第15話 反省 / ミコと一緒


 リリィとララがゴブリン達に捕まったかもしれない。そう聞いて、居ても立ってもいられなくなったオレは、森の中を、あてもなく走っていた。

 始めこそ、とにかく勘に任せて走って走って、走りつづけていた。でも、走っている間に頭が冷えて、物事を冷静に考えられるようになってきた。

 そうして出した結論が。


 ──失敗した。

 どうしよう。


 そんなことを考えたが、どうしようもなかった。どうしようも無さすぎて、とりあえず、間違いを認められた自分を誉めておく。


 ──間違いを認められて、自分、偉い!


 そんな一人遊びをしていると、不意に連絡用の術符が震えた。

 急いで取り出して、通話を繋ぐ。


「ヒデ、今、大丈夫か?」ミコだ。

「大丈夫。どうした?」

「ゴブリンの斥候が帰ってきた。見慣れないゴブリンを見つけたらしい。今からその場所に向かう」


 素敵な情報だ。

 見つけたゴブリンたちと、連絡をくれたミコ、グッジョブ!


「わかった、オレも行く!」


 そう言って通話を切り、通話の機能から場所を特定する機能に切り替える。ゆっくりと回転しながら、ミコのいる方角を探った。

 カードが、見えない糸で引かれるように、わずかに動いた。これで、ミコがいる大まかな方向は確認できた。

 オレは、その方向へ全力で走った。



§



 ミコを見つけた。

 ミコはこちらを見けると、人差し指を唇に当てた。


 ──静かに、のサイン。


 オレは頷いて、物音を立てないようにミコの隣に立つ。

 ミコの人差し指が、向こうを指差す。

 その先には4匹のゴブリンがいた。


 ──驚いた。


 ゴブリン達は武器や防具を身に付け、隊列を組んでいる。

 戦士が1匹、弓兵1匹、斥候1匹。そして、兜と皮の鎧を着た司令官が1匹。

 司令官付きのパーティ編成。

 そして何より、しっかり統率がとれている。

 このゴブリン達と、ウチにいるゴブリン達と比べたら、同じ外見でも、中身の成熟度はまるで違っている。小学生と高校生くらい違うかもしれない。


 ──でも、最高に好都合だ。


 ミコの能力で、こいつらを手駒に加えることができたら、得られるものは大きい。

 ミコの能力のチート性。

 統率のとれたゴブリン。

 そしてなによりも。

 リリィ達の情報。

 それらがいっぺんに手に入る。

 すべてはミコの能力次第。オレができることは、ミコの能力を安全確実に試せるように、あの4匹を捕まえることだけだ。

 さて、どうするか。

 オレが考えを巡らせていると、ミコは静かに言った。


「ひとりで、やらせてくれ」


 そういって、単身でゴブリン達の前に立った。

 前のめりすぎるその姿勢。嫌いじゃない。だとすればオレがやるべき仕事はひとつ。いつでも飛び出せるように準備する、だ。


 ゴブリン達は不意に現れたミコに驚いている。それに、なんだか怯えているようだった。流石は元ゴブリンの女王。威厳やカリスマが、そんじょそこらのゴブリンとは段違いだ。


 ミコの登場で、ゴブリン達が動揺したのが、ありありと分かった。隊列が乱れ、逃げ腰になっている。そんな隊員たちに、令官のげきが飛んだ。士気が下がっていたパーティに、緊張の糸がピンと張っていくのが分かった。

 戦士は武器を構え、弓兵は弓を引く。斥候はゆっくりとミコの背後をとるために動き始める。

 司令官の一声で、いつ総攻撃が始まってもおかしくない。

 針のように鋭利な緊張感。身動みじろぎひとつでさえ、体に穴が開きそう。

 そんな圧倒的に危険な状況のなかで、ミコはたった一つだけ、命令をした。


「──ひざまづけ」


 大きな重力でもかかったように、戦士と弓兵と斥候は、その場にひれ伏した。


 ──命令が効いた。


 ミコの能力のチート性が確定。

 だが。

 司令官だけは、片膝かたひざを地面につけながらも、その命令に抵抗をしていた。それどころか、生まれたての小鹿のように、足をガクガクさせながら、それでも片膝を地面から離し、両足で立った。

 ミコの命令を受けた身だからこそわかる。あの命令に抵抗するのは、物凄い精神力だ。絶対に屈しない。そんな気迫がなければ、できない芸当だ。

 オレは心のなかで称賛した。

 でもそれは、すぐに怒りに変わった。


 司令官は、ゆっくりと歩きだし、地面にひれ伏している仲間の背中を、持っているショートソードで、突き刺していった。

 その行動の意味は、分かる。

 敵前での戦意喪失は重大な規律違反だ。違反者に処罰を下す、それは司令官としての当然の仕事だろう。

 でも、分かるのと理解するのは、全然違う。仲間に刃を向けるヤツを、オレは認めたくない。


 司令官は全員にそうすると、一声叫び。

 それからミコに向かって、走り出した。

 勢いそのままに、ミコに飛びかかる。


 すっ、と。

 ミコの手が、指揮官の首元に伸びる。

 そのまま、司令官の喉を鷲掴みにし、空中に縫い止めた。


 司令官はがむしゃらに暴れた。でも、それでは意味がないと分かると、行動を変えた。持っているショートソードをミコの胸元に突き立てようとした。


 ミコは静かに、重たい声を使った。


「── ヒ ザ マ ヅ ケ」


 ミコの手から司令官が滑り落ちる。

 地面にぶつかり、そのまま慌てるように、膝をたたんで、手のひらと額と一緒に地面に押しつけた。


 とても綺麗な土 下 座Do Ge Za

 そして気がつくと、オレも正座をしていた。


 ──ミコ、やるやん。



§



 ミコは、司令官に土下座をさせたまま、情報を聞き出した。

 一番抵抗していた司令官に情報を言わせるあたり、結構嗜虐的サディスティックな感じがする。こういったところは、ゴブリンの女王の気質なんだろうか。

 ミコは聞き出した情報を教えてくれた。


「ここから北の方角に、こいつらの巣穴があるみたいだ。それと──。最近、冒険者を4人捕まえたらしい」


 4人の冒険者。ミラから聞いた行方不明者の数と一致する。

 複雑な気持ちだ。

 すぐさまにでも、助けに行きたい気持ち。そしてもうひとつ。リリィとララじゃなくて、別の冒険者であって欲しい気持ち。

 自分でもわかっている。オレは最低だ。リリィとララが無事だったら、他はどうだって良いのか? でも、2人が無事だったら、最低でも何でもいい。本当にそう思っていた。


「──わかった。オレはこのまま、その巣穴に行く。ミコはここで、できるだけゴブリンたちを集めて。それから、トモミんと合流して。戦力が整ってから、来て」

「──ヒデ、提案なんだが。このまま、2人で行かないか?」


 そう言うミコの様子は、いつもと違うような気がした。


「──私の声があれば、ゴブリンは全員従う。他に誰もいらない。私とヒデの2人で十分だ」

「ダメだ。確かにミコの能力は強い。でも、何があるかわからない。人数が多ければ、不測の事態にも対応できる。慎重になりすぎかもしれない。けど、それでも、用心に越したことはない。だからミコは、みんなと合流して、それから来てくれ」

「──……」


 ミコが小さく、なにかを呟いた。


「どうした?」

「──ねぇ。ヒデ」


 ミコはその声を、静かに響かせた。


「── フタリダケデ イコウ」

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