第3章

第21話 未踏の地へ

 オレとトモミん、ミコ&ニコ、ダイフクとコリシン。

 この六者で長テーブルを囲み、真剣な話をしていた。


「現在、我々は重大な問題を抱えている。主食である、芋の味が落ちてきている。正直、かなりヤバいと思っている」


 オレの一言に、全員が「えっ?」という顔をする。

 ダイフクを除いた全員が、何事か、と表情をする。


「主食である芋、この芋ができるまで、つまり植えてから収穫まで、何日でできる?」

「3日もあれば、収穫できるようになるよ」トモミんが言った。

「そう、3日。これを3つの畑でローテンションしながら、食べている。一見うまく回っているように見える。でも、よくよく考えてみてほしい。畑は絶えず芋を作り続けている。これじゃあ、24時間労働と一緒だ。土地が痩せていくのも当たり前だ。それにこの森は全体的に痩せている気がする。まぁ、なんにせよ解決策が必要だ」


 全員の顔を見渡す。

 ダイフク以外のみんなは、真剣な表情で来てくれている。

 ダイフクだけは嬉しそうにしている。

 マジ癒される。


「オレは畑の数を増やしたい。でも、どこにでも作れる訳じゃないから、今のままじゃ、新しく畑を作れるスペースはない。そこでだ、──領地を拡大する」


 オレは、ミラからもらった、この森の地図を広げる。


「ミラから教えてもらった情報だ。この森は大きく5つのエリアに別れている。そして、それぞれのエリアにはぬしがいるらしい。エリアとぬしについて、ニコに話をしてもらう」

「はい、です。5つのエリアとそのぬしについて、ボクが知っていることをすべてお話しします。5つのエリアは、大体五角形のような形で配置されています。手前の西側が姉様のエリアです。手前の東は狼もどきのエリア。奥の西はボクのエリアでした」


 え? ニコとミコはぬしだったんだ。

 どうりで、装備も充実してて、指揮も行き届いてるはずだ。


「そして、この奥の東です。ここは毛むくじゃらがいます。アイツらは厄介です。外の生き物を嫌っているので、友好関係を結ぶのは難しいかもしれません。そして五角形の最奥。ここは、森のぬしがいると言われています。ただ、もう何年も昔から、だれも踏み入れたことがないらしく、行き方が不明です」


 なるほどね。じゃあ、あとは簡単だ。


「領地を広げるために、外交をしてもらう。トモミんとダイフクとコリシンでの狼もどきの主のところに。土地を貸してくれれば食料を与える、って。話し合いで解決できれば一番だけど、ダメそうなら別の手段を考える。一番厄介そうな奥の東側には、オレが行ってくる。オレたちが出払っている間、ミコとニコは2人に西側の2つのエリアの管理をしてもらう」


 そういうと、急にトモミんが立ち上がって言った。


「ヒデ君ひとりは心配だから。私も一緒にいくっ!」


 その勢いにちょっと気圧されてしまった。

 本気の顔のトモミんを、久しぶりに見た気がする。

 思えば前回。ミコが前に出てきた分、トモミんは一歩下がった位置になってしまった。ミコの能力が最適正だったとはいえ、トモミんには寂しい想いをさせてしまった。これは大反省だ。

 でも、それとこれとは、話が別だ。

 トモミんが狼もどきエリア担当から外れてしまうと、ダイフクとコシリンの2人になってしまう。この2人では、戦力としても、外交判断としても不安が残る。トモミんは、このチームの要だ。

 だから、一緒に行くわけにはいかない。


「ありがとう。でも、これはオレひとりで行くよ。この作戦、一人ひとりの役割がかなり重要なんだ。トモミんは北東の交渉の要だと思っている。だからトモミんには、狼もどきのエリアに行って欲しい」

「──でも」

「オレはやれることしか、やれるって言わない。ちゃんと帰ってくる。約束する。だから行かせて欲しい」

「……でも」


 トモミんの気持ちは、わかる気がする。

 仕方なかったとはいえ、オレはここ最近、無鉄砲なことをし続けている。オレがそんなようすだから、トモミんが心配でしょうがないのは、わかる。

 それに。

 一緒にいられないのは、ちょっと寂しい。

 だからオレは約束をした。


「──これが終わったら、デートをしよう。ずっと忙しかったから、たまには2人でどこかに行こう」


 それを聞いたトモミんは、少し表情が明るくなった。


「──そういうことじゃないの! でも、ヒデ君がそういうなら。約束だよ。絶対に怪我しないで帰ってきてね」

「もちろん。約束」


 そういってオレは、小指を出した。トモミんも、同じように小指を出す。


「「指切りげんまん。うそついたら針千本飲ます」」


 オレはトモミんと約束をした。

 同時に、心のなかでみんなに謝った。

 作戦会議中に、いちゃいちゃしちゃってすみません。



§



 オレは、毛むくじゃらのエリアに向かって進んでいた。

 道中、オレの頭のなかには、ひとつの疑問がずっと浮かんでいた。


 ──毛むくじゃら、ってなんだろう。


 もふもふとは違うようだし。

 なんか、見映えのよくない不衛生な生き物が連想される。

 う~ん。

 先入観でものをみるのはよくないが、それでも準備は入念にしておこう。 

 そうして、できる限りの心構えをして、目的に到着した。

 でもそこは、想像以上に酷いことになっていた。



§



「なんだよ、コレ」


 そこは空気からして違かった。一体が暗く、臭く、ジメジメしている。

 腐食連鎖、という言葉を思い出す。モノが腐って、地面に還っていく仕組みのことだ。それが、ここでは機能していないような感じだ。命を失ったものが、そのままのかたちで、残り続ける。土に還すための生き物はおらず、命あるものが、そうでないものに変わっていくだけのような。

 このエリア自体が、病気にかかっているようだった。


 ──こんなところで、生き物は生きていけるのか?

 

 そう思えるくらいに、ひどい有り様だった。

 でもいかなくちゃならない。

 オレは、気合いをいれて、その中へ足を踏み入れた。


 足元は正体不明のもので、ぬるぬるしている。

 ひどい臭いで、息をするのさえしんどい。

 腐った木なのか、それとも生き物の馴れ果てか。よくわからないものが転がっている。そんな陰惨な景色がずっと続いていた。

 そんななか、なにかが動いた気配がした。次の瞬間、オレの目の前に、真っ黒い泥団子のようなものが上から落ちてきて、べちゃりと音をたてた。

 オレは身構える。

 そんなオレに、次は声が降ってきた。


「ゴブリン?」


 お。言葉が通じるっぽいぞ。


「ああ。ここのぬしに話があって来た。危害を加えるつもりはない」


 そういって、どこから見ているとも知らない相手にたいして、両手をあげて見せる。


「手土産も持ってきたんだ。ウチで作った食べ物だ、ぜひ、ここの主に食べて欲しいと思っている。どうにかして会うことはできないか?」

「────。帰って。ここは外の生き物が来て良い場所じゃないから」


 一瞬の間があった。

 なんだ?

 何に反応した?

 さっきの会話で出た新しいワードに反応したのか?

 だとすれば、食べ物か。

 

「そうか。でもせっかく持ってきたんだ。せめてこの土産だけでも渡せないか?」

「──帰って」

「悪い。こっちも事情があってな。帰れっていわれて、ハイそうですか、とはいかないんだ。どうしたら話を聞いてくれる?」

「外の生き物と、話すことなんてない」


 っむ。

 相手にしてくれないか。

 じゃ、しゃーない。

 実力行使だ。

 か。


「──分かった。じゃあ、お前が食べてくれよ。それから判断して欲しい」

「くどいっ!」

「悪い、オレも簡単には引き下がれないんだ!」


 オレは慎重に地面を蹴る。相手の位置の目星はついている。その死角になるように回り込んで、木の枝に飛び乗る。それを2度繰り返して相手の上を取る。

 予想通りだ、相手はしきりに下を探している。オレは上から飛び降りて、相手をさらうようして確保。そのまま地面に着地した。

 相手はまさに毛むくじゃらだった。子供くらいの大きさの、手足が生えた黒いマリモのような生き物だった。全身が黒い毛のような、苔のようなもの覆われていて、毛の奥に、目と口がある。黒い苔には、ねっとりとした液体が滴っている。要は、真っ黒オイルまみれのスーモ君だ。口が見えていてよかった。オレは、不意のことに混乱しているマリモの口に、餅もどきを押し込んだ。マリモは暴れていたのもあって、意図せずに飲み込んでしまったようだ。それから急に、おとなしくなった。よかった。効いたみたいだ。

 安心していると、マリモが呟いた。


「──美味しい」

「だろっ。まだあるぞ。喰うか?」

「食べたい!」


 案外かわいいな。

 オレは持ってきた餅もどきを渡した。マリモは味わうようにじっくり噛みながら食べた。それからしゃくり声をあげた。


「──こんなに美味しいもの、はじめて」

「そうか。それはよかった。実はさ、オレ。この食べ物を作る土地が欲しいんだ。土地を貸してくれれば、これをもっといっぱい食べさせてやれるんだ。その話をここのぬしとしたいんだ。案内してくれないかな?」


 黒マリモは迷ってから、小さく「これなら」と言った。それからオレを見て、ぶんぶんと首を縦に振った。

 そのようすが、なんだかかわいくて、オレは頭っぽいところを撫でた。

 黒マリモの黒い苔が、ずるっと剥けて可愛らしい頭が見えた。

 えっ。

 えっ?

 黒マリモは驚いている。オレも驚いている。

 黒マリモは、自分で腕のようなところを擦った。

 腕の毛がすっと抜け落ちて、そこから褐色の細い腕があらわれた。立ち上がって体と足を擦った。小さい体と、細い足が出てきた。

 最後に、顔を擦った。

 大きな黒マリモから、尖った耳をした、褐色肌の少年が出てきた。


 ──どうなっているんですか?

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