてやっと、人間は森に手を出すのをやめた。

 時間は進む。

 呪いも進む。

 そうして、森のぬしは、だんだんと弱り。

 その体からは、呪いにじみ出るようになった。


 そうして、1000年の時が経った。



§



「これが、私が聞いた、お伽噺の内容。先代のぬしは、森を守った。私たちを守ってくれた。だから私たちは、森のぬしをお守りする。そう、教えられてきました」


 リューネの話に、オレはうなずいた。


「1000年前の戦争の、その続きか。迷惑以外のなにものでもないな。でも、向こうの目的は何となく分かった。それに、回避できるものじゃないことも。だったらあとはもう、やるしかない。相手が手を出せなくなるくらいに、徹底的に潰す」


 オレの決意に、トモミさんが聞いた。


「でも、どうするの? 戦力は向こうの方が上だよ」


 そう。

 現存戦力。

 ゴブリン 38人

 狼もどき 89匹

 ダークエルフ 1人。


 圧倒的な戦力不足。

 これは明確な課題だ。

 そして、如何ともしがたい現実だった。

 みんな、それを気にしているのが、空気で分かった。

 でもオレは正直、数の問題は、そんなに大きな課題じゃないと思っていた。

 なぜなら。


「戦力が足りないなら、増やせば良い」

「ふ、増やすって? どうやって?」


 ──ゴブリンは数で戦う生き物だ。だからそこ、その増殖力は並大抵じゃない。

 つまり。


「──子供を増やす!」

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