第9話 ゴブリンの王

 仲間になったコシリンと一緒に、王のいる最奥まで進んで行った。

 細い道を3人で進んでいくと、突き当たりに扉が見えた。 

 ダンジョンの最奥に扉があったら、それはもう、ボスの間で確定だ。様式美バンザイ!

 ──さて、さて。

 穏便に用事が済めばいいが。

 いったいどうなることやら。

 そんな思いを思いながら、重たい扉を開けた。



 そこはまるで、コンサートホールのようだった。

 壁には何個もの明かりが灯されていて、昼のように煌々としている。そんな空間の一番奥に、玉座があり一匹のゴブリンが座っていた。

 見た目はその辺にいるゴブリンとたいして変わらない。でも、明らかにそいつが王だと分かった。過度に装飾品を身に付けていたからだ。

 ネックレスやイヤリング、腕輪に指輪など、じゃらじゃらと音がしそうなくらいに装飾している。

 そんな王が、何かしらを言った。


「──……。──……」


 ゴブリンの言葉だろうか。

 「ピギャー」と言っているようにしか聞こえない。

 オレには、その言葉はわからない。


「すまん。何言ってるか、わからねぇ」

「──……っ!!!」


 王の気に触ったようで、怒ったように喚き始めた。


「ん~。とりあえず、コイツを食べて落ち着かないか。めっちゃ美味しうまいぞ」


 そういって、持ち歩いている柿もどきを見せた。

 それが気に触ったのだろうか。王の態度はいっそうわめいてしまう。一際大きな声で叫ぶと、その声に応じるように、ゴブリンがたくさんか出てきた。

 合唱コンクールで使うようなコンサートホールの半分以上が、ゴブリンで埋まっている。そして、出てきたゴブリンたちは、手に手に武器を持っている。

 どうやら暴力で歓迎をしてくれるらしい。

 分かりやすい! 素敵!


「熱烈な歓迎パーティを用意してくれていたみたい。いっちょ踊ってやりますかっ!」

「ほいさっ!」

「ヤーっ!」


 オレたちは戦闘体勢をとる。

 そんなオレたちに向かって、王は標的を定め、掛け声を向けてきた。ゴブリンたちが雪崩なだれをうって襲いかかってくる。オレとトモミんとコシリンは、互いに背中を預けあい、ゴブリンたちを蹴散らしていった。


 ゴブリンは弱い。

 でも、自分よりも強いものを狩ることは、ざらにある。

 その強さの要因は、数だ。

 1匹いっぴきは弱くても、数の暴力で圧殺してくる。死角から組みつき、動きが鈍ったところを袋叩きにされる。どんなに強くても、組付かれて、柔らかい部分を狙われたら、ひとたまりもない。

 だからこそ、トモミんとコシリンの存在は大きかった。

 オレたち3人は、目が6つある生き物だった。

 死角なく、襲いかかるゴブリンを、次々に蹴散らしていく。 


「「「ラストぉ!」」」


 全部のゴブリンを殴り付け、大人しくさせた。そこらじゅうに、気絶したゴブリンたちが散らばって、壁の近くは倒れたゴブリンで山ができている。まるで壮絶な飲み会の後のような、死屍累々ししるいるい感だ。

 しかし、よくもまぁこんなにいたものだ。感心してしまう。


 王を見ると、忌々いまいましげな表情をしていた。じだんだを踏み、それから、首から下げた笛を吹いた。

 笛の音が収まると、地響きと共に、冗談みたいにバカデカいゴブリンが出てきた。

 身長はオレの2倍以上ある。ビックリするほど丸々としているが、たぶんデブじゃない。脂肪の鎧と、ムチムチの筋肉。まるで力士だ。

 それを見た、トモミんが言う。


「ボス登場、って感じだね」

「でも、1匹だ」


 オレはそう言うと、1人前に進み出た。


「ちょっと力試しがしてみたい。1対1タイマン行ってくるっ!」


 のこのこ歩いていくと、バカデカいゴブリン改め、デカリンはこん棒のようなものを、振り下ろしてきた。

 急いでその場を飛び退く。

 さっきまでオレがいた場所は、地面がえぐれて、窪みになっている。


 早いし、威力も十分。

 まともに受けたらリアルぺしゃんこカエルだ。


 ──でも。

 当たらなければ意味なしっ!


 デカリンが、オレを見る。

 狙いを定めて、こん棒を振りかぶる。

 避けようとしたその時。

 右の足首を掴まれた。

 視線を走らせる。

 気絶していたはずのゴブリン。

 足首を握って離さない。

 からだが勝手に動く。

 軽くジャンプ。

 体を地面から離し空中へ。

 捕まれた右足。

 思いっきり振りきる。

 足を掴んでいたゴブリン。

 前へ吹き飛ぶ。

 オレは後ろへ。

 作用・反作用の力。

 目の前。

 こん棒。

 地面の炸裂音。

 風圧と石礫いしつぶて

 吹き飛ぶ。

 気絶したゴブリンの山に突っ込む。


「──っ痛ぁ」


 ゴブリンの山から這い出すと、すぐにこん棒が目に入った。

 避ける。

 開けるのを失敗したお菓子袋のように、ゴブリンたちと地面が爆発した。

 着地して、体勢をたてなおす。


「──わぉ」


 目の前にたっているのは、デカリンだけじゃなくなっていた。

 気絶させたゴブリンたちの、何匹かが起き上がってきている。

 一撃必殺デカゴブ & 足止めゴブリン


「第2ラウンドね。OK、OK」


 起き上がったゴブリンたちが、次々襲ってくる。

 有名人に集まってくるファンみたいだ。それか、クロロ団長に群がる観客。

 やっばい。テンション上がってきた。

 避けて、かわして、殴り飛ばして、走って、飛んで。

 襲いかかるゴブリンたちと、容赦なく振り下ろされるこん棒とを、必死に避け続ける。ってか、終わりがあるのか、コレ?

 気絶から覚めたゴブリンは次々襲ってくるし。デカゴブは相変わらず、他のゴブリン関係なく攻撃してくる。その攻撃にまだにぶりはみえない。


 コレ、詰みっぽくない?

 そうかな? そうかも。


 そんな一瞬の、脳内一人遊びがあだになった。

 死角からゴブリンに飛び付かれ、組みつかれてしまう。

 引き剥がす。

 すぐに、別にゴブリンに組みつかれる。

 切りがない。

 そんな最中、デカリンと目があった。勝ちを確信した目だ。

 ちょっとヤバイ。

 ゴブリンを必死に引き剥がす。

 デカリンがこん棒を振り上げる。

 もうちょっと。

 もうちょっとで振り払える。

 その希望はすぐに絶望に変わった。

 起き上がってきた大量のゴブリンが、一斉にオレに向かって流れ込んでくる。

 まるでボールプールだ。

 もがけばもがくほど、引きずり込まれる。

 手を伸ばし這い上がろうとする。

 2度、3度。オレの手は空を切る。

 ゴブリンたちに飲まれていく。


 そんなオレの手を。

 誰かが掴んでくれた。

 オレを、ゴブリンの海から引き上げてくれる。

 

 そこにいたのは、コシリンだった。

 視線で、感謝を伝える。

 コシリンが小さく頷いたようにみえた。

 そして、オレを突き飛ばした。

 ゴブリンプールの中心から、オレは弾き出された。


 オレの視線の先にはコシリン。

 満足そうに、笑っている。

 その後ろに、巨大なこん棒。

 その後ろに、デカリン。

 満身の力で、こん棒を振り下ろす。


 ──絶望。

 それすらする間もなく。

 緑の風が吹いた。


 オレは、その風に叫んだ。


「顎の先!」

「あいさっ!」


 トモミんの渾身の一撃。

 デカリンの顎の先へと綺麗に決まる。

 デカゴブの顔は90度回転して、真横になった。

 握られたこん棒は制御を失い、コシリンから逸れて横の地面を叩いた。

 地面を叩いたこん棒は、雷のように不規則に、壁や地面にぶつかり、辺りをめちゃくちゃにして、やっと止まった。


 オレは地面に着地して、それからコシリンを見た。

 それから右手で拳を作り、宙に突き立てた。

 コシリンも同じポーズで返してくれた。


「サンキュー。マジ助かった」


 コシリンはなにか言おうとして、でもなんと言っていいかわからなさそうにして。

 結局、笑った。

 オレがコシリンにそうしているように、コシリンがオレにそうしてくれた。

 オレも笑顔で返した。


 それからデカリンの方を見た。

 デカリンの巨体の上、ヒロインが腰に手を当てて、右腕を掲げて立っていた。


「どやっ!」

「トモミん。大好き」

「ヒデ君の大好きは、年中受付中ですっ!」


 さて。

 これで全部片付けた。

 もう敵も出てこないようだし。

 それではやっと、王との謁見に参りますか。


 そうして、玉座を見た。

 その光景に思わず声が漏れた。


「──嘘だろ」


 そこは、暴れまわったこん棒の傷跡が深くついていた。

 玉座は倒れ、壁が崩れている。

 崩れた瓦礫の隙間から、赤い血を流して、倒れている王の上半身が見えた。

 オレは急いで、王の所に走っていった。

 そんなオレに、王の視線が刺さる。


 王は苦しそうに、忌々いまいましそうに。

 痛みにあえいでいる。

 そんななかでも、オレに向かって、憎悪の表情を向け続けていた。

 オレは、そんな王に向かって言った。


「──お前がオレを恨んでいるのは、なんとなく、わかるよ。でも悪いな。絶対に助けてやるから」


 それから、オレは2人の仲間の顔を見て、言った。


「トモミん、コシリン、手を貸してくれっ!」

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