第31話 宴

 トモミさんの鋭い視線に、思わず喉をならした。

 そんなオレに、トモミさんの声が冷たく飛んで来る。


「──危ないから、歯ぁ、喰い縛って」


 次の瞬間に、拳が飛んできた。

 絶対痛いヤツだと、すぐに分かった。

 でも、避けるわけはいかない。黙って受けた。

 綺麗に決まった拳に、オレは4~5m吹っ飛ばされた。

 そのまま、木々に囲まれた空を見ている。


 ──空は今日も青いなぁ。

 トモミさんの拳、マジで痛いなぁ。


 そんなことを思っていると、トモミさんはオレに、手を差し出した。

 オレはその手をとって、立ち上がった。

 トモミさんが、静かに聞いてくる。


「痛かった?」

「──痛かった。でも、そんなことよりごめん。大切なときに、そばにいなくて」

「わかってるなら、いい。許す」


 トモミさんは、オレの顔を正面からみた。

 その瞳は少し潤んでいるように見えた。


「それより、その体。どうしたの?」

「まぁ。色々あって。でも、大丈夫だから。むしろ、強くなって帰ってきました」


 その言葉に、トモミさんは息を止めた。


「私もごめん。ヒデ君も大変だったのに」


 トモミさんは、目を思いっきりつむって、オレの胸に額をあてた。

 それから、声をあげて泣き始めた。

 それだけで、どれだけ辛かったのかが、分かった。さっきまで大きく力強かったその存在感が、今はとても細く、弱々しく感じた。

 オレは、トモミさんの頭を撫でながら。「ありがとう」と言って、心のなかで「ごめん」を繰り返した。



§



 オレは、狼もどきの縄張りの奥へ案内された。

 そこに、崖を削って作った、奥行きのある洞窟があった。なんでも、ニコが魔法で削って作ったらしい。そんな洞窟が3つほどあり、そこに、ゴブリンたちが身を寄せて暮らしていた。

 オレが行くと、みんな洞窟から出てきて、ちょっとしたお祭り騒ぎのようになった。

 ゴブリンたちはみんな、手足や体が、細くなっていた。

 そんなゴブリンたちが急に道を開けた。その向こうに、ミコとニコが立っていた。2人とも、ともみさんと同じく顔つきが変わっていた。

 オレは2人の所に歩いていき、包容で再会の喜びを分かち合った。

 2人の細い体が、オレの胸を締め付けた。

 再会を喜んだあと。オレは早速、オレのやるべきことをやることにした。


「みんな、長い間留守にしてすまない。何が起こったのかまだわかっていない。だけど、みんなが頑張ってくれたことは、よく分かる。だから、オレは、オレのできることをしたい。まずは、みんなと飯を喰いたい。できるだけ盛大に」


 周囲から割れんばかりの歓声が上がった。


「今から食料を調達してくる。一緒に探してくれるヤツはいるか?」


 ゴブリンたちは全員、声を出して答えてくれた。

 そんな光景に、オレは思わず嬉しくなった。

 みんな、気持ちは折れていなかった。

 全員で手分けして、食料調達に向かった。

 なんだか、昔、校外学習でみんなでカレーを作ったときのことを、思い出してしまった。



§



 夜、盛大とは言えないながら、それなりの食料で宴会を開いた。

 オレは集めてきた食料を簡単に料理し、次々に振る舞っていった。ゴブリンや狼もどきたちは美味しそうにご飯を食べ、お腹がふくれるとそのまま、倒れるように寝てしまった。

 日頃の疲れもあるだろうけど、その寝顔は満足そうで、オレは嬉かった。食料もなくなり、ほとんどの者が寝静まった後、オレはやっと、ミコとニコ、そしてトモミさんから、話を聞けた。


 オレがユキの所にいる間に、人間達が襲ってきた、ということだった。

 人間たちは町から近いオレたちの巣穴を見つけ、襲った。トモミさんが、ミラから術符で連絡を貰っていなかったら壊滅していたかもしれなかったそうだ。だが、最低限の避難と準備ができたおかげで、なんとか最悪の状況は免れた。それでも、多くのゴブリンたちが戦って死んだらしい。そのあとも、仲間を守りながら、安全な場所を求めて、色々なところを転々としたらしい。安心できる時間なんてなく、常に不安と、人間からの襲撃に怯える日々だったらしい。

 トモミさんや、ミコとニコの顔つきが変わったのは、そういう理由からだった。


 ──でも。人間たちは、なんでこのタイミングで?


 その疑問に、リューネは、遠慮深く答えてくれた。


「たぶん、先代の森のぬしが、死んだからだと思う。それに、もしかすると、だけど。1000年前から決まっていたのかも。村に伝わっているおとぎ話で、聞いたことがあるの」


 そういって、リューネは、そのお伽話とぎばなしを教えてくれた。


 それは1000年前の話。

 森のぬしと、人間の王の、話だった。

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