第25話 ユキ

 黒い森のなか。そこで出会った森のぬしは、苦しんでいるように見えた。

 苦しんでいるぬしを助けてやりたい。そのためには、どうにかして、森のぬしの口のなかに、食べ物をいれないといけない。


 オレは深呼吸をして状況を整理した。

 主の動きは、体をよじるようにして、ぶつけてくることだけ。

 オレはそれを掻い潜り、ぬしの口のなかに食べ物をいれる。

 ただ、足元が不安定で、そんなに動くことができない。

 さて、どうするか。


 オレができることは多くはない、だからこそ、やれることは明確だ。オレはバックからダガーを2本取り出す。そのうちの1本はミコの喉を裂いたダガー。もう1本は村から護身用にと、渡されたダガーだった。その2本を両手に構えて、次の体当たりに備えた。


 白蛇はのたうちまわるようにして、体をぶつけてくる。その動きに合わせて、ぬしの体にダガーを突き立てて、とりつこうとした。

 白銀の鱗に覆われた部分がぶつかってくる。タイミングを合わせて、ダガーを突き立てる。だが、刃は鱗に弾かれしまい、オレは弾き飛ばされてしまった。


 ──っ痛ったぁ。やっぱ、鱗は固すぎて無理か。

 だとすると、狙い目は黒いところだな。

 チャンスが来るまで、耐えの時間だな。


 2度目も、白銀の鱗に覆われた部分だった。ダガーを刺そうとしたが、やはり鱗に弾かれてしまった。

 3度目でやっと、黒い部分がぶつかってきた。タイミングを見計らって、ダガーを突き立てる。思った通り、ダガーは黒い部分に食い込み、オレは白蛇の体に取りつくことができた。

 激しく動き回る白蛇から振り落とされないように、ダガーを突き立ててしがみつく。動きが弱まったところを見計らって、ダガーを抜いて、少し前に突き刺す。それを何度も繰り返しながら、何度も振り落とされかけながら、オレは目の後ろ辺りまで進めた。


 さて、ここからもうひと山、だ。

 食べ物を、どうやって口のなかにいれるか。それが問題だ。口の前まで行ければ、そのまま投げ込むことはできる。でも、黒い部分は目の辺りで終わっている。口の先まで行くのはかなり難しい。

 かといって、他の良さそうな方法もちょっとわからない。一体どうすれば。

 って。あるじゃん。確実に口のなかに食べ物をいれる方法が。

 黒い部分は目の周辺で終わっている。そしてその目の下辺りに、口の端がある。つまり、目の辺りまで進んで。そこから、れば確実に食べさせることができる。

 ちょっと危険だけど──。


「まっ、なんとかなるっしょ!」


 オレは自分に言い聞かせ、実行した。

 いち、にの、さん。で口の端から、中へと飛び込む。


 口の中に入った瞬間、胸が痛くなる。

 片側の歯茎は爛れて、歯がごっそり抜け落ちている。

 でも今は、感情に流されている場合じゃない。オレは残っている歯にしがみつきながら、バックから持ってきた食料をすべて出して、口の奥に投げ入れた。

 それからしばらくして、あんなに暴れまわっていた白蛇は、気を失うように倒れた。

 急に倒れたので心配だったが、大丈夫、息はあった。

 それに呼吸は規則正しくて穏やかだ。

 苦しくはなさそうな様子に、安心した。



§



 白蛇の口から外に出た。

 オレは、鼻先を優しく撫でた。少しでも楽に眠れるように。そう思いながら、鼻の先をなで続けた。

 どのくらいそうしていただろうか。

 白蛇は目を開けて、こちらを見た。


──小鬼ゴブリン、か。


 頭のなかに響くような、そんな不思議な声だった。


──ずいぶんと、久しぶりに、腐肉以外ものを食べたよ。

──美味しいと感じたのは、本当に久しぶりだった。ありがとう。


「よかったら、もっと食わせてやるよ」


──いや、その気持ちだけで十分だよ。

──この先、長くないから。


「そんなこと言うなよ。オレの料理を食ったら、絶対元気が出てくるからさ。体、悪いんだろ。オレが栄養があって、うまいものをいっぱい食べさせてやるからさ。そうしたら、今よりもずっと元気になれるから」


──そうか。ありがとう。

──君は不思議なヤツだな。

──君がそういうと、なんだか本当に、そうなりそうな気がする。


「気がするじゃなくて、なるから」


──わかった。そんなに言うのであれば、ひとつだけお願いしたい

──食べ物はいらない。ただ、少しの間、一緒にいて欲しい。


「わかった。一緒にいる。でも、オレからも約束。オレ、食べ物も持ってくるから。一緒に食べようぜ」


──君は本当に面白いヤツだな。私の方が強いのに、なんだか君には敵わない気がする。

──君がそれを望むなら、できうる限り、そうしよう。


「よかった。オレ、ヒデって言うんだ。そっちの名前は?」


──名前か、懐かしいな。

──私の名前は、ユキだ。


「オーケー。よろしく、ユキ」


──よろしく。ヒデ。


 こうして、オレとユキの生活が始まった。

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