第18話 より強く


 動けないオレをめがけて、襲ってきたゴブリンたち。その攻撃を司令官君はすべて受け流してくれた。そして、オレを守るように、ゴブリンたちと対峙した。


 そんな司令官君を見て、ゴブリンたちはよくわからない言葉を発して、それからゲラゲラと笑った。言葉はわからなくても、司令官君をバカにしていることはわかった。でも、司令官君は冷静だった。だまって、相手だけを見ていた。

 ゴブリンたちは、そんな司令官君を見て、何事か言って、それから司令官君に襲いかかった。司令官君は強かった。何度も刃を弾き返し、そして反撃を仕掛けた。司令官君の強さは本物だった。

 でも、多勢に無勢だった。手に足に刃を受けて、動きが悪くなっていく。そこに、入れ替わり立ち代わりの、連続攻撃が襲ってきた。

 さすがに持たない。

 そう思ったとき。その声が響いた。


「──ひざまづけっ!」


 敵のゴブリン達は、一斉にその場に膝をついた。声のした方を見る。ミコだ。


「ヒデ、大丈夫か?」

「ああ。ちょっと怪我をしたけど、食べ物を食べれば大丈夫。それよりも司令官君が」


 司令官君を見ると、剣についた血を拭って、鞘に納めていた。その姿は「なんでもない」といっているようだった。

 その背中は頼もしかった。

 オレは、残りの柿もどきのひとつを、司令官君に渡した。


「サンキュ。助かった。怪我してるだろ。薬だと思って食べて。治りが早くなるから」

「──大丈夫。それよりも、あるじが食べるべきだ」

「もうひとつあるから、大丈夫。オレも食べるから。だから貰ってくれ」

「だったら、取っておいてくれ。いつか必要になるかもしれない。私はまだ、大丈夫だから」


 司令官君は鉄の意思だった。

 オレはその意思を尊重して、柿もどきをしまった。それから、自分で食べようと思った餅もどきを、半分にして渡した。


「一緒に食おうぜっ」


 司令官君に無理矢理渡して、それからニッと笑いかける。司令官君は、どうしたらいいかわからなさそうだったが、それでも意を決して食べ物を口にいれた。


「──美味しい」

「だろ。帰ったら、もっと食べようぜ」


 餅もどきを食べると、体に力が戻ってきた。しっかり立てるし、体を動かしても違和感はない。十分に回復した。

 それを確認してから、ミコの方へ歩いていく。


 ミコは、ばつが悪そうだった。来るな、と言ったのに来てしまったのだ。たぶん、怒られると思っているのだろう。


「──ありがとう。助かった」

「──ヒデ、怪我してるでしょ。だから、この先は、私も一緒にいた方が良いと思う」


 これは、あれだ。帰れって言われたくないヤツだ。

 幸い、結構暴れて、血を流したせいもあって、大分落ち着いてきた。最初はここの巣穴を壊滅させようと思って飛び出してきたが、冷静に考えて、壊滅じゃなく、乗っ取った方がいい。そのためには、ミコの力が必要だ。

 途中から方針をガラッとかえるのは、少し恥ずかしい。でもここは、素直にミコの力を借りよう。


「そうだな。自分一人だけ行くのは、やっぱり無謀だった。でも、ミコがいたら安心して先に進める。一緒に来てくれないか?」


 オレの言葉に、ミコは笑顔を浮かべて「うん」と頷いた。


 さて、と。

 状況が落ち着いたところで、ミコの能力について、整理しようと思った。

 なぜなら。

 ──ミコの能力が、わけわからんほど、強くなっているからだ。


 ひとつ目。命令が効く相手が多くなった。

 さっき、リリィとララを助けるときに、ミコの命令がララにも効いていた。

 実験をしたときは、能力が通用するのはリリィだけだったのに。ララにもしっかり効いていた。


 ふたつ目。命令を効かせる範囲を限定できるようになった。

 さっきの戦いでは、敵のゴブリンだけに命令が効いた。いままでは、ゴブリンであれば敵味方構わず効果があった。でもさっきの戦闘では、敵のゴブリンだけが、その場にひざまづいた。明らかに、対象を選べるようになっている。


 この2つが、以前との変化だった。

 ミコの能力が、強くなっている。それは、とても衝撃的だった。

 能力は不変のものじゃない。

 強化できるのだ。

 そう考えると、オレの能力にも心当たりがあった。

 身体能力が強化されたり、喋れるようになったり。

 相手が友好的になったり、傷の回復が早くなったり。

 考えてみれば、最初からそうなったものではなく、オレがそうなって欲しいと望んだから、追加、強化された能力なんじゃなかろうか。

 だとしたら、この先、もっと色々なことができるようになるんじゃないか。

 それは、なかなかに楽しみだ。

 よし。整理終了。


 それじゃあ次は、この巣穴の一番奥へ進もう。

 そこにはきっと、この巣穴で一番偉いヤツがいるはずだから。


 ──そう、きっといるはずだ。



§



「この先に王がいる」


 洞窟の最奥。

 大きな扉の前で、司令官君は言った。


「みんな、準備はOK? それじゃあ、行こうぜ」


 オレは扉を押し開けて、奥に進んでいった。

 そこは、オレ達の巣穴の奥と、同じような感じになっていた。

 ドームのように半球状の広い空間になっており、最奥に玉座があった。そこに王が鎮座している。以前と違ったのは、既に地面の半分以上が、あらかじめ、やる気でいっぱいなゴブリンの兵士で埋まっていたことだった。

 まるで兵馬俑へいばようだ。

 武装したゴブリンたちが整然とならんで待ち構えている。その威圧感は半端じゃない。たった3人でこの武装したゴブリンたちを倒すのは、無理としか思えなかった。


「ごめん、思ったより多かった。2人は戻って援軍呼んできて」

「ヒデはなんで、自分だけで行こうとするかな」

「いや。自分が傷つくのは覚悟できてるけど、仲間が傷つくのは辛すぎるから。特に今はホント無理」

「じゃあ、信じくれ。私がなんとかする」

「なんとか、って?」

「たぶん。私だったらなんとかできる。そんな気がしてる」


 ミコはそういって、単身前に歩きだした。

 前面ほぼ敵のゴブリン。攻撃するために向けられた刃は本物の槍衾やりぶすま。そんななかを、ミコは平気な顔をして歩いて行った。


 そして、ただ一言。


「──ひざまづけっ!」


 ただの一言で、状況は激変した。

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