第4章

第29話 二重会話

 オレと対峙したミラは、はじめて出会った時の、あの言葉をもう一度言った。

 ミラは、オレに剣を向けた。

 それが何を伝えたいのかは分からなかった。

 でも、何かしらの事情があるのは明らかだった。

 ならばやることはひとつだ。

 ──ミラとの、全力チャンバラ遊びだ。


 

 ミラは何かを伝えようとしている。だったらオレは、その意思を汲み取ったことを示さないといけない。でも、向こうにいる騎士に、それを気づかれてはいけない。

 もし気づかれてしまったら、ミラはオレとの関係を探られる。それはミラの立場を不利にするだろう。最悪、敵と内通していたってことになるかもしれない。それだけは避けないといけない。

 騎士に気づかれないように、ミラに伝える。

 そんなこと、できるだろうか。


 ──まぁ、できるかどうか、じゃないね。

 やるしかない、んだよね。


 オレは、過剰な演出を入れることにした。

 最初に、ダガーを逆手さかてに持った。逆手さかてに持った方が、強キャラっぽさと、カッコ良さが演出できる、と思った。

 それから、右手を前に出して、手のひらを上にする。それから4本の指を曲げて手招きをした。


 ──いいよ、来いよ。


 ミラは安心したように口許を緩めた。どうやらオレの意図は伝わったみたいだ。

 ミラは口を横に結び直し、剣を振りかぶってきた。

 手加減なしの鋭い太刀筋。

 オレは後ろに引きながら、その太刀筋を見る。


 ──うん。分かった。

 ミラは強くなった。

 でもまだ。オレなら、なんとかできる強さだ。


 次の攻撃を右のダガーで受け流し、左のダガーを横薙ぎに振った。

 刃先はミラの目の前を通り、前髪を僅かに切った。

 ミラは後ろに飛び退き、それから、こちらを見て口端をあげた。


 ──やはり、君は強いな。


 そう言っているようだった。

 ミラは剣を構え直した。剣を鞘に納めて、腰の横へ持ってきた。それから、まっすぐにこちらを見た。さっきまでとは目力めぢからが違う。どうやら本気で来るみたいだった。

 大変だ。

 チャンバラ遊びのはずが、面白くなってきてしまった。

 オレもダガーを逆手さかてから順手じゅんてに持ち変えた。やっぱり、こっちの方がしっくり来る。

 準備を整えて、ミラの本気を迎えた。


 勝負自体は、一瞬だった。

 ミラはオレに向かって走りだし、素早く剣を鞘から抜いて、その勢いで切りかかってきた。

 抜刀術。

 こっちの世界でそんな剣術は、恐らくないのだろう。

 剣の全長が分からなければ、間合いもわからない。そのまま初見わからん殺しができる戦術だ。

 だが残念。オレは抜刀術を知っている。

 なんなら小さい頃に、傘で練習までしていた。

 ミラの剣の全長は把握している。この一撃はさばける。

 ミラが鞘から剣を滑らせる。オレは右手のダガーで剣を受け流し、そのまま懐に滑り込む。抜刀術、破れたり。

 そう思った瞬間、目の前に二の矢が飛んできた。鞘だ。左手に握られた鞘が、上に押し出され伸びてくる。オレは左手のダガー振り下ろし、つかを当てて防ぐ。そのまま反動を利用して、距離をとった。


 引き分けだった。


 ミラは剣を構え直した。

 でも、さっきまでの目力めぢからは消えていた。もうこれ以上、攻撃をして来るつもりはないようだった。


「──術符を、使ってください」


 ミラの不意の一言。


「──残った味方と合流して、体勢を建て直した方がいいと思います」


 オレはそこで、ミラの機転に気がついた。

 二重会話。

 後ろで見ている騎士に言いながら、同時にオレにも言っている。確かに、ミラから貰った術符を使えばトモミんやミコのいる方向がわかる。気が動転していて、そんなことにも気がつかなかった。反省はんせい。

 それに。

 ミラは「味方と合流して」と言っていた。ということはきっと、みんな無事なはずだ。

 ミラ、サンキュー!

 あとは適当なところで離脱するだけだ。

 さてと。どのタイミングで撤収しようかな──。


「援軍は要らない。このゴブリンは危険だ。私がこの場で始末する」


 そういって騎士が剣を抜いた。


 ──おっ。やるか?

 やんのか? お? お?



 オレはダガーを構えた。

 騎士は、こちらを見て言った。


「どうも、おかしい。ミラはそう思わないか。あのゴブリンが、なぜこうも人間に近い体型をしているんだ。獣人、鳥人、竜神、ドワーフにエルフ。人間の体型に近い生き物は数多くいる。でも、ゴブリンでは今まで聞いたことはない。このゴブリンの巣を攻撃したときもそうだ。女型のゴブリンがいたな。あれの悲鳴は、──さぞかし愉快ゆかいだったな」


 そういって騎士は、口許を歪めた。


 ──いや~。さすがにわかるよ。

 みえみえの挑発ですよ。

 のったらダメ。

 無視スルーするのが一番。


「それに喉を怪我しているゴブリンも居たな。チビと一緒にいて。そいつらを引き離した時の、絶望的な表情と叫び声。──とても可哀想かわいそう愉快ゆかいだったな」


 ──OK。

 ミラも居るからな。今日はだけは、見逃してやる。

 今度あったらボコボコにしてやるから覚悟しとけよ。


 今日は絶対に手を出さない。そう決めていた。

 だから、もう無視して引き上げよう。

 術符を使って、仲間と合流しよう。そう思った瞬間だった。

 騎士の言葉の刃が、胸に刺さった。


「なぁ、そうだろ。ミラ」


 ──は?

 なんだそれ? なに同意とってんだよ!

 オレの仲間に、嫌な想いさせてんじゃねぇよ!


 その気持ちといっしょに、切りかかっていた。

 騎士の反応は、早かった。

 まるで最初からそれを狙っていたかのようだった。

 でもそんなの知ったこっちゃない。

 騎士の剣が、オレの首めがけて飛んでくる。

 それを右のダガーでいなす。

 ──つもりが、できなかった。

 剣の軌道は変えることができたが、

 剣はそのまま、流れるように頭部に向かってきた。

 急いで左のダガーで受ける。

 剣の刃を受ける。

 いまの一撃でわかった。

 力では勝てない。

 だから、頭を使った。

 頭を左手のダガーのみねにあて、相手の剣をダガーと頭で受け、そらした。

 そのまま、がら空きになった相手の顔に、蹴りを放った。

 蹴りは綺麗にヒットし、その勢いで目隠しが取れた。

 そこには、縦長の瞳孔と、光彩異色の目ヘテロクロミア

 そして、ずいぶんと綺麗な顔があった。


 あれ?

 これは──。

 どっちだ?

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