第17話 巣穴の中
オレとミコは、司令官君に案内して貰いながら巣穴を目指し森のなかを進んだ。
進んでいく先で、初めて森のなかを歩いたときの怖さを思い出した。
森のなかでも、場所が変われば生えている植物も変わる。植物が変われば、そこにすむ動物も変わる。見慣れない植物のかげから、見慣れない動物が飛び出して襲ってきても不思議じゃない。
生き物の驚異だけじゃない。行けども行けども、見慣れない植物ばかりで、ちゃんと進めているのか、自信がない。1人でなんとなく進んでいたら、目的地に到着できなかったと思う。
そんな、オレにとって初めての場所で、司令官君はきっちり役目を果たしてくれた。必要なことは手短に、正確に伝えてくれた。さすが司令官になれるヤツだ。仕事はできる。寡黙なタイプらしく、必要なこと以外は何も喋らないのも、なんとなく職人気質で良い。頼れるタイプだ。
司令官君のおかげで、目的地の巣穴の前まで、なにごともなく到着できた。
「サンキュ。中は結構広いのか?」
「ひろい」
「ゴブリンはどのくらいいる?」
「いっぱい」
「わかった。まずは冒険者が捕まっているところまで、一直線で行ってくれ」
司令官君はコクンと頷くと、早足で進んでいった。
途中、ゴブリンの見張りポイントがいくつかあることを、司令官君は事前に教えてくれた。そういったポイントでは、ミコの能力をつかって戦いを避ける。そうして、無駄な時間を使わずに、どんどん奥へ進めた。
このゴブリンの巣穴は、ミコの巣穴と同じような造りだった。灯りが思いのほか弱く、薄暗いのは面倒だったが、すぐに慣れた。
同じような分かれ道を、司令官君は迷うことなく進んでいく。そして不意に、立ち止まった。それから奥を指差して「このさき」と教えてくれた。
その空間は、部屋といって差し支えないくらいに大きな空間だった。明かりはあったが、ぼんやりとしていて、奥までは見えない。入り口に置いてあった、光る石を手にとる。熱くないことを確認すると、それを持って奥に進んだ。
武器や防具、装飾品や乗馬用の鞍。馬車の車輪にボロボロの衣服。倉庫というか、物置というか。色々なものが無造作に置かれていた。
不意に、ほとんど裸の状態の2人の男性を見つけた。2人とも目隠しをつけられ、口には布を噛まされられ、両手両足を縛られて、地面に打たれた杭に結びつけられている。1人は屈強な体つきで、もう1人は少し華奢な体つきだ。4人の冒険者は戦士と魔法使い、スカウト、僧侶だったはずだ。リリィがスカウト、ララが僧侶だから、この2人は、戦士と魔法使いか。
……だとするときっと、リリィとララも、ここにいるはずだ。
冷たい液体が、血管のなかを流れていくような気がした。
2人が大丈夫だった。だったら、リリィとララも大丈夫。
そう思う気持ちと。
ここにいた2人は安全だった。じゃあ、ここにいないリリィとララは?
そう思う気持ち。
2つの気持ちがごちゃ混ぜになり、なんとも言えない感情になる。
そんな感情に急かされて、オレは口の布を外した。
不意に口の布がなくなり、戦士は驚いたように言った。
「──誰だ?」
「お前たちを助けに来た者だ。体は大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ」
「それはよかった。悪いが事情あがって姿を明かしたくない。目隠しはつけたままにさせてもらう」
「構わない。近くに魔法使いがいるはずだ。彼は、大丈夫か?」
オレは、隣にいる魔法使いの、口布を外した。
魔法使いはすぐに答えた。
「大丈夫です。大きな怪我はありません」
「よかった。他にも2人仲間がいる。スカウトと僧侶が人。たぶんだが、もっと奥の方に。俺達は大丈夫だから、2人を先に助けてやってくれ。」
「──分かった」
オレは戦士と魔法使いの無事を確認して、さらに奥に進んだ。
奥に進むと、すすり泣くような、微かな声が聞こえた。
その声に向かって、走った。
その部屋の一番奥。
ゆっくりを明かりを、声の方へ広げる。
そこに、リリィとララがいた。
「2人とも無事か!?」
オレの呼び掛けに、2人は怯えた。その様子から、オレだと気がついていないことが分かった。そのくらい、恐怖で怯えて、震えている。
「ヒデだよ。助けに来たんだ。もう大丈夫だから」
そんな言葉も、2人には届いていない。心配になるほど、強く震えている。
食べ物を食べさせたら落ち着くだろうか。いや、こんな状況で食べるとは思えない。
──じゃあ、いったいどうしたらいいんだよっ!
そんな焦りを感じていると、ミコが声をかけてくれた。
「私がなんとかする」
ミコは、怯える2人の目を見て、命令をした。
「なにも、怖くない。なにも、感じない」
ミコの言葉に従うように、2人の震えは止まった。
ミコは2人に前まで行って、そこで命令を続けた。
「ゆっくり、呼吸をして。ゆっくり、目を閉じて。ゆっくり、力を抜いて。ゆっくり、夢を見て」
ミコの言葉に従って、2人は目を閉じた。そうして、あんなに激しく不規則だった呼吸は、規則正しくなり、落ち着いていく。最後は寝息のように、穏やかになった。
そうして、2人は眠った。
「これで大丈夫。2人とも、大きな怪我もないみたい。でも、すぐに医者に見てもらった方が良い。2人で、外に運びだそう」
「──わかった」
オレはリリィをミコはララを背負って、それから途中で戦士、魔法使いと合流して、一緒に洞窟を出た。
こうして、4人の冒険者の捜索は全員を発見して、幕を閉じた。
§
外にはちょうど、トモミさんとミラがいた。
ミラには、離れた場所で戦士と魔法使いの目隠しを外してもらって、自力で町に帰ってもらうことにした。
さっきの場所で、ボロだが武具を見つけて身に付けているので、まっすぐ帰るだけなら大丈夫だろう。
それから、残ったトモミん、ミラ、ミコの3人に、眠っているリリィとララを託した。
「トモミんとミコで、リリィとララを町の近くまで運んであげて欲しい。そこから先は、ミラにお願いしたい」
「了解だよ。──ヒデ君は?」
──オレは。
やることがある。
いつかはやらなきゃいけないことだ。
それを、今やりたい。
どうしようもなく、穏やかな感情の今だからこそ、やりたかった。
「この巣穴を潰してくる」
「ヒデ君が行くなら、私も行くよ!」
「ごめん。なんか今回のことで、イライラが溜まっててさ。なにも気にせずに暴れまわりたい気分なんだ。あんまり見られたくないからさ。絶対、帰るから。だから今は、ワガママを聞いて欲しい」
そういって、無理矢理納得してもらった。
3人を見送ったオレは、再び巣穴の前に立った。
オレ一人で乗り込むつもりだった。
なのに、オレの横には、司令官君が立っていた。
律儀と言うか、なんと言うか。
「案内はもう良いよ。こんなにしっかりした組織だ。ここにもいるんだろ、ゴブリンの王が。そして、ここの王はしっかりしているヤツだ。重要な所には見張りも置いているくらいだし。見張りが立っている方向に進んでいけば、もしくはゴブリンがいっぱい出でてくる方に進めば、一番奥には行けるだろうから。だから、司令官君は好きにして良いよ。オレの巣穴に来てくれれば、食べ物は保証する。司令官君がそうしたいなら、ここで、さよならでもいいし。どうする?」
「──行く」
「来てもいいけど、なにも良いことはないよ。自分が居たところが、めちゃくちゃになるのを見るだけだよ。あんまりお勧めはしないけど、それでもいいの?」
「良い」
「うん。そんなに行きたいなら、いいよ。ただし、オレはこっからさき、全然余裕無くなると思うから。自分の身は、自分で守ってね」
司令官君はコクンと頷いた。
やっぱりオレは、司令官君は嫌いじゃない。
オレはちょっと笑った。
「それじゃあ、行こうか」
§
洞窟の中を、司令官君に道を教えて貰いながら、出てくるゴブリンを片っ端から殴り付けて、大人しくさせていった。中には武装をしたゴブリンもいて、無傷とはいかなかった。でも、どんなに怪我をしても、あまり気にしなかった。殴っている間は、リリィ達のことを考えずに済んだ。それがいかに不健全であっても、今のオレには、そうすることが一番楽だった。
そんなことをしていたら、物陰から突然出てきたゴブリンに、剣を突き刺された。幸い、司令官君がすぐにそのゴブリンを倒してくれたが、傷はちょっと深そうだった。まぁ、仕方がない、血が止まるまで少し休もう。そう思って、地面に腰かけた。そこに、隊列を組んだゴブリンたちが6匹、現れた。
──あっちゃ~。結構キツイなコレ。
まぁ、でも、選択肢は「はい」か「よろこんで」だけなんだけどね。
傷口を手で押さえながら立ち上がろうとした。
少し浮いた腰は、すぐに地面に戻ってしまった。力が入らない。ちょっと、ヤバイかもしれない。
そんなオレを見て、隊列を組んだゴブリンたちは、一斉に襲いかかってきた。
──あ、これ。終わった
でも、ゴブリンたちの攻撃は、オレには届かなかった。
司令官君が、その攻撃をすべて
そして。
オレを守るように、前に立って剣を構えた。
──司令官君。やっぱ良いヤツじゃん。
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