第26話 心の燃料


 この森のぬし、ユキと一緒にいることになった。

 ユキは、よろよろと頭を持ち上げると、オレを森の奥へと案内した。


 ユキのあとをついていくと、開けた場所に出た。

 その場所では森の中なのに、空を覆うような木々はなく、陽の光がしっかりと差し込んでいた。真っ黒な森のなかで、そこだけは黒いヘドロのようなものはほとんどなく、木々は青々としていて、空気も澄んでいた。

 その場所の中央には樹齢何百年か、それとも何千年かというような、大樹があった。

 太く大きい樹は御神木といえるような、厳かな雰囲気があった。

 ユキはその樹にするすると巻き付いた。

 そうすると、ユキは安心したような様子を見せた。


 ──抱き枕みたいな感覚なのかな。


 ユキは樹に巻き付いたまま動かなくなった。

 寝てしまったのだろうか。

 オレは、ユキを起こさないように、静かに辺りを探索した。

 近くには小川が流れていた。

 ここから水の確保はできそうだ。黒いべちょべちょに覆われていない地面もある。これならば、ちょっとした畑を作ることができそうだ。

 早速、ダガーを使って、土を掘り返し始める。小さいながらも畑ができると、森のなかを歩いて、畑に植えるもの探した。幸い、リンゴのような果物を見つけたので、その種を植えて、水をあげた。


 ──これでよしっと。


 畑の方はやることをやった。次に、雨風をしのげるような簡単な小屋を作り始める。まずは、固くない地面を見繕い、浅く掘って柔らかくし、その上に樹の葉を敷いて、寝床を作った。

 それが終わった頃には陽が傾いていたので、そのまま、寝床で横になった。種が成長して、収穫できるようになったら、どう食べようか。そんなことを考えたらながら、目をつむった。



§



 ミシミシ、という音に気がついて、目を覚ました。辺りは暗く寒い、まだ夜中のようだ。その音は大樹の方から聞こえていた。見ると、ユキが何かに耐えるように、大樹にきつく巻き付いていた。ユキの巻き付く力に、大樹が軋んでいる音だった。

 ユキがときおり、息をはくように辛そうに頭を持ち上げて、声なき声をあげているような仕草を見せる。そのようすは、痛みに耐えているような、そんな感じに見えた。オレはそれを、見守ることしかできなかった。



§



 不安な夜は終わり、朝が始まった。

 ユキの様子は、今は落ち着いている。それを見届けてからオレは、畑を見に行った。種は成長して、盆栽くらいの大きさまで育っていた。見ると、小さいながらも実をつけている。オレが植えた植物は成長が早くなる。恐らく、植物に栄養を与えることが、食べさせると同じ解釈になっているのだろう。たぶん。我ながらこの能力が恐ろしい。この能力があったからこそ、急激に仲間を増えたときにも、なんとか食料を安定させられたのだ。とはいえ、やり過ぎて土地を痩せさせてしまったので、一長一短ではある。

 まぁ、それは置いといて。

 この調子で成長してくれれば、昼過ぎには収穫できそうだ。明日にはもっと収穫量を多くできるように。それに、多くの種類の作物が作れるように、畑を広げようと思う。

 今日やることは、収穫と畑の拡大と、小屋作りの続きだ。

 楽しみだ。


 そんなことを考えていると、頭のなかで声が聞こえた。


 ──おはよう。よく眠れたかい。


「ああ。ばっちり眠れたよ。ユキはどうだ?」


──ああ。不思議と調子がよかったよ。君のお陰だ。


「だったらよかった。畑を作ったんだけどさ、昨日植えた種が、ちょっとした木になって実をつけているんだ。成長が早くてビックリしている。でもおかげで、昼過ぎくらいには収穫できそうだ。だから、お昼には取れたてを食べさせてやるぜ」


──そうか。それは楽しみだ。ならば私は、昼過ぎまで眠るとしよう。


 ユキはそういうと、また静かになった。

 オレは、ユキを起こさないように、オレの仕事を始めた。



§



 昼過ぎ、小さな畑の植物は大きな実をつけた。

 この樹の周りは他の場所と違って、日当たりもよく土も肥えていた。できた実もパンパンに膨れている。見ただけで、美味しいのがわかるできだった。

 これはとれたてを丸かじりだな。

 そんなことを思っていると、ユキが身じろぎをした。どうやら起きたようだ。


「おはよう。ちょうど昼飯にしようと思ってたところだ。お腹すいてるか?」


──ああ。そうだな。空腹を感じたのは久しぶりだよ。


「絶対うまいぜ。ほら」


 オレは実を取って、ユキに差し出した。

 ユキが、ほんの少し笑ったような気がした。


──そのまえに、やることがあるんだ。

──少し驚くかもしれないが、どうか気にしないで欲しい。


 ユキはそういうと、自分の尾を口許へ持ってきた。

 その尾は、ほとんどが、黒い色をしていた。

 シロはその黒く変色した部分を、口のなかに入れ、食べた。

 オレはユキが何をしているかわからなかった。だから、ただ見てることしかできなかった。

 一口、二口。そうして、ユキの苦しげな表情といっしょに、樹が締め付けられ、ミシミシと音をたてる。三口目を食べたところで、ユキは尾を離した。短くなった尾が、力なく地面に垂れ下がった。


「大丈夫? か?」


──ああ。もう慣れた。痛みもない。味も感じない。

──私の体は、呪いにむしばまれている。

──呪いを解くには、体のなかで消化するしかない。

──だからこうして、呪いにかかった部分を、食べて浄化しているんだ。


 そういうと、ユキは首を地面まで落とした。

 それから、深く息を吸って、ゆっくりはいた。


──空腹も味も忘れた。そう思っていたのに。

──君がくれる食べ物だけは、美味しいと思えるし、食べたいと思えるんだ。


 そういって、チロチロと舌を出した。

 オレは、沸き上がったモヤモヤをすべて押し殺して、笑顔を見せた。


「すげぇうまいから。ほら」


 ユキの口のなかに、できた実を入れてやる。食べ物を食べると、シロは喉を鳴らして、嬉しそうに尾を震えさせた。


「まだあるから、どんどん食ってくれ」


 オレは、できた実を全部取って、ユキの口のなかに入れた。口のなかにリンゴもどきが入っていく度に、ユキは嬉しそうな表情をした。そんなユキを見ているだけで、オレも嬉しくなった。


 ──ああ、私としたことが。

 ──君の分を忘れて、食べてしまった。

 ──本当に申し訳ない。


「いいんだよ。オレはユキが美味しそうに食べてくれる様子を見れて嬉しかったから。また作るよ、今度はもっといっぱいに。ここは日当たりも良いし、土も良いんだ。今日は畑を広げるつもりだから、もっと色々なものを、もっとたくさん食べれるようになるから。期待してて」


 そういって笑顔を作ると、ユキは舌をチロチロさせた。

 そうやら、喜んでくれているみたいだ。

 そんなユキのようすが、オレの心に燃料になった。


 ──食べたら、眠くなってしまった。

 ──また、しばらく眠るよ。


「ああ。目が覚めたら、またいっしょに飯を食おうな」


 ユキが笑ったような気がした。

 ユキはそのまま、樹に巻き付き静かになった。


 さて。オレもやることをやろう。ユキの嬉しそうな顔を見れて、オレのやる気メーターはMAXのMAXだ。畑を大きくして、寝床を充実させて。


 もっともっと。ユキに食べさせてやるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る