第28話 神様


 ユキの時間は、もう幾ばくもないことが分かった。

 オレは、ユキからの最後のお願いを、聞く覚悟を決めた。


 ──心残りが、2つあるんだ。1つ目はこの森。

 ──このまま私が死ねば、森からぬしがいなくなってしまう。

 ──そうすれば、この森はやがて死んでしまう。

 ──だからヒデが、この森の新しいぬしになってくれないだろうか。


「……ユキの心残りが消えるなら、オレは喜んでそうするよ」


 ──よかった。2つ目はヒデだ。

 ──このままじゃ、ヒデも呪いにやられて、死んでしまう。

 ──その呪いを、解く方法がひとつだけある。

 ──私が死んだら、私の心臓を食べて欲しい。

 ──そうすれば、私は死んでも、親友の力になれる。

 ──それが最後のお願いだ。


「──わかった」


 ──ありがとう。ヒデと出会えて、よかった。

 ──今はとっても、気分がいいんだ。

 ──嬉しい気持ちでいっぱいで、幸せなんだ。

 ──さようなら。


 ユキはゆっくり息をはいて、動かなくなった。

 オレは、しばらくユキの冷たい体に身を寄せて、それから心臓を食べた。


 もうとっくに、味なんてわからなくなっていたのに、ユキの心臓はおいしく感じた。

 ユキが収穫した食べ物を食べてくれたときに、同じことを言っていた。その気持ちが、いたいほど分かって。オレは泣きながら、ユキの心臓を口に入れた。



§



「これでよし、っと」


 オレは、大樹の横に墓を作った。

 日当たりがよく、時折走っていく風が気持ち良い。そんな特等席に、ユキを眠らせてやれてよかった。

 ユキの心臓を食べたせいだろう。オレは呪いを浄化できるようになっていた。ユキの体に残っていた呪いも、すべて食べて浄化できた。ユキの体を綺麗にすることができた。これで、ユキもこの森に還っていくだろう。


「さて。オレも、仲間たちのところへ帰りますかっ!」


 そういってオレはその場をあとにした。



§



 村に戻ると、みんなオレ体の変化に驚いていた。

 ゴブリンといえば緑色の生き物。そう決まっている。でも今のオレは、ユキの黒い肉を食べたことで、肌の色が浅黒く変わっていた。

 そして、その肌の色を見て、村の人たちは何があったのか、大体を察してくれた。村長むらおさが出迎えてくれて、家に案内された。そこで、起こったことをすべて話した。

 オレが森のぬしになったことで、エルフのみんなは喜んだ。森のぬしがいれば、この森は助かるからだ。オレの報告はおおむね喜んでもらえた。でもひとつだけ。呪いを浄化できるようになったことを伝えた時だけは、村長むらおさも「え?」という顔をした。実際に手近なところで浄化して見せると、誰かがぽつりと「神様」と言った。


 ──オレでも、すごいことだってのは分かるけど

 そんなに驚くことなのか?

 ……まぁ、驚くことなのかなぁ。


 それからオレは、村のなかで、二つ名が神様になった。


 ──ネーミングセンス、小学生かな?


 そう思ったが、言わないでおいた。


 オレは村の周辺から、ユキから貰った浄化能力を使って、呪いを解いていった。そうして、すべての呪いを解き終えたあと、村長むらおさと話をして、今後はこの土地で食物を作るように決めた。

 これで、当初の目的だった、広大な土地を手にいれることができた。

 と同時に、優秀な助手が来てくれることになった。

 リューネだ。

 オレがユキと過ごしている間。リューネは土壌改善の研究を一生懸命行ってくれたらしい。おかげで呪いを解いた後の土壌改善は、スムーズそのものだった。そんなリューネが、村を出てオレと一緒に来てくれることになった。村長むらおさも、神様の役に立ってるのなら、と。リューネが村を出ることを快く許した。


 広大な土地、土作りの才女。

 必要なものが揃った。

 これでやっと、オレの遠征は終了だ。

 思えばリューネと一緒に食料を取りに戻ったときから、かなり時間が立ってしまった。きっとみんなも心配しているだろう。


 ──早く帰って、みんなの顔を見たいな。


 そう思いながら、オレはリューネと一緒に、巣穴へと戻った。

 みんなの顔を見られることを楽しみにしていたオレは、すぐに現実を知ることになった。


 巣穴があった洞窟は破壊され、崩れてしまっていた。

 オレたちの変える場所は、跡形もなくなくなっていた。

 めちゃくちゃになった巣穴を前にして、オレは膝を折った。


 

§



 思えば、巣穴に到着する前から、そこかしこに、戦闘の跡があった。

 でも変だ。

 オレたちは、4つのエリアすべてと手を組んだ。

 いまさらオレたちに攻撃してくる相手なんて、いないはずだ。


 ──いや。まだ、いた。

 オレたちに刃を向ける可能性があるヤツ。

 人間だ。


 無惨な巣穴を前に、なにも考えられなくなったオレの頭に、電気が走るように、疑問が浮かんだ。


 ──みんなは?


 みんなは無事なのかどうか。そのことで頭がいっぱいになり、立ち上がって巣穴に駆けかけより、安心できる発見を求めて必死に岩をどかし、なにか手がかりになるものを探した。


 そんなオレに、後ろから知らない声がかけられた。


「真っ黒な、ゴブリンか?」


 オレは後ろを振り向いた。そこには、軽鎧けいがいに身をつつみ、両目を布のようなもので覆い隠した騎士。それに、目深にフードを被った冒険者の2人がいた。騎士の方がこちらを、興味深そうに見ている。どうやら目隠し越しでも見えているようだった。さっきの声は、どうやらこっちの騎士の声だったみたいだ。


「もしかしてここは、お前の巣だったか。でも、ここにいたゴブリンは全員緑色だった。ということは野良か。それとも、特殊個体か?」


 流麗に響く声。

 でも、その内容は穏やかじゃなかった。

 ここにいた、と。はっきりそう言った。

 ということは、この騎士は少なからず事情を知っている。なんなら、この騎士が巣穴をこんなにしたヤツなのかもしれない。

 最初に、それをハッキリさせる。


「オレはこの巣穴で暮らしていた一人なんだ。悪いが、事情を知っているなら聞かせてくれ」


 オレの声を聞いて、騎士は明らかに動揺を見せた。


「お前、喋れるのか?」

「ああ。オレは答えた。次はそっちの番だ。教えてくれ、何があった?」

「──私が命令して、破壊した」


 ──ほ~ん。お前が巣穴を破壊した、とね。


 水が沸騰し水蒸気が広がるように、頭のなかに熱い湯気でいっぱいになった。

 それでも、気持ちのまま暴れてしまいたい自分を、抑えることができた。

 気持ちのまま行動して失敗した苦い思い出が、ちゃんとブレーキとして働いてくれた。そんな自分を、自分で上から目線で誉めてあげる。


 ──ほ~ん。経験が生きたな。


「理由を聞かせてくれよ」

「この森は、資源豊かな森だ。だから我々、ギゼル帝国がここを治める。抵抗勢力は排除する。そういうことだ」

「なるほどな。一応確認なんだが、ここにいたヤツらはどうした?」


 その質問に、騎士は答えた。


「──殺したよ」


 ──OK。

 言質、頂きました。

 これはもうOKでしょう。

 よく我慢した、オレ!

 もういいや。やっちゃおう☆


 2本のダガーを取りだし、真正面から騎士に切りかかった。

 その騎士に向けられた刃は、騎士のとなりにいたフードを被った冒険者によって止められた。それだけでわかった。この冒険者は、なかなかに強い。


 冒険者は刃を弾いた。

 オレは一度距離を取って、状況判断を行う。

 この冒険者は、なかなに強い。それに、恐らくだけど、騎士はそれ以上に手練れだろう。

 1対1なら負ける気はしないが、2対1だと、どうだろう。もしかすると不利かもしれない。一旦引くのが賢いが。


 ──まぁ、どうにかなるでしょう!


 改めて刃を構えた。

 そこへ、冒険者が前に出てくる。


「このゴブリンは、なかなかできるみたいです。私に相手をさせてください」

「──そうだな。無理はするな。危なくなったら引け。それだけが条件だ」

「ありがとうございます。帝国のお役に立てることを、光栄に思います」


 冒険者はそういうと、こちらを向いて剣を構えた。

 そうして、なにかを訴えるように、言った。


「──悪いなゴブリン。恨みはない、恨んでくれて構わない。死んでくれ」


 ──え?

 ちょっと、待って。

 待って、待って、待って、待って!

 それ、以前に聞いたことある台詞だぞ!

 なんで!? なんで、お前がそれを言うのよ!?


 オレの心の準備が中途半端なまま、答え合わせはやって来た。


 冒険者はフードを脱いだ。

 そうしてオレに向けられたその目は。

 仲間を守るため、必死だったあの目が。

 今は薄暗く濁っていた。


 その冒険者は、ミラだった。

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