第24話 森の主

 村長むらおさの話を聞いて、オレは呪いに蝕まれているという森のぬしを治すことを決意した。

 思い立ったら即行動。そうして今は、森のぬしの所へ向かっている最中だった。

 でも、ちょっとだけ困っていた。

 森のぬしのところまで、道案内をしてくれるのは、リューネだった。


 オレは、リューネと2人で、森のなかを進んでいった。時々話しかけるが、リューネからの返事は素っ気ない。

 以前に、かなり手厳しいことを言ってしまってから、2人の間には、なんとも言えない微妙な空気が流れてしまっている。そんな微妙な空気のなかで、進んでいき、休憩をとることになった。


 オレは持ってきた食料をリューネに差し出した。


「大丈夫。自分の分は自分で持ってきてるから。」

「そうか。なんかごめん」


 飯はうまいが、気まずい。

 まぁでも、何かしないと、なにも変わらないからな。

 オレはダメもとで、リューネに話しかけ続ける。


「村は、まだ出たいと思っているのか?」

「ヒデさんには関係ない」

「オレはそうは思っていない。オレは自分のために、他人を利用するヤツは好きじゃない。でも、リューネの応援はしたいと思っている。だから、いつだっていい。もしリューネが村を出られるようになったのなら、オレのところに来て欲しい。そう思っている」

「わからない。ワタシのどこがすごいの?」

「リューネの話は聞いたよ。土壌の改善については村一番だって。もし呪いがなくなったら、リューネなら痩せた土壌を元に戻せるかもしれない、って。リューネがやることをすべてやって、その上でもし村を出るなら、今度のはその力を、オレたちの場所で使って欲しいと思っている。オレはリューネに、オレたちのところに来て欲しいと思っている」

「──ワタシの知識は、ヒデさんの役に立つの?」

「ああ。オレだけじゃない。みんなの役に立つ。リューネの協力があれば、みんなにうまいものを腹一杯に食わせてやれる。オレはリューネに手伝ってもらって、もっと多くのヤツらを、腹一杯食わせてやりたいんだ」

「──そっか。ワタシでも、ヒデさんの役に立てるんだ」


 リューネは視線を落として、それから静かに息をした。


「実はずっと考えていたんだ。ワタシが村を出たい理由。ワタシはきっと、ただヒデさんと一緒にいたかっただけなんだって。はじめて見た外の世界がキラキラしていて。そこに連れ出してくれたヒデさんに、憧れていたんだって。だから、村を出るっていうのは、たぶん言い訳だったんだと思う。でも、ワタシがヒデさんの力になれるって分かって、嬉しかった。ワタシ、決めた。ヒデさんが帰ってきたら、村を出るって。そして、村の土壌を改善しながら、ヒデさんのところの土地も改善する。そうして、ヒデさんのところでできた作物を、村に持ち帰る。そうすれば、ヒデさんの役にも立てるし、村にとってもヒデさんのところの食べ物が定期的に入ってくれば、喜ぶと思うから」


 オレはそういって笑顔を見せたリューネに、成長を感じた。リューネは自分の進む道を見つけて、その道を進むと決断した。そんなリューネを、もう少女だとは思わなかった。

 立派な成人だ。


「ありがとう。一緒にうまいものを作っていこうぜ」


 オレは、目標を共有するパートナーとして。

 リューネに手を差し出した。

 リューネはその手を握った。

 かたい握手を交わした。



§



「なんで。なんでこんなことに」


 リューネは、その光景を見て、驚いていた。

 いや、リューネでなくても、そうだろう。

 森のぬしへ繋がる唯一の場所だという橋は、真っ黒に汚染されていて、ところどころで、ミミズのようなものが這っていた。

 見るからにヤバイ。そして、この橋もヤバそうだが──。

 オレは橋の向こう側を見た。

 その先は、黒い森だった。


「リューネ、ありがとう。ここまで来れば、大丈夫だから」


 オレはそういって、真っ黒い橋に体重をのせた。

 耐久面は大丈夫そうだ。これなら途中で崩れることもないだろう。


「そんじゃ、いってくる。必ず帰るよ」


 そう言ってから気がついた。

 帰れる気がしないときに、こんな言葉になるんだ、と。



§



 まるで森全体に、ペンキでもかけたような、見渡す限りの黒だった。

 なぜか所々で木がなぎ倒されている。生き物がいる気配もなければ、木々が風に揺れる音もしないのに。でも、その原因には、すぐに遭遇した。

 静かな場所だったからこそ、その異変にすぐに気がつけた。


 まるでスキーでもしているような、なにかが滑って来る音。

 その音に向かって、身構えたる。

 それからすぐに、巨大で白く長い生き物が現れ、オレに向かって体当たりをしてきた。しっかり防御姿勢で受けたものの、それが良くなかった。足場が弱く滑ってしまう。それから、勢いそのままで突き飛ばされ、木のようなものに体を打ち付けられた。


「──っ。痛ってー」


 立ち上がって、それからやっと、目の前の巨大な白い長い生き物を見た。

 それは、まるで竜のようだった。

 実際には翼も足もない。だから蛇と言う方が正しいのかもしれない。でも、その巨大な体躯や綺麗な白銀の鱗、そして何よりもそこにいるだけで威圧感がある。そのすべてが、目の前の巨大な白蛇を、まるで竜のようだと思わせた。

 そして、その白蛇の半分以上が、腐敗して黒に変色し、ただれて悪臭を放っていた。


──死んで、ゾンビ化した?

いや、村長むらおさの話では生きているっていっていた。

だとしたら、こんなにもひどい状況だったのか。


 白蛇は苦しげに空に吼えるような仕草をした。それから、苦しさにのたうつように、体をよじり、こちらへとぶつけてきた。

 避けようがない。

 そのまま真っ正面から受けて、吹き飛ばされた。


「あー! もう、最悪っ」


 ダメージこそあまりないが、受けきるしかないのが厄介だ。

 どうしたら。


 そこで、ハタと気がついた。

 何かがおかしい。そのおかしさの正体を考えた。

 そんなオレを、白蛇は体をよじりまた弾き飛ばした。


 ──そっか。ダメージだ。


 さっきから何度も弾き飛ばされているけど、ダメージはあんまりない。まるで、こちらを倒すことが目的じゃないみたいだ。

 それに、さっきから。目の前の白蛇は、苦しそうだ。


「お前さ。そんなに、辛いのか?」


 白蛇は、また、空に向かって吠えるような仕草をした。声は出ていなかった。その代わりに、その口からは血のような液体が吐かれた。


 やっと理解した。

 この白蛇は、苦しんでる。

 だったら、助けてやりたい。

 そのために、オレができることはひとつだ。

 オレが直接、食べ物を食べさせる。


「待ってろよ、今、なんとかしてやるからよっ!」

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