第22話 なんですとぉ!

 大きな黒マリモから、夏の日焼け肌のような褐色肌で、とんがり耳の少年が出てきたら、普通はどう思うだろうか。

 普通、驚くだろう。

 オレは驚いた。

 なんなら、本人が一番驚いているようだった。

 少年は、自分の体を見て、わなわな震えている。

 感動してるっぽい。

 とりあえず頭を撫でておく。


「なんかよくわからないけど、良かったな」


 少年はこちらを見た。

 なんか、目に涙が溜まってキラキラしている。よっぽど嬉しいようだ。

 そんな少年は、とんでもないことを言った。


「ゴブリンさん、お願いです。村を助けて下さい」


 ──はい?

 急にどうした?



§



 少年から詳しく話を聞いた。

 なんでも、少年の村ではみんな黒マリモらしい。生まれたときは普通だが、生活していくとだんだん黒い毛のような苔が、全身に生えてきてしまい、最後は黒マリモになってしまうらしい。黒い苔のは体から養分などを吸い出して、弱らせてしまうらしい。そんな厄介なものだが、抜くこともできなければ切ることもできないらしく、一度着いたら、絶対に落ちない。あとは死ぬまで黒マリモ、とのことだった。


 なるほど。そんなものが落ちたら、そりゃ驚くわけだ。

 そんなに体によくないものを体から取り除くことができるかもしれない。それがわかった少年は、村のみんなの苔を落として欲しいと、そう言ってきたのだ。

 いいでしょう!

 困っている人がいるなら、力になりたい。

 オレは少年に協力することにした。

 少年の案内のもと目的の地の村についた。

 少年と一緒に町に入ると、少年の代わりに黒マリモ(大人サイズ)が出迎えてくれた。そしてオレは、手黒マリモにを引かれながら、牢屋に案内された。

 あれ?

 話が違くない?



§



 牢屋と言っても、鉄格子があるわけではない。廃屋に、中からは簡単に出られないようにするため、窓には×印に木を打ち付けて、出入り口にはかんぬきがあるだけだ。簡易的な牢屋だった。

 なぜ閉じ込められたのかはわからない。でも、よくよく考えたら、この村はかなり閉鎖的な様子だった。きっとわけあって、よそ者を歓迎しないのだろう。そんなところに、オレというよそ者が来て、そのよそ者が、村人の苔を落とせるかもしれないということで、扱いに困っているのかもしれない。

 まぁ、すぐに何かしらのイベントがあるだろう。

 オレはそう思い、とりあえず寝て待つことにした。



§



 オレは、ノックの音で目を覚ました。閂がはずされて、扉が悪。そこには、食料を持った黒マリモがいた。


「せっかく来てくれたのに、こんな仕打ちをしてしまい、申し訳ありません。お腹がすいているかと思い、食事をお持ちしました」


 その黒マリモは丁寧な言葉遣いだった。


「ご厚意感謝致します」

「いえいえ。外の者が来るのは珍しいので。お食事をしながらで構いません。よければ少し、お話をさせていただいても?」

「もちろん」


 オレは出された食事をみた。

 すべて火が通されていて、所々が焦げていた。

 オレの様子を見て。黒マリモは話しかけてきた。


「ここらでとれるものは、全部この、苔のような悪いものがこびりついているんです。だからこうして火を通さないと食べれなくて。見た目は悪く、お口に合うかもわかりませんが、どうぞ召し上がって下さい」


 オレはそう勧められて、食べ物を口に入れた。その瞬間、苦味を凝縮したような、ひどい味が広がった。ゴブリンは食に関しては本能が働く。体に良いものは美味しく感じるし、体に悪いものには拒否反応が出る。この食べ物は、体に悪いことが、直感的に分かった。

 口に入れた濃縮された苦味を、噛み砕いて飲み込んだ。


「なかなかの味でしょう。ここでは生きているものはすべてこうなります。ここの食べ物も食べている限り、貴方もいつかは、私たちのようになります。手荒な方法をとってしまい、申し訳ありません。でも、これでお分かりになったでしょう。ここでは、外の者を迎い入れられる場所ではないのです。申し訳ありませんが、お帰りください」


 なるほど。外部の者を拒むのにも、やむにやまれぬ理由があってのことだったみたいだ。こちらのことを思って、来ると言ってくれていることがわかった。

 でも。

 オレは、ここでやりたいことがある。相手の気遣いだとはいえ、「はい、そうですか」と帰るほど、半端な覚悟で来た訳じゃない。

 オレは、ここのぬしと話をするために来た。

 相手の気持ちはわかった。だからこちらも、その気持ちを上回る、覚悟を見せる必要があると思った。

 

 オレは、出されたものを、順番に口のなかに入れた。

 粗食して、飲み込む。

 次の食べ物を口のなかにいれて。しっかり噛んで、それから飲み込む。

 そうやって、出されたものをすべて食べきった。


「ごちそうさまです」


 そのようすに黒マリモが驚いていることが、雰囲気で分かった。


「全部食べていただけるとは、思っていませんでした」

「私の話を、聞いてもらえますか?」


 その言葉に、黒マリモは頷いた。

 オレは、作物を作る土地を求めて、このエリアのぬしに会いに来たこと。その上で、さっきの出来事から、自分の力を使って役に立てることがあるのなら、役に立ちたいと思っていることを、伝えた。


 相手はまだ、オレを信用していないのは、何となく分かった。だから、隠し事をせずに、すべて話した。それだけで状況が好転するとは思っていなかった。信用は、すぐには得られない。だから、やれることをやって、少しずつ信頼を得ようと思った。

 でも現実は、オレが思っているよりも、もっと手っ取り早かった。


「申し遅れました。私がこの村のおさであり、この周辺のぬしでございます」


 なんですとぉ!?



§



 そこから事態は急速に進んだ。

 ぬしはオレのことを認めてくれた。

 その上で、村人達全員の黒い苔を落とすように頼まれた。

 黒い苔はオレの食べ物を食べさせれば落ちることは、すぐにわかった。

 だが、そこで問題が起こった。

 村人50人の黒い苔を落とすには、持ってきた食料だけでは足りなかった。オレは子供と病人に優先して黒い苔を落としたあと。足りない食料を取りに、一度帰ることにした。


「食料を持ってくるなら、人手が必要でしょ! 私、付いていく!」


 そういって、譲らない少年。

 まぁ、確かに人手はあった方がいいかもしれない。

 それに少年も、外の世界を見てみたいようだった。

 少年の世界を広げつつ、仕事もはかどるのであれば、一石二鳥だ。

 オレはぬしに許可をもらって、それから少年と一緒に巣穴に戻った。



§



「ただいま~」


 その声にトモミんが駆け足できた。

 それから「おかえり」よりも先に飛びついて抱き締められた。


「約束通り、元気にしてたよ」

「よかった。無事に帰ってきた」


 そんなに心配してもらえると、嬉しさ半分照れ半分だ。


「でもごめん、実はまだ途中なんだ。すぐに戻らないといけない。それはそうと。トモミんは大丈夫だった?」

「うん。私は大丈夫。それよりね。ダイフクが、狼もどきのぬしを引き継いで、新しいぬしになったの」

「マジか! それは誉めてやらないと」

「うん。ダイフク頑張ったから。いっぱい誉めて、撫でてあげて」


 そう、嬉しそうに報告するトモミんの頭を撫でた。それから。


「トモミんも頑張っただろ。ありがとう」

 

 トモミんの額に唇をつける。トモミんは驚いたような顔をしたあとに、顔を赤くして、それから思いっきりハグをした。

 トモミんが落ち着くと、一緒にきた少年に気がつき、急にオレから離れた。

 オレはトモミんに少年を紹介した。


「あのエリアに行って出会った子。そうえいば名前は?」

「リューネ。よろしく……」


 リューネはそういって、トモミんに頭を下げた。

 えらいなぁ。


「こちらはともみん。オレのパートナー」

「トモミんです。よろしくね」


 トモミんが笑顔でリューの頭を撫でると、リューは顔を赤くして下を向いてしまった。

 ほぅ。少年よ、トモミんを直視できないか。

 わかるぞ、その気持ち。ういうい。


「戻って早速だけど、リューネの村に食料を届けなきゃいけない」

「──わかった。絶対に戻ってきてね」

「おうっ!」


 オレはトモミんと別れたあとに、倉庫にある食料をありったけ袋に詰めて、リューネと一緒に村に持ち帰った。



§



 村で残りの村人たちに食べ物を与えて、無事全員の黒い苔を取ることができた。その日はみんなで喜びあい、残りの食料で、ちょっとした宴が開かれた。


 宴会の席。

 オレはちょっと離れた木ノ上で、宴会の楽しげな様子を見ていた。


「うるさいのは、苦手?」


 そういってあらわれたのは、リューネだった。


「う~ん。騒がしいのも嫌いじゃないけどね。でも、みんなと一緒に騒ぐよりも、ちょっと離れて、みんなの幸せそうな顔を見ていたいと思って」

「でも、みんなは──ヒデさんのこと待ってるよ」

「ありがとう。気持ちだけ貰っておくよ」

「ヒデさんって、変わった人ですね。歓迎されているんですから、普通なら、喜んで行くと思います」

「そうかもね。でもオレは、周りに合わせて行動するよりも、やりたいようにやってる方が性にあってるから。それにさ、本当に会いたいと思ってる人は、こうやって会いに来てくれるわけだろ。それでいいんじゃないかな」

「──そう、かも」

「リューネも手伝ってくれてありがとうな。本当に助かった」

「本当に、助かった?」

「もちろん」

「じゃあ、ひとつ。お願い、聞いてくれる?」


 お願い?

 なんでしょう?

 リューネは妙にもじもじして。くねくねして。

 それから大きく息をついて。

 「よしっ」と気合いを入れてから、言った。


「ヒデさん。ワタシと、婚約してください」


 ──なんですとぉ?

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