第30話 再会

 騎士の目隠しの下から、男か女かわからない顔が出てきた。

 オレは混乱した。でもすぐに冷静になれた。顔や性別で、ミラに向けられた、パワハラ紛いの言動が許される訳じゃない。ダメなものはダメ、だ。そこは変わらない。


 騎士は鋭い視線をこちらに向けると、目隠しを拾いつけ直した。

 なんかもう、目が見えなくても、物凄い殺気を向けられているのがわかる。

 騎士は、静かな口調で言った。


「黒いゴブリン。お前は危険だ。今、全力で潰そう」


 ──おお。なんか、めっちゃ怒っている!

 なんで怒った?

 蹴ったから?

 顔を見られたから?

 わからん。


 でもひとつ確実なことがある。

 騎士は、なんかそのまま襲いかかってきそうな勢いだ。

 オレはダガーをしまうと、離れていたリューネをお姫様だっこで抱きかかえた。そしてそのまま、騎士に背中を向けて、その場を離れた。

 走りながらオレは思った。


 ──たぶん、相手も怒っているだろうから。

 次どこかで会ったら、今度はちゃんと相手にしてあげよう。

 一回ボコボコにしたら、相手もわかってくれるはず。

 うん、そうしよう!



§



 ミラも騎士も追ってきていないことを確認して、リューネを下ろした。

 それから、ミラから言われた通りに、術符を起動した。

 早速、トモミんに向けて通話を起動させた。

 術符は魔力を通すと一瞬色が変わるが、すぐに元の黒色に戻ってしまう。

 何度やっても同じだし、他の人に掛けても同じだった。

 おかしい。

 通話ができない。

 まるで、スマホが通信障害になったときのようだ。

 通話は諦めて、方向が分かるモードに切り替える。

 こちらもすこぶる調子が悪かった。

 でもこちらは通話と違う。

 一瞬だけでも、何となくでも、反応すればそれで十分だった。

 術符が反応した方向に、オレたちは走った。

 とにかく早く、トモミんたちと合流したかった。



§



 術符の指し示す方向は、狼もどきのエリアの方角だった。

 狼もどきたちは、家を持たない。自分の縄張りのなかを移動しながら暮らしている。これは、見ようによっては、縄張り自体が大きな家だ、とも見れる。だからこそ、縄張り意識は強い。縄張りに勝手にはいるのは、家に勝手に入るのと一緒なのだ。

 例え、侵入者が、そんなつもりはなくても。


 ──やっぱり、監視されているよなぁ。


 森のなかを進みながら、オレは視線を感じていた。

 オレたちの目に見えないように、オレたちについてくる気配があった。森のぬしになったからか、こういった感性が格段に上がっていた。空気の流れや草木が揺れる音。そう言った些細な情報も、意識を向ければしっかり確認できるようになっていた。

 オレたちについてきている狼もどきの数を確認する。1匹、2匹、3匹。

 向こうも襲ってくる気配はないので、無視して進み続けていた。

 そうしていると、だんだんと数が増えてきた。7匹、8匹、9匹。

 途中からは逆に数字が増えるのが楽しみになってしまった。

 もし狼もどきが襲いかかってくることがあったら、それは戦力的にオレたちに勝てるくらいの人数になったときだろう。言い換えれば、今、オレたちの力は狼もどきたちに測られている。ついてくる狼もどきたちの数は、そのままオレたちの評価だ。狼もどきたちの評価が、楽しみで仕方ない。


 そう思いながら進み続けたが、15匹まで増えたところでリューネが異変に気がついた。


「ねぇ、ヒデさん。なんかついて来てない?」

「うん。いるね。今、15匹」

「知ってたの?」

「かなり前からね。たぶん向こうは、勝て見込みがつくまで襲ってこないと思う。だから、どのくらいまで増えるのか試してるところ」

「でもそれって、襲われたらもうダメなんじゃない?」

「う~ん。正直、何匹で来ても勝てると思うよ」

「そうかな。──そうかも」


 いいぞ。リューネもなかなかノリを分かってきたみたいだ。そうこうしていると、数はどんどん増えていった。その数37匹。学校だったら、でかいクラス1個、もしくはすこし少ないクラスが2個くらいの数だ。50は越えたかったので、ちょっと残念だ。

 向こうから白銀の毛並みを持つ狼もどきが、姿を表した。

 いや、こいつは本当に狼もどきだろうか。

 体の大きさも、毛並みも、オレの巣穴の近くにいたヤツとは全然違った。もはや狼もどきというよりも、完全に狼だ。むしろダイアウルフとか、そんな感じの、狼のなかでもかなり大型なタイプのヤツだ。

 見た目的には、たぶん、リーダーみたいな存在なのかもしれない。

 そいつにオレは、一応話しかけてみた。


「縄張りに勝手に入ったことは謝る。こっちの方角に、オレの仲間がいるみたいなんだ。その仲間に会いに来た。お前達と戦うつもりはないんだ」


 オレの言葉に、その大型狼は遠吠えひとつ。それが合図になって、ぞろぞろと狼の仲間が出てきた。戦うつもりは無いと言ったのに、意思の疎通がうまくいかなかったみたいだ。まぁ、向こうがやりたいなら、こっちは拒む理由はない。

 それに、正直その方が分かりやくて良い。強さを認められたら勝ちだ。こっちも全力で相手をする。速やかに終わらせる。そう決めた。


 リーダーの遠吠えで、狼もどきたちは一斉に、オレに襲いかかってきた。


 ──でも、温い。


 そう思った。リーダー格が目の前にいるのだ。群れを作る動物は、基本的に縦社会だ。一番上が、すべてだ。ということは、だ。リーダー格のこいつをとっ絞めれば、それで全部方がつく。

 オレは地面を蹴って、大型狼の目の前まで距離をつめて。

 首をつかんで持ち上げた。


「悪い。急いでるから」


 そのまま首を締め上げる。そのまま首を絞め続け失神させることも考えた。

 でも、もっと素敵なやり方がある。

 オレはストックの柿もどきを取りだし、それをその狼の口のなかにいれた。

 狼はしばらく暴れていたが、急に大人しくなった。

 そのまま地面に置いてやった。

 狼はその場でころりとひっくり返り、腹を見せる。

 服従のポーズ。

 これでオレの勝ちだ。

 

 でもなんだろ。

 オレの能力、めちゃくちゃ上がってないか。

 前だったら柿もどき一個くらいなら敵意がなくなる位だったのに。今は一個で、全力服従のポーズだ。これも、森のぬしになったからだろうか。

 まぁいいや。

 オレは周りにいる狼もどきたちを見回した。

 リーダーに勝った生き物に襲いかかる無謀なヤツはいない。

 そう思って見ていたら、なんだか様子がおかしかった。

 全然敵意が消えていない。

 それどころか、残りの狼もどき達たちが一斉に襲いかかってきた。


 ──マジか。

 なんでそんなに血気盛んなんだよ。

 まぁでも、なったもんは仕方ない。

 全部相手にするか!


 そう思って構えた瞬間。

 遠くまで響く遠吠えがひとつ。

 それで、狼もどきたちは、ビクリっと体を硬直させた。

 それから急いで、オレから距離をとった。


 ──どうしたんだろう?

 なんか、リーダーのリーダーでも登場するの?


 オレの予想は当たった。

 向こうから大きな白い塊が突進してきた。なかなかのスピードだ。それに、一切の迷いがなかった。

 そして何より。

 無防備で殺意がなかった。

 その白い塊はオレに向かって突進してきた。

 それを全力で受け止めた。

 その白い塊は、オレに飛び付くと、全力で顔をオレの顔に擦り付けてきた。

 って、お前。


「ダイフクっ!」

「ハイなっ!」


 ダイフクは嬉しそうに返事をした。

 オレはダイフクに負けず劣らない勢いで、もふもふした。

 オレがダイフクとの再会の抱擁をずっと楽しんでいると、不意にダイフクが引き剥がされた。その人は、ダイフクを引き剥がすと、横に置いて、お座りをさせた。ダイフクは元気よく返事をして、お座りをする。その人は「よしっ」というと、それからオレの方をまっすぐにみた。

 トモミんだ。

 久しぶりの再開に、オレは笑顔になった。

 ──でも。

 トモミんの目は、笑っていなかった。

 あんなに優しかった表情も、今は険しく変わっていた。

 見ると、体はそこらじゅうに傷があった。

 それらは全部、激しい戦いがあって、そのなかを生き抜いてきたことを訴えかけてきた。

 もう昔の、柔らかなで優しいトモミんはいなかった。

 一人の戦士が、目の前にいた。


 トモミん改め、トモミさんの鋭い視線。

 その視線に、オレは唾を飲んだ。

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