第19話 対峙

 目の前に広がる、ゴブリンたち。

 手に持った武器で作られた槍衾やりぶすま

 ミコの命令。


「──ひざまづけっ!」


 その命令は、水滴のつくる波のように、目に見えて広がっていった。

 ゴブリンたちは、手に持っていた武器を地に捨て、膝を地面につけてこうべを垂れた。


──すげぇ。


 オレは勘違いしていたのかもしれない。

 命令だから、能力だから。

 だから、ゴブリンたちはミコに従うのだと思っていた。

 でも、この光景は違かった。人間もそうであるように、本物の前には、自然と頭を垂れる。そんな風に見えた。それほどまでに、自然な光景だった。


 玉座から、ゴブリンの王が一喝するように命令を放った。

 その言葉は、王を中心に同心円状に広がる。ゴブリンたちが武器を手にとって立ち上がった。この広間では、2つの相反する命令が広がいる。

 ミコを中心とした円形の範囲の内では、ゴブリンたちは膝をついて身を屈めている。

 ゴブリンの王を中心とした円形の範囲の内では、ゴブリンたちは、手に武器をもち戦闘体制をとっている。

 その中間では、二つの力が錯綜し、入り乱れて、混乱をしてしまっている。


 ゴブリンの王が、吠えた。

 その一声で、円の範囲が広がった。

 範囲の内のゴブリンは武器を手に取り、ミコを睨んだ。ミコの支配範囲が小さくなってしまった。そんななか、ミコは歩きだした。

 あろうことか、武器を持ったゴブリンたちの中へと進んでいった。

 そこへ、殺気だったゴブリンの兵士が一斉に襲い掛かった。

 そして、劇的なことが起こった。


 ──ミコへ飛びかかったゴブリンが全員、ミコに向かって膝を折った。


 ミコはなにも言わなかったし、なにもしていなかった。

 ただ、ゴブリンのなかに歩いて行っただけだった。

 それなのに、武器を持ったゴブリンたちはひざまづき、道をあけた。

 言葉はもう要らなかった。

 ミコがその場にいるだけで、空気感だけで、命令を効かせることができていた。

 ミコの能力が、進化した。

 それは同時に、本物の王が誕生した。そんな風に感じさせた。


 ミコは巣穴の王に向かって歩いていく。巣穴の王には焦りが見えた。必死に何事かをわめいている。それにしたがって、ゴブリンはミコに襲い掛かったが、すぐに膝を折った。やがて、巣穴の王がいくら命令をしても、誰も動かなくなっていた。

 そしてとうとう。

 ミコは歩いて、玉座までたどり着いた。

 広場に一杯にいたゴブリンたちは、今はミコに向かって頭を下げている。それが実力の差を物語っていた。


「王よ。こちらに下れ」


 ミコの一言に、王は膝を折りかけた。でもすぐに踏みとどまり、ミコっちに向かって命令を投げつける。でも、ミコはなにも変わらない。何事もなかったようにその命令を受け流した。


「こちらへ、下れっ!」


 強い語気に王は、一度膝を折った。でも、まだ心は折れていないようだ。ミコを睨んだかと思うと、何事かをわめいた。

 そんな王の様子を見て、なにか思うところがあったのだろうか。司令官君が、王のところへ走って膝を折って、言葉をかけた。

 それでも、巣穴の王は変わらなかった。

 そんな様子を見て、ミコは優しく、最後の言葉をかけた。


「王よ。お前の気持ちは、分かる。私もそうだったから。でも、今よりもずっと良い世界を見せてやる。だから、──こちらへ下れ」


 その言葉に、王は押し付けられるように頭を地面につけた。だがそれでも、心は折れていない。最後の抵抗で、顔は地面を向いたまま、命令を口にした。

 その命令を、ミコにはなんの効果もなかった。

 だが、司令官君はそうではなかった。

 王の命令の効果を直接、受けてしまった。

 司令官君は剣を抜いて、ミコの背中を刺した。

 ミコは驚きの表情で、後ろを振り返った。

 司令官君はミコを見ながら、震えながら、もう一度刺した。


「ミコっ!」


 オレは叫んで走り出していた。

 でも、それは無意味だった。

 ミコは、司令官君に言った。


「すまない。その手を、離してくれ」


 ミコは司令官君にそういった。司令官君はき物が落ちたように、剣を手放した。血のついた剣は地面に落ちて、音を立てた。

 そんな司令官君を見て、ミコは言った。


「大丈夫。私は気にしていない。恥じるな、君は昔の主に対して最後の義理を果たしただけだ。だから、恥じなくて良い」


 その言葉を聞いた司令官君は、叫び声をあげた。

 それから、急に立ち上がり、走りだして、どこかへ行ってしまった。

 オレはミコのところにたどり着いた。


「大丈夫か?」

「ああ。あのゴブリンには、力が入っていなかった。だから傷はあまり深くないと思う」

「食べ物があるから、それを食べればすぐに治る」

「いや。私は大丈夫。最後のひとつだろう。だからその食べ物は王に食べさせてやってくれ」

「どうして?」

「わからない。でも。この子はたぶん、私なんだ。昔の自分を見てるようでさ。助けてあげたい」


 そういわれたオレは、迷ってしまった。

 目の前で平伏しているこいつは、今しがたミコを傷つけた。司令官君にミコの背中を刺させた。そして、リリィとララをあんな目に遭わせた。オレはこいつを、許せる気がしない。

 そんなオレの様子を見て、ミコは言った。


「この子をここで見捨てたら、私は一生後悔すると思う。でもヒデが、それでもこの子を許せないなら、私はそれを受け入れる。その最後の食べ物、どちらにあげるか。決めれるのはヒデだ。私は、それに従う」


 オレは、ミコにあげたかった。ミコをすぐにでも治してやりたいし、巣穴の王を仲間にするつもりはなかった。

 でも、ミコはそうではなかった。

 仲間を痛め付けられても、自分に刃を向けられても、こいつを助けたいようだった。

 最悪だ。

 考えるまでもなく、最後の食べ物はミコにあげるべきだ。そしてそのあとに、この巣穴の王にしかるべき報いを受けさせるべきだ。それくらい、この王の罪は重い。

 でも。オレは迷っている。

 冷静な頭では別の考えが浮かんでいる。

 復讐はプラスにはならない。ただ一時いっとき、自分の気持ちが晴れるだけだ。傷つけられたものは、二度と元には戻らない。

 でもそれを許すことで、未来は絶対に良くなる。この王を助ければ、この巣穴のゴブリンを仲間にすることができるだろう。そうすれば、町への被害も減る。ここにいるゴブリンたちに、腹一杯美味しいものを食べさせてやれる。

 復讐はなにも生まない。許しは豊かな未来に繋がる。


 オレは、迷っている。

 自分の気持ちのままに決めるか。気持ちを圧し殺しても、相手をゆるすか。

 オレは、ミコを見て。

 それから決めた。


「食べ物は、王にあげるよ」


 それを聞いたミコっちは笑った。


「良かった。本当に、嬉しいよ」


 そういってミコは、頭を下げている王の前に膝をついた。それから、丸まった背中に手を置いた。それは、ミコから王への、信頼の証しだった。


 次の瞬間。

 王は、腰から小型のナイフを抜いて、ミコの喉に突き立てた。

 ミコの喉は裂け、血が流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る