第8話 救出

 オレは、トモミんと一緒に、コシリンの案内で暗闇の広がる洞窟の奥へと入っていった。


 はじめて踏み入れる洞窟の奥。案内付きとはいえ、未知のエリアへ足を踏み入れるのは、怖さと緊張感がある。案内がいるから道の方は大丈夫だとしても、不意にゴブリンと遭遇する可能性はある。出会ったゴブリンが友好的だといいが、最悪戦闘になることもあるだろう。気は抜けない。

 奥へと進んでいくと、二股の分かれ道があった。コシリンはなんの迷いもなく進んでいく。そんなことが何回も続いた。これじゃまるでアリの巣、まるで迷路だ。道筋も分からずに奥へ進んでしまったら、迷って出られなくなりそうだ。

 そこで、ふと思った。こんなに分かれ道があれば、覚えるのは大変だろう。それができるゴブリンは、洞窟の奥の安全な場所に住むことができるし、覚えられないゴブリンは、入り口近くに住むしかなくなるのだろう。そうなればもう、自然と階級ができてしまう。

 こんな奥に、迷わず進んでいけるコシリンは、なかなかできるヤツだ。コシリンの信頼度が30アップした。


 洞窟を進んでいくと、ふと灯りが見えた。


 ──灯り? こんな所に? 何かいるのか?


 そう警戒したが、コシリンは「大丈夫」と言って先に進んだ。

 その灯りは、壁につけられた、土でできた燭台だった。燭台には小石のようなものが置いてあって、それが発光していた。

 先に進めば進むほど明かりの数が増えていった。もう結構な光量だ。

 コシリンにこの光っている石のことを聞くと、見た目そのままの「光る石」と答えた。この世界では、自然界に光る石があるのだろうか。でも、よくよく考えていたら現実世界でも燃える水があったしな。あんまり特別なものでもないのかもしれない。


 ──違う。違う、違う、違う。


 なんでそんなものがここにあるんだ?

 ゴブリンに灯りは必要なのか?

 必要だとして、こんなにも煌々こうこうとしたものが必要なのか?

 この光の量は、まるで洞窟の中に、昼を作り出しているようだ。元人間のオレはそんなに気にならないとしても、ゴブリンにとってはどうなのだろう?


「コシリン。これ、明るすぎない?」


 オレの言葉に、コシリンはうなずいて「まぶしい」と言った。

 だとすれば、変だ。

 「明るい」なら理解できる。でも「まぶしい」ならやりすぎだ。そこまでする必要があるのだろうか。わからない。

 でも、分かったこともある。

 王は、ただのゴブリンじゃない。

 こんなにも無駄を作れるほどの、統率力、権力を持っている。生半可じゃないことがうかがい知れる。

 オレは気合いを入れ直した。 


 ──大丈夫だ。


 こちらは食べ物を食べさせれば勝ち。

 そのことだけに集中すればいい。


 そのまま奥に進んでいくと、コシリンが分かれ道の前で立ち止まった。

 

「コシリン、どうした?」

「この先に、王がいる」


 コシリンはそう言って、右の道を指差した。

 でも、コシリンの足は進まない。

 左の道を気にして、それから一瞬、目を伏せた。

 明らかに、左の道を気にしている。


「左には、なにがあるんだ?」

「──妹が、いる」


 なるほど。

 コシリンは妹ちゃんの無事を気にしている。でも、寄り道をすると、ゴブリンと鉢合わせしてしまうかもしれない。王に会う前に、無用な接触、無用な戦闘は避けたい。

 そんなことを考えているのだろう。

 コシリンは、妹ちゃんも心配している。でも、それだけじゃない。オレのことも心配してくれていた。

 だから、オレのための右の道と、妹のための左の道とで、迷っているんだ。


 ──コシリン、マジ良いやつ!


 そんなコシリンの肩にオレは、手をのせた。


「行こう。妹ちゃんのところに」

「──でも」

「オレも妹ちゃんのこと心配だし。それに、先のことを心配するよりも、やりたいことをやる方が大切。だから、行こうぜ」


 そう言ってオレは、左の道を進んだ。



§



 アリの巣で道の先が部屋になっているように、その場所は、少し広い部屋になっていた。

 その部屋には色々なものがおかれていた。武器や鎧といったものから、おもちゃの宝石、鏡にフライパン? みたいなものなど、色々なものがごちゃごちゃに置かれている。それらはほとんどガラクタで、使えそうなものはないようだった。きっと物置みたいな使われ方をしているのだろう。そんな場所に、妹ちゃんはいた。両手両足を縛られ、布で猿轡さるぐつわを噛まされて、転がされている。妹ちゃんの所に、コシリンが駆け寄った。


 コシリンが妹ちゃんの縄をほどく。

 妹ちゃんは、コシリンに抱きついた。

 よっぽど怖かったんだろう。声を殺しながら泣いている。

 コシリンも妹ちゃんを抱き締めると、ぎゅっと目を閉じていた。妹ちゃんが無事で、本当に安心したようだ。

 よかった、よかった。

 オレはコシリンの肩に手をおいて、言った。


「コシリンは妹ちゃんと一緒にココから出てあげて。光の多い方に進んでいけば、王と所まで行けるだろうから。王と話をして、全部片付けて、2人を迎えに行くから」


 それを聞いたコシリンは、妹ちゃんと向かい合った。

 それから妹ちゃんに、言い聞かせるように、何かを言った。

 妹ちゃんはイヤイヤをしていたが、最後はウンと頷いて、コシリンに抱きついた。

 そうしてから、2人は離れた。

 コシリンがこちらを見る。

 その目は、意思のこもった強い目だった。


「一緒に、王の所に行く」

「いや、妹ちゃん危ないだろ。一緒にいてやれよ」

「妹は大丈夫。1人でもしっかりやれる。強いから」

「いや、強いとかじゃなく」


 妹ちゃんが、オレの前に歩いてきた。

 オレの手を握り、言った。


「私は、大丈夫です。お兄ちゃんを、つれてってください」


 う~ん。

 オレは2人で外に出ていて欲しい。けれどもコシリンと妹ちゃん、2人とも同じ想いみたいだ。コシリンは一緒にいきたくて、妹ちゃんはそれを応援している。

 だとしたら、オレにできることは、もう1つしかない気がする。


「わかった。コシリンと一緒に行く。だから妹ちゃんも、絶対に、安全に、ココを出るようにして」


 妹ちゃんは笑顔でうなずき、それから外に走っていった。

 オレはコシリンを見た。


「じゃあコシリン。ここから先は、もう案内役じゃない。一緒に戦う、仲間だ。よろしくっ!」


 そう言って、手を差し出す。

 コシリンはその手を、しっかりと握り返してきた。


 ん?

 あれ?

 コシリンの握力、結構強くない?

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