第27話 ユキと一緒

 それからしばらく、オレとユキの生活が続いた。

 オレは畑で食べ物をつくって、ユキに食べさせる。

 ときどき、黒い森の方にも行ってみて、そこで採れた黒い呪いのついた実を、どうにか食べられるようにならないか、工夫もしてみた。

 その結果、外側が呪いで黒くなっていても、中の種は無事なものがいくつかあり、その栽培に成功した。そうして収穫できるものの種類が増え、食事に彩りができた。

 畑も大きくなり、寝床も充実した。

 順調そうに感じた。


 ──ユキの体が、日に日に短くなっていくこと以外は。



§



 オレは意を決して、ユキに聞いてみた。


「なぁ、ユキ。その黒い部分は、もう絶対に治らないのか?」


──この呪いを受けて、変質してしまったものは、もう元には戻らない。

──生まれ落ちた子供は、もう母のなかには還らないように。

──一度芽が出た植物は、もう種には戻らないように。


 ユキは、一呼吸おいて、続けた。


──でも、そんなことは、私にはたいした問題じゃないんだ。

──私が嫌なのは、土に還れないことだ。

──呪いを受けた部分は、私が死んだあとも、土へは還らない。

──そうしてずっと、残り続けてしまう。

──大地から受けた恵みを、大地に返せずに終わってしまう。

──でも、私が食べて浄化すれば、土に還すことができる。

──だから、私は生きているうちに食べて、浄化したいんだ。


 そういってから。

 ユキははっきり言った。


──これは私の、死に支度じたくなんだ。


 うすうす勘づいてはいたが、そうはっきりと言われると辛かった。

 オレはユキを治してやりたくて、色々やって来た。

 でも、いっしょにいるようになって分かった。

 ユキはもう治らない。

 体の半分以上が、もう呪いで黒くなり、機能していないようだった。

 オレにできることは、ユキにうまいものを食べさせてやることだけだった。

 毎日、ユキが黒い部分を食べて苦しむ姿と、オレの食べ物を食べて美味しそうに喉をならす様子を見続けた。


 そうしたある日、ユキは昼間に目を覚まさなかった。

 昼を過ぎた頃に、オレは怖くなって、初めてユキの体を揺さぶった。

 起きなかったらどうしようか。そんな不安があったが、ユキは目を開けてくれた。


 ──ああ、今日はずいぶん寝てしまったようだね。

 ──ヒデに、心配をかけてしまったようだ。すまない。


 ユキはそういうと、黒くなった尻尾を口の前に持ってきた。

 その尻尾を口に入れようとしたが、尻尾も口も、力なく地面に落ちた。


 ──ああ。困ったな。


 ユキは穏やかにそういった。


「なぁ、ユキ。それは、絶対やらないといけないのか? ユキの言っていたこと、嘘じゃないとわかってる。でもユキは、誰にも迷惑をかけたくないから、やっている気持ちもあるんじゃないか? あとが残れば、誰かが迷惑をするって。そう考えてやっている面も、あるんじゃないか? オレはそんな気がしてるんだ。違うか?」


 ──そうなのかもしれないな。私もそうなのかもしれないと思うよ。

 ──どっちが本当の気持ちなのか、私にもわからないんだ。


「だったらもう、いいよ。ユキは十分頑張ったよ。だから、もうこんな苦しいこと、しなくていいよ」


 ──ありがとう。でも、ひとつ確かなことがあるんだ。

 ──これは私を、自分でしたいと思っている。

 ──したいからしているんだ。それは確かなんだ。

 ──だからヒデが、気に病むことじゃないじゃないんだ。

 ──心配してくれて、ありがとう。


「オレがもし全力で止めたら、ユキはやめてくれるか」


 ──やめないよ。やりたいことをやって生きるんだ。

 ──それが、私にとって、いちばん幸せなんだよ。


「──わかる。オレもそうだもん」


 オレはユキに笑って見せた。


「だったら、オレがやりたいことをやっても、ユキは止めないよな」


 それから、オレのやりたいことをやった。

 ユキの尾の黒い部分を、ナイフで切り取った。


 ──なにを、するつもりだ?


「言ったはずだ。オレはやりたいことをやるって」


 そういって、切り取った黒い肉を、口のなかに入れた。

 体が全力で、飲み込むのを拒否している。

 それを無視して、無理矢理に飲み込んだ。


 ──なにをしているんだ! それは、ヒデには猛毒だ。

 ──浄化する能力のないヒデが食べても、意味がない。

 ──ヒデの苦しむ姿を見たくない。やめてくれ。


「それは間違いだよ、ユキ。ゴブリンの消化能力は伊達じゃない。どんなものでも、口にいれたら消化して、自分の血肉にする。それにオレは、食べて強くなってきた。だったら、この呪いだって食べて、消化して、強くなって見せる。オレはユキを止めなかった。だからユキも、オレを止めるな。それがフェアってものだろ」


 ──すまない。ヒデ。

 ──もう少しだけ、前だったら。

 ──私はヒデを止めただろうな。

 ──でももう、その力はなくなってしまった。

 ──だから信じるよ。ヒデの言葉を。

 ──ヒデが言うと、なんだかそうなりそうな気がするから。


 そう言い終えると、ユキの体は樹からするするとほどけていった。

 そんまましからなく、地面にぺたりとついて、動かなくなってしまった。


 ──もうヒデのまえで、虚勢をはることもできないみたいだ。


 オレは急いで食べ物を収穫して、ユキの口のなかに入れた。

 ユキは辛そうにしながら、それを飲み込んだ。

 そうして、嬉しそうに喉をならした。


 オレは、ユキが食べられるあいだは、ずっと食べ物を口に入れ続けた。

 やがてユキが眠った。

 ユキの寝息を確認したところで、オレは倒れた。



§



 オレとユキの生活が変わった。

 ユキはもう、体を起こすことはなかった。

 起きる時間も不定期になった。オレはユキが起きたときに、食べ物を収穫して口のなかに入れた。ユキが満足そうにして、そうしてまた眠りに落ちるのを見守った。

 と、同時に。ユキの黒い肉を食べていった。


 オレの目論みは、成功していた。

 ゴブリンの消化能力は一級品だ。その消化能力でさえ、黒い肉を消化するのは大変だった。でも幸い、できないわけじゃなかった。

 体が受付を拒否しているものを無理矢理入れる。黒い肉を消化していくことで、全身にさまざまな異常が出た。

 時には激痛で、七転八倒したこともあった。それでもオレは、黒い肉を食べ続けた。


 そんな生活を送り続けていたら、体の見た目に、変化が現れた。

 体は黒く変色し、筋肉は弱り、体は細くなり、体力と抵抗力が落ちていった。

 それでも、ユキにうまいものを食べさせたかった。

 畑に種を植えて、収穫をし続けた。


 でも、ある日、体に力が入らなくなった。

 ──あっ。これ、やばいヤツだ。

 そう思った次の瞬間には、視界が真っ暗になった。



§



 ──ヒデ。


 夢か現か。どちらともわからない状況で、オレを呼ぶ声だけが聞こえた。返事はできなかった。うまく力が入らない。ただ、暖かい柔らかな水のなかで、ふわふわと浮いているようだった。


 ──起きてくれ。


 その声は、オレを心配してくれてた。

 そうだ。オレには待ってくれている人がいる。オレは、まだ楽になっちゃいけない。

 体に力をいれる。ぼんやりとした感覚があった。何度もなんども繰り返していくうちに、感覚がはっきりしてくる。それと同時に、オレを呼ぶ声が、鮮明になった。

 オレは、目を開けた。



§



 目を開けると、オレの体に、ユキが優しく巻き付いていた。オレの顔のすぐ横に、ユキの顔があった。オレは、重たい体を動かしてユキの頬を撫でた。


「たすけてくれたんだね。ありがとう」


 ──……よかった。ヒデが無事で、よかった。


 ユキがそういうと、オレを包んでいた体温が下がっていくのを感じた。


 ──……大切な、親友に、最後のお願いが、

 ──……あるんだ。聞いてくれるかい。


 オレはなにも言えなかった。

 ただ、覚悟をもって、うなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る